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第五章 悪魔騎士団襲来編
二
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それは突然だった。
早朝、シリュウが見ている前で僕は剣の稽古として、木刀を振っていた。たまにトウコもやってくるが、この日はいなかった。
ここに、ローブを羽織った二人がやってきた。
どっちらも背が高い。フードをかぶっていて、顔が見えない。
「お前がシリュウか?」
動きを止めた僕は、反射的にシリュウを見た。彼も訝しげに、二人組を見ている。
「そうだが、何の用だ?」
シリュウが傍に置いていた剣を手に取る。僕も二人から距離を取り、シリュウの方へスルスルと移動した。
場を支配しているのは、殺気だった。
張り詰めた空気。
「我々は六花騎士団だ」
六花、騎士団? どこかで聞いた、けど、すぐには思い出せない。
シリュウが立ち上がって、剣を抜いた。
「アルス、下がっていろ」
二人組の片方がフードを脱ぎ、ローブを脱いだ。
現れたのは複雑な意匠が施された鎧、そして腰には剣があった。
男の髪の毛は銀髪、しかし瞳は赤い。真紅の瞳がギラギラと輝く。
人間じゃない。
悪魔だ。
「俺の名前はラホ。我らが団員、ケタの仇として、お前を倒す」
僕はまだ信じられなかった。
リーンの街は黒の領域に近いとは言えない。それなのに、こんな街の中に悪魔がいる。それも上級悪魔がだ。
「俺を倒さなくても、そちらさんの力量なら、いくらでも人間を殺せるんじゃないか?」
「それは我々の流儀ではない」
流暢な人語だった。
上級悪魔、ラホが剣を引き抜いた。どうやらもう一人は見届け人なのか、手を出さないようだ。純粋な一対一、決闘のようなものか。
シリュウが剣を引き抜き、歩み寄る。
まるでそれが当然のように、二人はこの場で切り結ぶつもりのようだ。
間合いはみるみる狭まり、そして二人が同時に踏み込む。
甲高い音、火花。
それが連続する。二振りの剣が縦横に駆ける。
動きが止まった時、シリュウはラホの剣を受け止めていたが、押し込まれていく。
それをいなすが、再びラホの剣が、受け止めるシリュウの剣ごと、押し込んでいく。
「ルウウゥア!」
シリュウが渾身の力で跳ね返す。が、その動きは読まれていた。わずかにシリュウの体が伸び上がるようになる。
そこで鋭い弧を描いて、ラホの剣が走り抜けた。
シリュウが跳んで間合いを取る、ラホも同様だ。
「人間の割には、やる。輪切りにしたつもりだったが」
シリュウは動きを見せない。
彼の腹部には切れ目があり、血が流れていた。しかし深そうではない。
危ない一瞬だったが、シリュウの動きは悪魔の想定を超えていた。
ただし、何度も同じことができるわけもない。
二人は無言で、間合いを計り始めたようだった。じりじりと立ち位置を変える。二人の間に、シリュウの影が落ちている。
シリュウが構えを変えるが、ラホは動じない。
ぱっとシリュウが踏み込んだ。ラホも予想していたように動いた。
シリュウの姿が搔き消えるように、素早く動いた。
剣と剣が当たる音はしない。風を切る音が重なる。
今度はラホが引いた。ボトボトッと黒い液体が地面に落ちた。悪魔の血だ。
「奇妙な剣も使うか」
ラホが左手を下げた。いや、その肘のあたりを深く斬られて使えなくなったのだ。
僕にはシリュウが音無の剣を使ったということがわかった。
これで形勢はシリュウに傾いた。
問題はもう一人が参戦しないかだった。でも、今のところ、静観している。
「人間の剣もまた、面白いものだ」
ラホが笑みを浮かべて、話している。シリュウは応じない。それほどの余裕はないのだ。
「行くぞ」
声を置き去りに、ラホが加速。一直線の機動。
シリュウもまた踏み込んだ。
交錯は一瞬だった。
気づいた時には、二人は背中を向け合い、シリュウが片膝をついた。その肩が赤く染まる。
「素晴らしい」
ラホが振り返る。
その首に黒い筋が入ると、血が噴き出し、そのままラホは仰向けに倒れた。
シリュウが、勝った。
立ち上がったシリュウが、ローブの男を見る。
「あんたもやるかい?」
「お前は怪我を負っている。それが治るまで、待つとしよう」
ローブの男はシリュウに歩み寄り、その脇を抜けると倒された仲間の傍に跪き、その剣を手に取った。そして仲間の首を完全に落とすと、それをローブの中に入れた。
「名前は?」
シリュウの問いかけに、相手は、
「サザ」
と、短く応じる。そして魔剣も回収すると何事もなかったように去っていった。
シリュウが息を吐いて、地面に腰を下ろした。傍には黒い水たまりに倒れている悪魔がいる。それがある限り、今、目の前で起こったことが妄想ではないとわかった。
僕はシリュウに駆け寄り、怪我の様子を見る。腹も肩も、重傷ではない。
「さすがだな、シリュウは」
「そんなことはない。最後のは、危なかった。どうにか対応できたんだ」
シリュウが天を仰ぐ。その額や頬に汗が流れた。
僕は恐る恐る、悪魔の死体に近寄った。人間に似ているが、どこか違う。血が黒いせいかもしれない。
「とりあえず」僕は悪魔の首なし死体を見る。「この鎧は高く売れそうだ」
「その前に治療だな。それに厄介な問題もある」
厄介な問題?
「悪魔がこの街にいることだ。奴らがちょっと心変わりすれば、無力な市民を大量虐殺できる」
「……それで、対策は?」
「一つだけはっきりしている」
僕の視線を受けて、シリュウが眉をハの字にする。
「悪魔の狙いは俺だろう。だから、俺の周りに部外者がいないようにすればいい」
「でもなんで、シリュウが狙われる?」
「この前、黒の領域で上級悪魔を倒しただろう? あの悪魔が六花騎士団を名乗っていたんだ。それを俺が切った。奴らはその復讐に燃えているんじゃないか?」
話を聞けば聞くほど、厄介だった。
「一つ、確認なんだけど」
「なんだ?」
「僕は、無関係でいられるのかな」
考え込む表情になったシリュウが、言う。
「相手はお前のことを知っている。まぁ、直接は狙われないだろう」
ちょっとほっとする。
「お前を確保して、俺をおびき出すかもしれないな」
訂正。ちっともほっとしない。
シリュウが立ち上がり、自分の剣の様子を見た。
「また整備だ。ついでにそこの悪魔の鎧も、クルーゾーに渡すか。俺から見ても、いい金になりそうだ」
「逃げたりしないの?」
「言っただろう、奴らの狙いは俺だ。もうちょっと引きつける。本当にちょっとだけな。そしたら黒の領域へ行こう。相手の方に利がありそうだが、まぁ、その程度は仕方ない」
まったく、この先、どうなるんだ?
早朝、シリュウが見ている前で僕は剣の稽古として、木刀を振っていた。たまにトウコもやってくるが、この日はいなかった。
ここに、ローブを羽織った二人がやってきた。
どっちらも背が高い。フードをかぶっていて、顔が見えない。
「お前がシリュウか?」
動きを止めた僕は、反射的にシリュウを見た。彼も訝しげに、二人組を見ている。
「そうだが、何の用だ?」
シリュウが傍に置いていた剣を手に取る。僕も二人から距離を取り、シリュウの方へスルスルと移動した。
場を支配しているのは、殺気だった。
張り詰めた空気。
「我々は六花騎士団だ」
六花、騎士団? どこかで聞いた、けど、すぐには思い出せない。
シリュウが立ち上がって、剣を抜いた。
「アルス、下がっていろ」
二人組の片方がフードを脱ぎ、ローブを脱いだ。
現れたのは複雑な意匠が施された鎧、そして腰には剣があった。
男の髪の毛は銀髪、しかし瞳は赤い。真紅の瞳がギラギラと輝く。
人間じゃない。
悪魔だ。
「俺の名前はラホ。我らが団員、ケタの仇として、お前を倒す」
僕はまだ信じられなかった。
リーンの街は黒の領域に近いとは言えない。それなのに、こんな街の中に悪魔がいる。それも上級悪魔がだ。
「俺を倒さなくても、そちらさんの力量なら、いくらでも人間を殺せるんじゃないか?」
「それは我々の流儀ではない」
流暢な人語だった。
上級悪魔、ラホが剣を引き抜いた。どうやらもう一人は見届け人なのか、手を出さないようだ。純粋な一対一、決闘のようなものか。
シリュウが剣を引き抜き、歩み寄る。
まるでそれが当然のように、二人はこの場で切り結ぶつもりのようだ。
間合いはみるみる狭まり、そして二人が同時に踏み込む。
甲高い音、火花。
それが連続する。二振りの剣が縦横に駆ける。
動きが止まった時、シリュウはラホの剣を受け止めていたが、押し込まれていく。
それをいなすが、再びラホの剣が、受け止めるシリュウの剣ごと、押し込んでいく。
「ルウウゥア!」
シリュウが渾身の力で跳ね返す。が、その動きは読まれていた。わずかにシリュウの体が伸び上がるようになる。
そこで鋭い弧を描いて、ラホの剣が走り抜けた。
シリュウが跳んで間合いを取る、ラホも同様だ。
「人間の割には、やる。輪切りにしたつもりだったが」
シリュウは動きを見せない。
彼の腹部には切れ目があり、血が流れていた。しかし深そうではない。
危ない一瞬だったが、シリュウの動きは悪魔の想定を超えていた。
ただし、何度も同じことができるわけもない。
二人は無言で、間合いを計り始めたようだった。じりじりと立ち位置を変える。二人の間に、シリュウの影が落ちている。
シリュウが構えを変えるが、ラホは動じない。
ぱっとシリュウが踏み込んだ。ラホも予想していたように動いた。
シリュウの姿が搔き消えるように、素早く動いた。
剣と剣が当たる音はしない。風を切る音が重なる。
今度はラホが引いた。ボトボトッと黒い液体が地面に落ちた。悪魔の血だ。
「奇妙な剣も使うか」
ラホが左手を下げた。いや、その肘のあたりを深く斬られて使えなくなったのだ。
僕にはシリュウが音無の剣を使ったということがわかった。
これで形勢はシリュウに傾いた。
問題はもう一人が参戦しないかだった。でも、今のところ、静観している。
「人間の剣もまた、面白いものだ」
ラホが笑みを浮かべて、話している。シリュウは応じない。それほどの余裕はないのだ。
「行くぞ」
声を置き去りに、ラホが加速。一直線の機動。
シリュウもまた踏み込んだ。
交錯は一瞬だった。
気づいた時には、二人は背中を向け合い、シリュウが片膝をついた。その肩が赤く染まる。
「素晴らしい」
ラホが振り返る。
その首に黒い筋が入ると、血が噴き出し、そのままラホは仰向けに倒れた。
シリュウが、勝った。
立ち上がったシリュウが、ローブの男を見る。
「あんたもやるかい?」
「お前は怪我を負っている。それが治るまで、待つとしよう」
ローブの男はシリュウに歩み寄り、その脇を抜けると倒された仲間の傍に跪き、その剣を手に取った。そして仲間の首を完全に落とすと、それをローブの中に入れた。
「名前は?」
シリュウの問いかけに、相手は、
「サザ」
と、短く応じる。そして魔剣も回収すると何事もなかったように去っていった。
シリュウが息を吐いて、地面に腰を下ろした。傍には黒い水たまりに倒れている悪魔がいる。それがある限り、今、目の前で起こったことが妄想ではないとわかった。
僕はシリュウに駆け寄り、怪我の様子を見る。腹も肩も、重傷ではない。
「さすがだな、シリュウは」
「そんなことはない。最後のは、危なかった。どうにか対応できたんだ」
シリュウが天を仰ぐ。その額や頬に汗が流れた。
僕は恐る恐る、悪魔の死体に近寄った。人間に似ているが、どこか違う。血が黒いせいかもしれない。
「とりあえず」僕は悪魔の首なし死体を見る。「この鎧は高く売れそうだ」
「その前に治療だな。それに厄介な問題もある」
厄介な問題?
「悪魔がこの街にいることだ。奴らがちょっと心変わりすれば、無力な市民を大量虐殺できる」
「……それで、対策は?」
「一つだけはっきりしている」
僕の視線を受けて、シリュウが眉をハの字にする。
「悪魔の狙いは俺だろう。だから、俺の周りに部外者がいないようにすればいい」
「でもなんで、シリュウが狙われる?」
「この前、黒の領域で上級悪魔を倒しただろう? あの悪魔が六花騎士団を名乗っていたんだ。それを俺が切った。奴らはその復讐に燃えているんじゃないか?」
話を聞けば聞くほど、厄介だった。
「一つ、確認なんだけど」
「なんだ?」
「僕は、無関係でいられるのかな」
考え込む表情になったシリュウが、言う。
「相手はお前のことを知っている。まぁ、直接は狙われないだろう」
ちょっとほっとする。
「お前を確保して、俺をおびき出すかもしれないな」
訂正。ちっともほっとしない。
シリュウが立ち上がり、自分の剣の様子を見た。
「また整備だ。ついでにそこの悪魔の鎧も、クルーゾーに渡すか。俺から見ても、いい金になりそうだ」
「逃げたりしないの?」
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