暴力代行

和泉茉樹

文字の大きさ
8 / 12

しおりを挟む
     七

「って、なんでこうなってんだよ!」
 私は叫びながら、機関銃を撃ちまくっていた。
 一般道を車は時速百キロを余裕で超えて、突き抜けて行く。それでも、背後に二台、右側に一台、自動車が追ってくる。向こうも普通車に見えるが、こちらの機関銃弾が時折弾かれるところを見ると、改造されているようだ。
 それも一流の改造だ。当然、一般の車ではない。
「ケイト、右に曲がるよ!」
「馬鹿言えイアン! 右に曲がったら、ぶつかっちまう!」
「それを防ぐのがケイトの役目だろ!」
 珍しくイアンが大きな声を出したので、私は「わーったよ!」と怒鳴りながら、機関銃を引き寄せると、ドアを開け、銃撃でそのドアを脱落させる。開けた視界の向こうで、自動車の後部座席から、自動小銃だろう銃口がこちらを狙っていた。
「悪いな公務員、ここでおさらばだ」
 私は相手の後部座席に十分に弾丸を叩きこんだ。ガラスが割れ、中を銃弾が跳ね回ったのが手応えで分かる。そのまま射線を前部座席に向け、それから相手の車のタイヤを狙って的確に破壊する。
 結果として、追手の車は機動を乱し、道路わきへ飛びだしたかと思うと、どこかの商店に頭から突っ込んでいった。私たちの車は、右に回る。
「ハッハー! まずは一匹だぜ、イアン!」
「それは良いから、後方の車を牽制して!」
 私はリアウインドウを叩き割って、銃撃する。後部から追ってくる車の一台は、天井が開くらしく、一人の姿がはっきり見えた。向こうも機関銃を装備しているようだ。
「勝負だ、ジャパニーズ」
 私たちの間で、銃弾が行き来する。マズルフラッシュが夜の空気に美しいな、とあたしは思っていた。そして、向こうの射手がぐったりするのが見えた。同時に、私の右肩に痛み。そしてさらに、こちらの車の挙動が乱れる。
 右肩を見ると、出血していた。弾丸がかすめたらしい。
「くそったれめ! 十倍どころか百倍で返してやんぜ!」
「ケイト、タイヤに何発かもらったみたいだ! こっちももたない!」
「イアン! もう一匹仕留めるまで、どうにかもたせな!」
 私は銃撃が止んだ方の車、その運転席を狙い撃ちにする。ガラスにひびが入り、そしてあっという間に割れた。運転手が見える。背広を着ているように見えた。その手に拳銃がある。
 発砲。
 私のすぐ近くを弾丸がかすめる。頬に熱があり、手でぬぐうと赤くなった。
「やるじゃねぇか! ぶっ殺してやる!」
 私はその運転手を一瞬で射殺する。もっと弾丸を叩きこみたかったが、その前に向こうは偶然、ブレーキを踏みつけたらしく、スリップして停車し離れて行った。三台目はかなり離れている。
「ケイト! ベルトを――!」
 イアンの声が終わるより先に、車はカーブを曲がり、がくんと揺れると、そのまま後部を思い切り交差点の建物に突っ込ませた。私はシートベルトを掴んでいたので、どうにか車から放り出されずに済む。
 車はそのままバランスを崩すと、電柱に横からぶつかって、ひしゃげるように停止した。
「くそイアンめ、運転が下手糞なんだ」
 私はシートから体を起こすと、なくなっているドアの方から外に出た。イアンも出てくる。彼はすぐに助手席で身を縮こまらせていた良司を車外へ連れ出す。
「きみたちは、どうして、こうも車に呪われているんだ?」
 良司の言葉に、私は笑うしかない。
「呪われてんのは、おっさんなんじゃねぇの? おっと、無駄話している暇はねぇ。三台目が来る。ヒッチハイクするのが先か、それとももう一台、車を潰すのが先か。隠れる、っていう手もあるな」
 私は手元の機関銃を見た。弾帯はもうかなり短い。撃てて数秒だろう。
「ケイト」イアンが言う。「追手は僕がどうにかしよう。ケイトは、新谷さんを連れて、先へ行け」
「銃を貸してやろうか?」
「いや、大丈夫。すぐ追いつくよ」
 イアンの言葉に、私は少し考えて、銃を肩に担ぐと、良司の手を引いて走り出した。
「港で待っているぜ、イアン!」
 私は良司を引きずって、走って行く。

 イアンはケイトが走り去って行くのを見送りながら、近づいてくる車のエンジン音に耳を澄ませていた。
 交差点を、車が曲がってくる。車から枝のように人が身を乗り出し、こちらに銃を向けている。そして躊躇なく、発砲してくる。
 それに対してイアンが取った行動は、両腕で頭を守ることだった。
 銃弾が彼の体にぶつかる、そして食い込む。だがそれだけだ。
 イアンはハーミットの中でも、皮膚を硬化させることに長ける。銃弾を防ぐのも訳はない。追っ手もそれに気付いたのか、車で轢殺しようとしてくる。
 目前に迫った車に、イアンは持ち上げた手を、差し出すように振りおろした。
 甲高い音が鳴り響き、派手に火花が散った。
 車は、両断されていた。左右に別れて、歩道に突っ込んで止まる。イアンは車を切り裂いた右腕を、少し痛かったのか、振りながら、左手で拳銃を引き抜いた。
 追手が混乱から立ち直り、はい出してくるのを、イアンは一人ずつ、射殺していく。
 そのうち一人が、勢いよく跳び上がり、イアンのすぐ近くに着地した。
「貴様、ブレイドか!」
「そう言うお前は……」
 イアンは相手の顔をちらっと見てから、先に追手を始末しようと、銃を向ける。
 その銃が一瞬でバラバラになった。イアンは目を細めて、イアンを「ブレイド」と呼んだ男に視線を戻す。
「誰かと思ったら、ストリングか」
「ブレイド、貴様、何している?」
「仕事さ。汚れた、ね」
 イアンはまっすぐに男、ストリングへと駆けだす。ストリングが腕を振るう。その腕の先、十本の指からは、十本の細い細い、見ることも難しい糸が伸びている。
 それが空気を断末魔のような音を立てて引き裂いて、イアンに迫る。
「お前は――」
 イアンが小さな声で言う。
「――僕には勝てない」
 糸が、イアンに衝突する。
 しかし、拳銃をバラバラに切断したはずの糸は、イアンに傷一つ付けられなかった。
 イアンにぶつかった瞬間、糸は切れている。
「なっ――」
「遅いよ」
 イアンはあっという間にストリングに肉薄すると、拳をその腹に叩き込んだ。ストリングが呻く。
 イアンが意外な表情。ストリングが笑う。
 キュッとイアンの首が締まる。が、イアンの皮膚が一瞬で固くなり、そしてその表面が波立ったかと思うと、糸は切れていた。イアンはストリングから離れる。ストリングがまた笑う。
「ハーミットも技術を磨けば、さらなる高みへ到達できる」
「まったく、驚かされたよ。すごい手品だ」
 イアンは笑いながら、ストリングを見た。その腹部は服が破けているが、その向こうには灰色をした網のようなものが見える。そしてイアンは右拳を持ち上げて、そこを見た。微かに血がにじんでいる。
 ストリングスが両腕を持ち上げる。
「手品で死ねばいい」
 両腕の服が細切れに吹きとび、無数の糸が飛び出す。それが包み込むように、イアンに襲いかかる。全方位からの、隙のない、絶対の刃による斬撃の攻撃。
 イアンは困ったように笑うと、身をかがめた。
 そして一歩、前に踏み出した。
「う――」
 イアンの体は、呻いたストリングの背後にあった。
「やっぱり、手品だ」
 ストリングスの眼前で、アスファルトがバラバラに切断される。そしてストリングスの体も、腰で輪切りにされ、地面に転がった。ただイアンだけが、平然と立っている。イアンはハンカチを取り出すと、右手の拳に巻いた。
「急がなきゃ」
 イアンはケイトと良司を追いかけて走り出した。

 私は通りに飛び出すと、止まっているタクシーに飛びついた。
「な、何だぁ?」
 運転手が寝ぼけてそんなことを言ってくるので、私は機関銃をその眼前に突きつける。
「ヘイ、運ちゃん、そこ退きな。金は持って行って良いからよ」
「あ、わ、わ」
 運転手がセカンドバッグを抱えて路上に転がり出す。私は良司を運転席に押し込む。
「運転くらいできるんだろ、おっさん」
「わ、私は普通の運転し……」
「別にウイリーで走れとは言わねぇよ。じゃあ、運転するのと、銃を撃つの、どっちが良い? 考えている時間はねぇぜ」
 う、運転しよう、と良司が運転席に落ち着き、私は助手席に向かう。
 乗り込んで、私はメーターを賃走に変える。
「じゃあ、波止場まで行ってもらおうか」
 車が走り出す。かなり遅い。
「もっと速く! アクセルベタ踏みで行け!」
「わ、分かった、分かったから銃を振りまわすな!」
 良司が車を加速させる。
「仲間が、心配じゃないのか?」
 良司が唐突にそう言ったので、私は即座に理解できなかった。
「イアンか? まぁ、大丈夫だろうよ」
「それは彼がハーミットだからか?」
 私はその言葉に、思わず笑ってしまう。
「ハハッ、違うぜ、おっさん。私がそう思うのはな」
 私は目を細めた。
「あいつが、本当に強いからだ。さぁ、質問はもうなしだ。波止場へ急ぎな。あんたの死へのリミットはもう近いぜ」
 車は車道を突き抜けて行く。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

俺の伯爵家大掃除

satomi
ファンタジー
伯爵夫人が亡くなり、後妻が連れ子を連れて伯爵家に来た。俺、コーは連れ子も可愛い弟として受け入れていた。しかし、伯爵が亡くなると後妻が大きい顔をするようになった。さらに俺も虐げられるようになったし、可愛がっていた連れ子すら大きな顔をするようになった。 弟は本当に俺と血がつながっているのだろうか?など、学園で同学年にいらっしゃる殿下に相談してみると… というお話です。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...