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第一部 幼年期

第八十七話 そしてまた日常へ

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 お日様を隠す雲もなく、暖かな午後の日差しの中、シュリは久々になんの心配も憂いもなく、庭先でうとうとして過ごしていた。

 傍らには、にこにことご機嫌なミフィーが居て。
 少し視線を動かせば、庭のあちこちで姉様達やエミーユ、マチルダとリア親子、そしてメイドとして忙しく動き回るシャイナの姿。
 それにたまたま遊びに来ていたカレンが混ざって楽しそうに笑っている。
 更に、久々ののんびりした休みを満喫するカイゼルの姿や、カイゼルに仕事を持ってきた振りをしてシュリに会いに来たジュディスの姿も見えた。

 そんな平和な午後の光景を、シュリは半ばまどろみつつも楽しみ、そして先日怒濤の如く収束した事件の顛末に思いを馳せた。

 あの日。
 シュリが意識を失うように眠ってすぐ、カレンとシャイナが駆けつけてきた。
 そしてそれほど遅れることなく討伐隊を率いたジャンバルノとそれに便乗したジュディスも駆けつけ、屋敷にいた関係者をことごとく捕縛し、事態は一応幕を閉じた。

 盗賊団を率いていたザーズと、その片腕とおぼしき男は死亡。
 一味の者も、討伐隊との戦闘で多くの者が討たれ、僅かに生き残った者もガナッシュの影響下にあった者が多く、尋問しても中々有益な情報は得られていないようだ。
 中には己の犯した罪への自責の念から自殺を図ろうとする者もあり、そちらの対処も大変らしい。

 他にも、自警団の本部にはたくさんの人間が己の罪を自覚して、自首するために押し寄せたため、一時はかなりの混乱があった。
 彼らは、ガナッシュが魅了した上で、間者としてアズベルグへ潜入させていた者達だった。
 魅了の効果が切れて出頭してきた彼らは、善良な人達ばかりで、それなりに小ずるい人間は、魅了がとけた後はひっそりとその姿を消した。
 ジョゼの情報を流した人物もそんな保身に長けた人間の一人だったらしく、とうとう誰がその情報を流したのかは判明することは無かった。

 そして、全ての元凶とも言えるガナッシュはと言えば。
 結論から言ってしまえば、彼の罪は全て明らかにされ、すでにその所行の詳細と共に王都に送られ、その処遇は王の判断にゆだねられる事となった。
 今は犯罪を犯した貴族が捕らわれるという牢獄へ繋がれている。
 近く、罪人として処刑されるとの事だ。

 だが、無駄に生かされるよりも、彼にとっては幸いと言えるのかもしれない。

 彼が何よりも大切にしていた女神の加護はシュリに奪われ、その美貌は己の手足として便利に使っていた男の手によって奪われた。
 魅了のスキルを使って領地内で好き勝手に振る舞っていたことも白日の下に晒され、彼を何よりも愛してくれていた父親も、もう彼をかばってくれることは無かった。
 その理由としては、彼が罪を犯していたことより、彼の美貌が永遠に失われた事の方が多くを締めていたようだが。
 まさしく、子が子なら親も親、と言った訳である。

 ガナッシュは、己の犯した罪の報いを大いに受け、その命で購うことになるのだろう。
 すでに正気を失ってしまったという彼が、それをどこまで理解しているかは怪しいところではあったが。

 まあ、そんなわけで、シュリの周りを騒がせていた諸々の片は付き、シュリは日々平和に、のんびりするくらいのんびりと過ごしている。
 ミフィーも随分、ここでの生活になじんできたようだ。
 その笑顔から無理をしている感じが日に日に薄れてきているのを、シュリははっきりと感じていた。

 ミフィーが居て、新しく出来た家族が居て、自分をこの上なく愛してくれる女性が3人居て。
 シュリは、穏やかな充足感に、満足そうな吐息を漏らす。

 1歳なのに大層な能力が山盛りで、やろうと思えば、恐らくなんだって出来そうだと思う。
 やろうと思えば、王様に会いに行って王様の心を籠絡する事だって出来そうだ。
 だが、シュリはそんなことを望まない。
 だってそんなこと面倒臭いし、面白くもなさそうだ。

 そんな事を思いながら、シュリは[魅了]という、ある意味自分と似たような能力を得たせいで大きな罪を犯してしまった男の事を思い出していた。
 彼は、多くを望みすぎて、結局つぶれてしまった。
 まあ、シュリがつぶしたと言えなくも無いが、そうじゃなくても、彼にはそのまま進み続けていくだけの力は無かったと思う。
 力任せに能力を使い、彼はたくさんのものをかき集め、抱え込んではいたが、きっとシュリが持っているような本当に輝いているものを手に入れることは出来なかった。
 シュリは、己の視界に映る、大切なもの達を見つめて微笑む。
 そして思った。


 (僕には、これで十分だ)


 と、心から。
 目立たず平凡に、大切な人を守って生きていくーそれがシュリの望む事ではあるが、望むままに生きられないのは世の中の常。
 シュリはこれからも、否応無く色々な騒動に巻き込まれ、冒険に満ちた人生を生きていく事になるのだが、それは今のシュリには知る由も無いこと。
 そんな未来の事などかけらも想像することなく、幸せな光景を見つめるシュリの脳裏に、これからの彼の人生を象徴するようににぎやかな声が響く。


 『シュリ、キミはいつになったらボクに会いに来るんだ?さすがに我慢のゲンカイだよ!?』

 『シュリ~、運命の女神なんて放っておいて、アタシとイイことし・ま・しょ??』

 『なにいってるんだ!このハレンチ女神め!!シュリはボクが先に目を付けたんだ。当然、ボクが優先されるに決まってるだろ!?』

 『そんなの関係ありませ~んっだ。これだからモテない女神は困るわね~。あなたみたいな色気がない女神より、シュリはアタシの方がいいに決まってるわよ。ね~、シュリ』

 『ばっ!!ボクだって、ボクだってなぁ!!ぬ、脱げばすごいんだぞ!!』

 『へ~、すごいすご~い。さすがでちゅね~?』

 『くっ!!バカにしやがって……シュリ、嘘じゃない!本当だぞ??ボクだって、それなりのモンを持ってるんだぁぁ!!』


 そんな女神達の騒々しい声を聞きながら、シュリは遠い目をする。
 平凡に生きたいけど、彼女達に目を付けられちゃった時点で、もう平凡には生きられないのかもしれないなぁと、そんな事をしみじみと思いながら。
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