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忠告2.予想をしている場合ではありません
心の準備もなく、突然公爵へ嫁ぐことになった私は必要な荷造りと父への嫌味を言っていればあっという間にこの屋敷にはあり得ないほどの立派な馬車の迎えが来た。
こちらの所有する慎ましい馬車が可哀想に思えるなか、使いの者が父と何やら話している。相変わらず父は呑気ににこにこして聞いていたが手紙を使いの者に渡すとくるりと振り返って私の方へ来た。
「準備は大丈夫? 父さんは泣きそうだけど」
「ずっと大丈夫ではないです、父上。これが現実とは思いたくないほどに」
使いの者がいる手前で公爵を悪く言うのは躊躇うので小声だが本音が零れた。人生計画では父の跡を継ぎ、嫁をもらい、このままここで平和に過ごすはずが盛大にとち狂う公爵への嫁ぎだ。嫌だし、この父を一人にするのも心配……と、いろいろひっくるめて乗り気ではない私を父は抱きしめる。
「父さんもだよっ、でもどうしようもなくてね……。嫌になったら帰っておいでとも言えない、けれど本当に耐えられなかったらここに戻っておいで」
私を強く抱きしめ、いつもの笑みは感じられない真剣な声色が耳に届く。そして抱擁を緩めた父はこちらの顔を覗き、笑うと「私も天で見守る母もシェインの味方なことを忘れないでいて」と私の額にキスを贈る。幼い頃以来の両親からの分かりやすい愛に驚くが少し滲む視界と父が全て悪いわけではないと分かっている私は強く抱きつく。
「ありがとうございます、私も味方ですから。……お元気で、父上」
抱きしめ返す父は「ありがとう、どうか気をつけて」と慈愛のこもる声で私を送り出す。
公爵の馬車は私を乗せて走り出す。父やここで世話になった者が手を振るのを窓から覗き、手を振りかえす。馬車はすぐに屋敷を抜けて道を進み、公爵のもとへ急ぐように走る。聞こえる音が限られ、馬車内は私ひとり。孤独を感じ、もうすでに父の騒がしさと能天気さが懐かしく恋しい。
流れる景色を眺め、気休めに孤独感を追いやるが「はあ……」とため息ばかり出る。
「私をもらう公爵の気がしれないな」
窓の縁に肘を置き、頬杖をつけばガタガタと揺れに合わせ顔も酷く揺れてやめた私は腕を膝上に戻す。その際、私の平均的な長さの脚ととりわけ目をみはる場所のない自身が視界に入る。
「もっといい人を選べたはずだけどな……オルウェン様だろう?」
この世界で同性婚は珍しいが子供を残せない訳ありな貴族などがこういった処置をとることはある。だがそれでも公爵ともなれば私ではなくもっとましな相手を探せたはずでなぜだと彼の顔を浮かべ問う。しかし答えは当たり前になく彼と唯一あった思い出が代わりによみがえってくる。
私も一年前は学園に通う学生だったが公爵のオルウェンのことはそこでたまに顔を見る程度だった。歳は同じだが私は伯爵の息子で彼は公爵の息子という明確な差があり、簡単に親しく出来る相手ではない。相応の者が彼の周りにはいて、野心も強力なコネもつくる気がなかった私は避けるように過ごした。
そんな私は当然彼と話したこともなかったが卒業間近のある時、初めて話をした。
「こんな遠い講堂に忘れ物なんて運がない」
少し乱れる息で講堂の扉を開いた私は今日座った席に目を向け、一直線に吸い込まれるように向かう。その様は決して貴族とは思えないバタバタぶりだと自負できるが校門からこの遠く離れた講堂まで急いできた疲れで仕方なかった。いつでも紳士的な行動を心掛けるべきと私は思っているが皆が帰り、誰もいない講堂、そして疲れからたまには許してくれと完全なる素で席に駆け寄ると近くに紙が一枚落ちている。
「あった! ……が、踏まれているじゃないか」
目当ての紙を見つけ私はよかったと思うも踏まれた跡と汚れに眉を下げる。「そんな、これで提出しろと? ああ、今日はついていない」とどちらにしてもこの紙しかないため拾った私は落ち込みを見せながらも戻ろうとした。しかし視界に眩しいブロンドが入り、二度見してしまう。もちろん「えっ」という驚きの声もセットでだ。
誰もいないはずが講堂の席にはなぜかオルウェンがおり、こちらを苦笑して見ている。予想外の登場人物に思考が止まるも相手は高位貴族だと理性ある自分に殴られ、改まる。
「申し訳ありません、オルウェン様がいらっしゃるとは知らず……」
「いや、気にしないでくれ。人が来るとは考えていなかった僕にも非がある」
「いいえ、そんな」
内心、どうしてこんなところに一人でいるのか不思議だが深入りしてこれ以上話す気にはならない私はもう一度謝罪して講堂を出ることにした。だがオルウェンが立ち上がり、声をかけてきた「よければ、これを」と。視線を向け、彼を見れば踏まれたあの紙と同じ紙をこちらへ差し出していた。その紙と彼を思考が追いつかず交互に見てしまうが彼に小さく笑われてしまい顔が熱くなった気がする。彼の意図を知った私はありがたく貰うことに決め「ありがとうございます」と紙を受け取り、逃げるようにお辞儀をしてから講堂を出た。
咄嗟に反応できず笑われたことが恥ずかしかったが校門に戻るまでに紳士らしくない行動も見られていたと気づいた時には気絶しそうになった。本当に今日は散々だと私は途中に見つけた屑入れに汚れた紙を丸めて捨て、もらった綺麗な紙を見つめる。彼は公爵の息子といい、恵まれた容姿、才能をもった目立つ天才だと私は認識しているだけだったが気も利くと追加しておくことにした。だからといってもう関わることもないだろうなとなんとなく私は感じながら帰路につく。
私の予感は当たり、それから一度も関わることはなくあの会話が最初で最後だった。特に思うことはなく、その後は卒業して日々を過ごすうちに忘れていたがあのオルウェンのもとに向かう今では嫌でも思い出すのだろう。そんな唯一あった思い出を思い出していれば、馬車は目的地に到着したようだ。
壮麗な屋敷が目に飛び込むなか私ですら忘れていた思い出しかないのだ、オルウェンなど記憶も名前も誰かもすら覚えていないというか知らないはずと脳裏に浮かぶ。私を選ぶんだ、絶対に適当に決めたに違いない……。おそらく初対面の間柄から関係は始まるのだと漠然と予想しながら私は馬車を降り、公爵であるオルウェンのもとに向かう。
こちらの所有する慎ましい馬車が可哀想に思えるなか、使いの者が父と何やら話している。相変わらず父は呑気ににこにこして聞いていたが手紙を使いの者に渡すとくるりと振り返って私の方へ来た。
「準備は大丈夫? 父さんは泣きそうだけど」
「ずっと大丈夫ではないです、父上。これが現実とは思いたくないほどに」
使いの者がいる手前で公爵を悪く言うのは躊躇うので小声だが本音が零れた。人生計画では父の跡を継ぎ、嫁をもらい、このままここで平和に過ごすはずが盛大にとち狂う公爵への嫁ぎだ。嫌だし、この父を一人にするのも心配……と、いろいろひっくるめて乗り気ではない私を父は抱きしめる。
「父さんもだよっ、でもどうしようもなくてね……。嫌になったら帰っておいでとも言えない、けれど本当に耐えられなかったらここに戻っておいで」
私を強く抱きしめ、いつもの笑みは感じられない真剣な声色が耳に届く。そして抱擁を緩めた父はこちらの顔を覗き、笑うと「私も天で見守る母もシェインの味方なことを忘れないでいて」と私の額にキスを贈る。幼い頃以来の両親からの分かりやすい愛に驚くが少し滲む視界と父が全て悪いわけではないと分かっている私は強く抱きつく。
「ありがとうございます、私も味方ですから。……お元気で、父上」
抱きしめ返す父は「ありがとう、どうか気をつけて」と慈愛のこもる声で私を送り出す。
公爵の馬車は私を乗せて走り出す。父やここで世話になった者が手を振るのを窓から覗き、手を振りかえす。馬車はすぐに屋敷を抜けて道を進み、公爵のもとへ急ぐように走る。聞こえる音が限られ、馬車内は私ひとり。孤独を感じ、もうすでに父の騒がしさと能天気さが懐かしく恋しい。
流れる景色を眺め、気休めに孤独感を追いやるが「はあ……」とため息ばかり出る。
「私をもらう公爵の気がしれないな」
窓の縁に肘を置き、頬杖をつけばガタガタと揺れに合わせ顔も酷く揺れてやめた私は腕を膝上に戻す。その際、私の平均的な長さの脚ととりわけ目をみはる場所のない自身が視界に入る。
「もっといい人を選べたはずだけどな……オルウェン様だろう?」
この世界で同性婚は珍しいが子供を残せない訳ありな貴族などがこういった処置をとることはある。だがそれでも公爵ともなれば私ではなくもっとましな相手を探せたはずでなぜだと彼の顔を浮かべ問う。しかし答えは当たり前になく彼と唯一あった思い出が代わりによみがえってくる。
私も一年前は学園に通う学生だったが公爵のオルウェンのことはそこでたまに顔を見る程度だった。歳は同じだが私は伯爵の息子で彼は公爵の息子という明確な差があり、簡単に親しく出来る相手ではない。相応の者が彼の周りにはいて、野心も強力なコネもつくる気がなかった私は避けるように過ごした。
そんな私は当然彼と話したこともなかったが卒業間近のある時、初めて話をした。
「こんな遠い講堂に忘れ物なんて運がない」
少し乱れる息で講堂の扉を開いた私は今日座った席に目を向け、一直線に吸い込まれるように向かう。その様は決して貴族とは思えないバタバタぶりだと自負できるが校門からこの遠く離れた講堂まで急いできた疲れで仕方なかった。いつでも紳士的な行動を心掛けるべきと私は思っているが皆が帰り、誰もいない講堂、そして疲れからたまには許してくれと完全なる素で席に駆け寄ると近くに紙が一枚落ちている。
「あった! ……が、踏まれているじゃないか」
目当ての紙を見つけ私はよかったと思うも踏まれた跡と汚れに眉を下げる。「そんな、これで提出しろと? ああ、今日はついていない」とどちらにしてもこの紙しかないため拾った私は落ち込みを見せながらも戻ろうとした。しかし視界に眩しいブロンドが入り、二度見してしまう。もちろん「えっ」という驚きの声もセットでだ。
誰もいないはずが講堂の席にはなぜかオルウェンがおり、こちらを苦笑して見ている。予想外の登場人物に思考が止まるも相手は高位貴族だと理性ある自分に殴られ、改まる。
「申し訳ありません、オルウェン様がいらっしゃるとは知らず……」
「いや、気にしないでくれ。人が来るとは考えていなかった僕にも非がある」
「いいえ、そんな」
内心、どうしてこんなところに一人でいるのか不思議だが深入りしてこれ以上話す気にはならない私はもう一度謝罪して講堂を出ることにした。だがオルウェンが立ち上がり、声をかけてきた「よければ、これを」と。視線を向け、彼を見れば踏まれたあの紙と同じ紙をこちらへ差し出していた。その紙と彼を思考が追いつかず交互に見てしまうが彼に小さく笑われてしまい顔が熱くなった気がする。彼の意図を知った私はありがたく貰うことに決め「ありがとうございます」と紙を受け取り、逃げるようにお辞儀をしてから講堂を出た。
咄嗟に反応できず笑われたことが恥ずかしかったが校門に戻るまでに紳士らしくない行動も見られていたと気づいた時には気絶しそうになった。本当に今日は散々だと私は途中に見つけた屑入れに汚れた紙を丸めて捨て、もらった綺麗な紙を見つめる。彼は公爵の息子といい、恵まれた容姿、才能をもった目立つ天才だと私は認識しているだけだったが気も利くと追加しておくことにした。だからといってもう関わることもないだろうなとなんとなく私は感じながら帰路につく。
私の予感は当たり、それから一度も関わることはなくあの会話が最初で最後だった。特に思うことはなく、その後は卒業して日々を過ごすうちに忘れていたがあのオルウェンのもとに向かう今では嫌でも思い出すのだろう。そんな唯一あった思い出を思い出していれば、馬車は目的地に到着したようだ。
壮麗な屋敷が目に飛び込むなか私ですら忘れていた思い出しかないのだ、オルウェンなど記憶も名前も誰かもすら覚えていないというか知らないはずと脳裏に浮かぶ。私を選ぶんだ、絶対に適当に決めたに違いない……。おそらく初対面の間柄から関係は始まるのだと漠然と予想しながら私は馬車を降り、公爵であるオルウェンのもとに向かう。
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