Sword Survive

和泉茉樹

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第22章

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     二十二

「月読、ごめん」
 呟くと心にかすかに暖かい気持ちが湧いた。月読は許してくれている。
「もう一度、やってみよう」
 意思の同期が始まり、即座に完全な調和が生まれる。
 今は自分たちの限界がよくわかった。
 目の前に立つ弾劾者が反世界魔法の雷撃を展開している、その全体像がはっきりと知覚できた。なら、対処もできる。
 僕の基礎魔力を月読が吸い上げ、精密に内包魔力を引用した。
 体に沸き起こる力を、僕は自然に支配できた。
 だから、無造作に弾劾者が手を振ったときも、慌てなかった。
 知覚強化魔法が発動、雷撃はやや遅くなる。
 それでも速い、みるみる迫ってくる。
 目の前の一点で、封印魔法を発動。
 空間の捩れ。しかしこれは完全にコントロールされている。
 雷撃が捩れに衝突し、逸れた。
 僕の傍を雷撃が通過し、研究所の倉庫の屋根を貫通した。
「やはり」
 僕は背後で瓦礫が落ちてくるのを聞きつつ、同時に弾劾者の声を意識した。
「危険と判断するしかない」
 向こうに退く気はない。
 なら、ぶつかるのみ。
 僕が剣を構えるのと、弾劾者が地を蹴るのが同時。
 わずかに姿勢を変えて拳を回避。ただの拳じゃない、魔法が宿っている。
 触れれば皮膚が焼け肉が弾ける、強烈な雷撃。
 避けた僕に弾劾者の回し蹴りが衝突!
 激しい火花、いや、爆発に、吹っ飛ばされる。
 地面を転がり、しかし、体を起こすことができた。
 ギリギリで、回し蹴りと体の間に月読を挟むことができたのだった。もし月読がそこで瞬間的な魔力の壁を作っていなければ、体がちぎれてもおかしくない。
 しかし、魔力の壁には相当な疲弊を感じる。
 そう何度もできることじゃない。
「おかしいぞ」
(動きに無駄が無さすぎる)
 僕の意見は月読も同意見のようだ。
 どういうわけか、弾劾者の回し蹴りは、こちらの動きを読んだように、直線で狙ってきた。
(今のは、私が睦月の動きに割り込んだから、防げた)
「つまり、どういうこと?」
(生身の人間の動きは察知される。きっと、電気を司っているから)
 なるほど、わからなくはない。
 体を動かす信号を、魔力を感知するように、感知できるのか。
「それなら、俺は何もしないしかないな」
(任せて)
「任せる」
 僕の体の支配権を月読に渡す。僕はひたすら魔力の察知と、コントロールに専念する。
 再びの弾劾者の接近。
 月読はギリギリまで動かなかった。肝が冷えるほど、動かないのだ。
 しかし動き出すと、その動きは全く無駄のない、最短距離の動きになる。
 弾劾者の手脚の躍動を、ほとんど立ち位置を変えず、最小限の動きで防ぐ。
 身体中を魔力で覆う。現象化魔法の一歩手前で、しかし密度はそれよりも高い。
 物質ではなく、魔力である方が効率的に防御できるという矛盾。
 精密な魔力のコントロールは、僕と月読の共同作業。
 弾劾者と月読の動きが、拮抗し始める。片方は圧倒的に速く、片方は圧倒的に遅い。
 それなのに、両者の攻防は全くの平行線になった。
「くだらない」
 突然、弾劾者が口を開いた。
 強烈な衝撃に、僕のブーツの底が床を滑る。靴底の強化ゴムが焼ける匂い。
 月読が驚く気配。今ままでとは比べ物にならない重さの打撃。
 容赦なく、弾劾者が攻め立ててくる。
 受け流すことが不可能な破壊力に、月読は魔力の壁と、運動強化魔法の発動で凌ごうとするが、しかし、あまりに力に差があった。
 やがて僕の体は安定を失ってくる。右へ左へ、前へ後ろへ、翻弄される。
 僕は魔力を感じ取るように神経を集中し、その情報を月読と共有する。
 溜め込まれている魔力を、弾劾者が放出する。
 防ぐ必要があるのは僕たちにとっては必然。
 刹那だった。
 拳は僕の心臓の目の前。
 月読が瞬間的に体を覆う魔力の壁を解消。そんなものでは防げないのは素人でもわかる。
 運動強化魔法もカットした。その余裕もない。
 全ての魔力が僕の胸を、現象変質魔法で胸を守る。
 気づいた時には、吹っ飛ばされていた。体が激しく回転し、方向感覚、水平感覚、全て失う。
 自分がものすごい勢いで吹っ飛ばされているのはわかった。
 背中に何かが当たったと思うのと同時に、激し過ぎる衝撃。刹那、体の感覚が全て消える。
 地面に落ちたことすら気づかなかった。
 死んだと思った。
「生きているか? あの世ので世迷言を言っても聞こえんぞ」
 視力がゆっくりと回復。背後に誰かいる、そしてこの場に誰かいるとすれば、一人しかいないのだ。
「どうやら生きているらしいな、馬鹿弟子め」
 地面に投げ出されていた体を起こす。四肢が痺れている。僕の意識の中で月読も立ち直りつつある。
 傍で軽い発砲音、全身で何かが波打ち、痛みが引いていく。治癒魔法が発動したらしい。
「天城さん、すみません」
 僕を壁への衝突事故から救った天城さんは、顔をしかめている。
「もう少し時間を稼いでくれ」
 突然の天城さんの提案に、僕の理解は追いつかない。
「何か、奥の手があるなら、すでに出しているのが、普通だと思うのですが?」
「後手に回ってな、時間がなかった。あと一分だ」
 一分といっても、ただの一分じゃない。
「あのキリングマシーンを前に、一分も稼げませんよ。その間に六十回ほど殺される」
「私が稼いでやりたいが、私が集中しないと、意味がない」
「……その一分で、逆転できるんですか?」
 天城さんは黙ったけど、答えないわけにはいかない、ゆっくりと言った。
「わからないな、お前たち次第だ」
「つまり、全部、僕たちにかかっているわけですか」
「もともと、お前たちの問題だ。自分で少しは責任を負え」
 ……何も言い返せない。
 僕は月読を手に立ち上がった。弾劾者はゆっくりと歩み寄ってくる。
「あと四十五秒だ」
「このまま彼とトークをして四十五秒、稼ぐという作戦はどうですか?」
「抱腹絶倒のコントでもしてくれるのかい?」
 天城さんの冗談で笑っている余裕もない。
 弾劾者が、容赦なく間合いを詰めてきた。
 天城さんが間合いを取る。仕方ない、あと四十秒ほどか。
 月読が僕の体を動かし、弾劾者の打撃を防ぐ。
 いや、防ごうとした。僕の体が泳ぐ。
 ダメージが回復しきっていない。
 よろめいた勢いで、床を転がる。そのまま跳ね上がって、さらに間合いを取った。
 しかし弾劾者の対応が早い、無駄のない対処。
 蹴り飛ばされるのを両腕で受け止める。鎧が粉砕され、破片が飛び散る。鎧の下の腕にも激痛、打撲どころではなく、骨にヒビが入ったかもしれない。
 蹴られた勢いのまま、床をさらに転がり、壁に衝突。今度は誰も支えてくれない。
 壁に当たった肩の鎧がやはり崩壊。
 体を跳ねるように起こしたところへ、容赦ない雷撃。左腕を直撃、鎧の表面で火花が散る。指先まで強烈な痺れ。
 右手で月読を保持したまま、壁際を疾走。
 後を追うように雷撃が壁に穴を開ける。
 時間は、まだ十五秒ほどか。残り二十秒と少し。
 弾劾者が低い姿勢でこちらへ向かってくる。知覚強化魔法の世界でも、天城さん以上の速度で、間合いが消滅。
 回避した拳打は軽々と壁を貫く。いや、壁が崩壊する。
 瓦礫の波濤から逃れるように部屋の中央へ。
 しかし弾劾者は読んでいる。
 姿勢が整わない僕へ、必殺の一撃が繰り出される。
 くそ、あと十五秒、あればいいのに。
 緩慢に動く世界で、必殺の拳が僕の胸に向かってくる。
 月読が謝罪をする気配。
 僕はそれをはっきりと感じつつ、しかし、まだ諦めていなかった。
 その理由を、月読に伝えると、彼女の気配は驚きのそれに変わる。
「まったく、ありがたい」
 僕が呟いた声は、激しすぎる轟音にかき消された。
 倉庫の屋根が崩落し、炎が吹き荒れた。

     ◆

 真澄が水天宮魔法研究所に着いた時には、警察とよく分からない職業の男たちが押し問答をしていた。警察の一部は周囲の住民を避難誘導している。
 真澄は魔法でその上空を飛び抜け、一直線に倉庫に向かった。
 倉庫の屋根の上に着地する間もなく、激しい音が聞こえていた。建物が振動し、壁が崩れていく。
 もちろん、事態の詳細はわからない。
 ただ、どこかで睦月を信じていた。
 これくらいやっても大丈夫だろう。
 真澄は全力で倉庫の一角に狙いを定めた。選ぶときには、魔力の気配を頼るしかない。
 二つのうちの片方は弱っているが、馴染みの魔力。
 何度も衝突した相手だ。
 全力の炎を纏って、屋根にぶつかる。
 波打った屋根が崩壊するのに合わせて大量の炎ごと、狙った魔力の塊に衝突した。
 正体不明の強大な魔力。
 不意を打てば、どうにかなると思った。
 建物の中に突入した真澄の体が、瞬間、停止する。
 何が起こったのか、わからなかった。
 見えない何かが、彼女を空中に縫い止めている。
 声も出なかった。炎も、瞬く間に消える。
 倉庫の屋根は完全に崩壊し、すでに壁に囲まれた瓦礫の山、としか見えない。
 その瓦礫の一角が持ち上がり、その男が出てきた。
 金色の髪、黒い鎧。ボロボロになっているが、もちろん、活動に支障はなさそうだった。
 その男が真澄を空中に捉えていると、わかった。
 強力な封印魔法だった。反世界魔法のそれの気配。
 すでに真澄の中から、魔力は消えようとしていた。空中の一点に、彼女の基礎魔力が吸い出されていく。
 この後に起こることを、真澄は理解した。
 想像を絶するこの使い手に、なんで自分が挑んだのか、後悔した。
 全て、睦月のせいだ。
 こちらから世話を焼いてやったのが、間違いだった。
「馬鹿」
 まるでそれだけは言うのを許されたように、真澄の口から声が漏れた。
 金髪の男が、目を丸くした。
 そして真澄の体の拘束が解け、彼女は瓦礫の上に墜落した。
 打ち付けた体を庇って起き上がると、金髪の男はもう真澄を見ず、倉庫だった場所の一角を見ている。
 瓦礫を押しのけて、少年が立ち上がった。
「助かったよ、真澄」
 睦月はそう言って、頭を振った。
「お陰で、準備は整った」

      ◆ 

 屋根が崩壊する寸前に、僕は真澄の魔力を感じていた。だから、頭上から降ってくるのも、わかった。
 それに弾劾者が気付けなかったのは、たぶん、揺るがない決着に、油断したんだろう。
 瓦礫に埋もれた僕たちに、天城さんの魔力がつながる。
 瞬間、僕たちの意識が天城さんの意識と、一つの場に招き寄せられていた。
 その場で天城さんが伝えてくる。
 最初に僕と月読を確保した時、僕たちに反世界魔法の一つで、封印をかけたこと。
 それは僕と月読の能力に制限をかけ、決して、本当の力を発揮できないようにしていたこと。
 本当はもっと先に、それを解除するつもりだったこと。
 そして、僕と月読には、まだ可能性があると、天城さんは伝えた。
 封印を解除するのに時間がかかったことを謝罪し、あっけらかんと、結果良ければすべて良し、と伝えてきた。
 最後に、力に呑まれないように念を押し、彼女は僕たちの封印を完全に解除した。
 世界が、突然に広がったような気がした。
 月読を介して、周囲の魔力の流れがすべて、理解できた。
 どこに何があるのかも、わかるほどだ。
 今までの人生で、一番、感動したかもしれない。
 月読のこともよく理解できた。彼女の中で発動している複数の魔法。
 正世界と、反世界の気配、その両者を区切る壁の存在。
 僕はちょっと手を伸ばすように、今、空中に磔になっている真澄に干渉した。
 彼女を抑え込んでいる、弾劾者の封印魔法へ。
 簡単に切断することができた。真澄が地面に落ちる。
 おっと、いつまでも瓦礫に埋まっているわけにはいかない。
「助かったよ、真澄」
 僕は身を起こした。自然と運動強化魔法が発動し、重い瓦礫を押しのけた。
「お陰で、準備は整った」




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