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第二部 少年期のはじまり

第百三十九話 精霊の愛し子②

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 エルジャバーノの精霊魔法でシュリの行方を探していた二人だが、探し人が当初予測していたクマの元でなく、精霊の泉と呼ばれる上級精霊が複数存在する聖域とも言える場所にいるという情報を得て、慌てて駆けつけたのだった。
 自我の薄い下級精霊と違い、自我をしっかり持つ上級精霊は人を助けてくれもするが、気に入らない相手にはとことん冷淡な部分もある。
 時にその強大な力が災害を引き起こすこともあるような、危険な部分も持ち合わせている存在だと、二人はよく知っていた。
 小さな相手に無体をするとは思えないが、絶対にないとも言い切れない。
 そんな不安が二人の足を急がせ、この場での再会となった訳である。


 「うえぇぇぇん。しゅりぃぃ。無事で、無事でよかったよぉぉ」


 半泣きのヴィオラに、ものすごい勢いでほおずりをされ、シュリは目をぱちくりさせる。
 いきなり抱きつかれたせいで、胸に抱えていた着ぐるみが吹っ飛び、シュリは再び寒さに身を震わせ、くちゅっ、と可愛いくしゃみを漏らした。
 ヴィオラはくしゃみの音に改めてシュリを見つめて目を丸くする。


 「えーっと、何でなにも着てないの??はっ!!て、貞操は無事!?」


 顔をちょっぴり青くしたヴィオラにがっくんがっくん揺さぶられながら、シュリは大丈夫だからと訴える。
 だが、ヴィオラがなかなか落ち着かなくて困っていると、彼女の背後から助け船が現れた。


 「ヴィオラ、少し落ち着いたらどうです?シュリも困ってますよ」


 耳に心地言いテノールの声。
 シュリはヴィオラに揺さぶられつつ、声のする方へ目を向けた。
 そこにいたのは、びっくりするくらい綺麗な、エルフの男性。
 彼はすごく優しい瞳でシュリを見つめていた。顔は至って無表情だったが。


 「ほら、シュリの服を拾って来ましたから、早く着させてあげなさい。シュリが風邪をひいたらどうするんですか!」

 「え?あ……そっ、そうね」


 彼の言葉に少し落ち着いたヴィオラが、やっとシュリを解放してくれる。
 自由になったシュリは、不思議そうな顔で、初対面のはずのエルフの男性を見上げた。
 初めて会うのに、なぜか初めてという感じがしなくて。
 彼‥…エルジャバーノは、じっと自分を見上げてくるシュリを見つめ返し、ほんの少しその口元を緩めた。


 「うん。そうですね。やっぱりミフィーの小さな頃に似ています」


 その言葉を聞いて、思った。


 (この人、僕のおじい様だ)


 と。


 「おじい様?」


 そう呼びかけると、エルジャの笑みが深くなる。
 彼は手を伸ばして愛おしそうにシュリの頭を撫で、


 「そうですよ、シュリ。わたしはエルジャバーノ。貴方の母親、ミフィルカの父親で、貴方の祖父に当たります。さ、シュリ。足を」


 言いながら、着ぐるみを広げて着るのを手伝ってくれる。
 シュリは祖父が促すままに素直に片足ずつ着ぐるみに差し入れ両方の手も、片方ずつ袖に通していく。
 エルジャは素直で可愛らしいシュリの着ぐるみのボタンを留めてやりながら、


 「それにしても、シュリのパンツはどうしたんですか、ヴィオラ」

 「えーっと。買い忘れちゃった」

 「まったく。里に戻ったら、子供の下着がないか、近所に聞いてみましょう。まあ、今現在子供がいる家庭は私が知る限りないので、望みは薄いでしょうが……」


 あきれたようなため息を漏らしつつ、シュリの着替えを終わらせたエルジャは、ふと、シュリの中に宿る精霊の気配に気がついた。
 しかも、その気配は一つではない。
 こんな小さな子にまさか、と思いつつ、エルジャは精霊に関する知識を頭の中で紐解きながら、シュリの体を改める。
 もし精霊と契約したのであれば、その精霊が宿るための刻印が、体のどこかにあるはずだからだ。

 まずは見えるところからと、顔や首を確かめ、それからまず右手をまず確かめたエルジャは、そこにある刻印を見て、目を見開いた。
 右手首の内側に、燃えるような赤で記された刻印は炎の精霊との契約の証。
 彼はその印を食い入るように見つめた後、もしかしてと、もう片方の手も改めた。
 すると、彼の予想通り、そこには別の色の鮮やかな刻印があった。
 その色は緑色。風の精霊の契約の証だ。
 エルジャはそれをしっかりと目に焼き付けてから、改めてシュリの顔をまじまじと見つめる。


 (この年で、複数の精霊と契約とは……我が孫ながら何とも末恐ろしい才能ですね)


 そんなことを思いつつ、エルジャはしゃがみ込んでシュリと目線をあわせる。
 そして、


 「シュリは、いつから精霊魔法が使えるんですか?」


 基本ともいえる質問をした。
 精霊と契約できる=精霊魔法が使える、それは精霊魔法師の中では常識とも言える事であったからだ。
 しかし、その質問を受けたシュリはきょとんと首を傾げる。


 「精霊魔法??」

 「エルジャ、シュリは精霊魔法、使えないはずよ?通常の魔法は四属性とも上級まで使えるけど」

 「精霊魔法が、使えない?」

 「ええ。ちょっと前、私がステータスを見せてもらった時にはそうだったけど……」


 ヴィオラの答えを受けて、エルジャは考え込む。
 精霊と契約をしていて、精霊魔法を修得していないとは、やはり考えにくい。
 となると、精霊契約が先で、精霊魔法の方が後付けなのかもと考えつつ、


 「シュリ、もしよければわたしにもステータスを見せていただけませんか?」


 まじめな顔でシュリにお願いする。


 (ステータス見られるとレベルとかバレちゃうけど、まあ、いいか。おじー様、いい人そうだし。どうせヴィオラにはバレてるんだし)


 シュリは少し考えた後、コクンと頷いて片手を差し出した。
 それをみたエルジャが瞳を柔らかく細める。
 そして、そっとシュリの手を己の手で包み込み、


 「ありがとうございます、シュリ。では、お言葉に甘えて……ステータス・オープン」


 シュリのステータスを開いた。そして、その内容に目を通し初めてすぐに固まった。
 シュリに触れていない方の手をあげて、眉間をもみほぐし、数字もまともに読めないとは年はとりたくないものですね、とぼやいた後、もう一度視線を戻して、再びフリーズした。


 「おじー様?」

 「エルジャ?平気??」


 シュリとヴィオラ、二人がそろって声をかけると、


 「あ~、シュリのレベルがすごいことになってるんですが……」


 ぎぎぎっと顔を上げたエルジャが、流石にわたしの見間違いですよねぇ?、と問いかけてきたので、二人は顔を見合わせた。


 「あ~、えーっと、たぶん、見間違いじゃないよ?」

 「うん。私も、最初はびっくりしたけど、エルジャの見てるままの数字で間違いはないと思う……」

 「……間違いじゃ、ない?」


 エルジャの問いに、二人はそろってこっくりと頷く。
 その真意を確かめるようにエルジャは二人の顔をじっと見つめ、そこに嘘はないと確かめて何とも言えない顔をした。


 「なんとも、まあ……わたしの孫は、どうやらかなり規格外の天才のようですねぇ」


 そんな風に呟き、再びシュリのステータスに目を落とした。
 シュリのレベルの異様な高さに関しては、とりあえず納得したようだ。


 「精霊魔法は……おかしいですね。スキルの欄に表記がありません。ふつうは、精霊と契約した時点で使えるようになるはずなんですが……それに、精霊の目と耳のスキルがない。となると、シュリは精霊を感知できないはずなんですが、どうやって精霊はシュリと契約を結んだんでしょう……えーっと、契約精霊の項目は……ああ、あった。なるほど。どうやら精霊が一方的にシュリの才能に惚れ込んで契約を行ったようですね。一方通行の契約のせいで、(仮)となってます。それにしても、すさまじいですね。契約した精霊が二人ではなく四人だとは、恐れ入りました。伝承には、複数の契約をした偉人の記述は残っていますが、この目で見るのは、流石にはじめてです。しかし、このままではいけませんね。精霊を受け入れるにしろ、契約を破棄するにしろ、まずは精霊を見てその声を聞けるようにならなくては」


 エルジャは一人でぶつぶつと呟きながらシュリのステータスのチェックを終わらせ、それから再びシュリをまっすぐに見つめた。


 「シュリ、少しだけ貴方の魔力の流れを見させて下さいね?」


 そう言って、シュリの両手をとって目を閉じた。
 つないだその手を通じて何かが流れ込んでくるのを感じて、シュリは目を見開く。
 体の中を何かが巡っている感じだ。それが何か、わからないが。


 「おじー様、これなに?」

 「貴方の体に私の魔力を流して、貴方の中の魔力の流れを見ているんですよ」


 シュリの質問に答えつつ、彼はゆっくりと目を開く。


 「ふ~。大体わかりました。シュリ、貴方、魔法の威力が極端に少ないとか、魔法が発動できないとか、魔法を使う際になにかしら弊害が出ているんじゃないですか?」


 その言葉を聞いて、シュリの目がまん丸になった。
 彼の質問、それはこの度シュリがエルジャバーノを訪ねてきた理由、そのものだったから。


 「どうです?」

 「えっと、魔法の威力が少ないけど……」

 「なるほど。道理で、魔力の流れが極端に絞られているはずです。シュリは無意識に、魔力を絞っているようですね。そのせいで、貴方の才能から言えばすでに会得していてもおかしくない精霊の目と精霊の耳のスキルもまだ使えないようです」

 「精霊の目と精霊の耳??」

 「精霊使いが精霊の姿を見て、精霊の声を聞くためのスキルですよ。精霊使いの資質があり、なおかつそれなりに魔力の使い方がわかっていれば簡単に手に入るスキルです。シュリ、さっき私の魔力が体を流れたのはわかったでしょう?」

 「うん。なんとなく」

 「まずは目を閉じて、今度は自分の中の魔力を意識してご覧なさい。もう、わかるはずですよ」


 頷き、言われるままに目を閉じてみる。
 そうすると、確かに自分の体中を巡る流れがあることがわかった。


 「どうです?」

 「うん。わかる、と思う」

 「貴方の魔力の流れ、少し弱いと思いませんか?」


 言われてみれば確かに、流れ方が遅く緩やかであるような気はする。
 他の人の魔力がどう流れているか分からないから、比べようはないのだが。


 「その魔力の流れの悪さも気になりますが、まずは精霊の目と耳のスキルを手に入れてしまいましょう。そうすれば、精霊契約の問題も解決するでしょうし」

 「どうすればいいの?おじー様」

 「魔力の流れを意識したまま、目に魔力が巡るようにしてご覧なさい」


 その言葉を受けて、目に魔力が巡るように意識してみると、ただでさえ流れの弱かった魔力の流れが特に悪いのが目と耳のようだ。
 他にも流れが悪い部分はありそうだったが、まずはこの二つから、と思いつつ、目への魔力の流れを促すように意識してみた。
 すると、


 ・スキル[精霊の目]を取得しました!


 とあっさりアナウンス。


 「おじー様、[精霊の目]が使えるようになったみたい」

 「そうですか。ではとりあえず、発動を意識したまま目を開けてご覧なさい。今までと違った景色が見れるはずですよ?」 


 言われるままに目を開けて、目の前の光景を見る。
 すると、さっきまでと同じ穏やかで美しい泉の景色はそのままに、至る所を飛び回る光がシュリの目に飛び込んできた。
 目を凝らし、見つめれば、その光の一つ一つが小さな羽を持つ人型の何か。
 同じ羽根を持っていても、ちょっと前に分かれた妖精のアンクとは明らかに違う存在に、シュリは興味を引かれ手を伸ばす。
 すると、向こうもシュリに興味を持ったように、その指先に集まってくるのだった。


 「おじー様、この子達はなに?」

 「やっと見えるようになったみたいですね。この光る存在は一般的に精霊と呼ばれている存在です。風や水、炎や土、光や闇、他にも色々な属性を持つ精霊がこの世界には溢れているんですよ。まあ、この迷いの森ほど精霊に溢れている場所も珍しいでしょうが」

 「ふぅん。すごい。綺麗だね」


 そんな言葉に反応したように、精霊達の光がうれしそうに瞬いてシュリの周りを飛び回り、シュリはくすぐったそうに笑うのだった。
 エルジャはシュリを愛おしそうに見つめながら頭を撫で、


 「じゃあ、この勢いで耳へも魔力を通してしまいましょう。そうすれば、精霊達の声も聞こえるはずです」

 「はい。おじー様」


 頷いたシュリは、さっきの要領で耳へと魔力を流し、循環させる。


・スキル[精霊の耳]を取得しました!


 すぐにそんなアナウンスが流れ、シュリの耳はくすくす笑う可愛らしい精霊達の声を拾い始めた。
 彼女達は、明確な言葉をしゃべっている感じはなく、仲間同士では歌うような声で意志疎通をしているようだった。


 「おしゃべりは出来ないんだね」

 「そうですね。下級精霊と呼ばれる彼女達は、我々と同じ言語を話すことは出来ません。でも、わたし達の言葉は理解していますよ、ちゃんと。だから、さっきのようにほめてあげれば喜ぶし、悪いことを言えば怒ったりもしますね。精霊魔法を使えば、その魔法自体が簡易な契約となって、相手の言葉も頭に直接伝わってくるんですけどね」

 「精霊魔法?」

 「おや?そっちはまだ未取得のようですね。やはり、(仮)の契約を何とかしないとダメなようです」

 「契約?」

 「シュリも気づいているでしょう?もうすでに、貴方を気に入って契約を結びたいと思っている上級精霊が四人、名乗りを上げていることは」


 そう言われて、脳裏に浮かぶのはステータス画面で確認した契約精霊の項目の事。
 そこには確かに四人分の名前があったはずだ。


 「じゃあ、次は、その精霊達との本契約に移りましょうか」


 エルジャの言葉に、なんだか保険とかの契約みたいだなぁとそんな感想を抱きつつ、おじー様に任せていればきっと大丈夫という妙な信頼感の元に、素直に頷いた。


 「なーんか、エルジャに対してはシュリが妙に素直。ちょっと面白くなぁい」


 そんなシュリを見ながら、すっかり蚊帳の外におかれていたヴィオラが唇を尖らせてぶつくさと呟いている。
 そんなヴィオラにちょっぴり苦笑を漏らし、


 (ヴィオラの事はもちろん信頼してるけど、頼りになる人って言うよりも、一緒に悪戯をする遊び仲間とか、ちょっと天然ぼけで手のかかる仲良しさんって感じなんだよねぇ)


 そんなことを思いながら、エルジャの次の言葉を待つシュリなのだった。
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