出会った英雄と僕 〜眠れる獅子が目覚めたら〜

和泉茉樹

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第五章 悪魔騎士団襲来編

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 紹介所の支社の係員を説き伏せて、僕たちは計画を逸脱して黒の領域に入った。
 係員は、もし何かあっても知らないぞ、というあからさまな脅しをかけてきたが、上級悪魔、それも複数に付きまとわれる事態より恐ろしいわけがない。
 黒の領域の傭兵部隊の基地に向かう荷馬車に便乗し、途中で降りた。
 何度も探索行で入ったあたりだ。目印もわかっているし、おおよその地形も把握している。
「そういえば」
 小休止の時、僕は思い出した。
「あの悪魔の剣のこと、知っていたのか?」
「ん? 知っていたよ。前に仲間が持っていた」
 前に、と言っても五十年は前だ。
「悪魔から奪ったのか?」
「そうだ。でも結局、また奪われたらしい」
 どういう剣か尋ねると、シリュウは顔をしかめた。
「不愉快なことに、所有者の怪我を治癒させる」
「は? どういうこと?」
「だから、所有者をほとんど不死にする。あの剣を奪った経緯はよく知らないが、酷いことになっただろうな」
 僕はよくよく考えた。
「あの剣を持った悪魔の倒し方は?」
「剣を手放させる、それしかない。剣を叩き落としてもいいし、腕を切り飛ばしてもいい。それ以外はないだろうな。首を刎ねれば、あるいは違うかもしれない、完璧に刎ね飛ばさないと、復活するはずだ」
「でたらめだな」
 僕の言葉に、シリュウは重々しく頷いた。
 行軍を再開して、僕たちは黙って進んだ。何度か地図を確認する。
 突然にシリュウが立ち止まった。
「やれやれ、今日くらいはゆっくりできないかな」
 前方にローブを着た一人が立っている。他には誰もいない。
「僕はあなたを切りに来た訳ではありません」
 相手はそう切り出した。
 思わず僕はシリュウを見た。シリュウも僕を見ている。
 てっきり、斬り合いになると思っていた。
 悪魔はゆっくりとこちらに歩み寄ると、そっとフードを脱いだ。
 短い銀色の髪、赤い瞳。悪魔だが、表情は穏やかだった。
    この前、見た顔だ。見届け人を務めた悪魔。
「あなたの剣に見覚えがある。それは、ドザという悪魔のものではありませんか?」
 その言葉の通りだった。シリュウの持っている剣は、以前、たまたま出会った上級悪魔、ドザから譲られたものだった。
「その通りだが」シリュウは少しも緊張を解いていない。「それがどうした?」
「ドザは僕の師です。百年ほど前に手ほどきを受けました。今は、行方が分からないのですが、ご存知ですか?」
 ドザの弟子を名乗る悪魔は僕たちの前に立つと、手を差し出した。握手か。
「改めまして、僕の名前はサザ。六花騎士団の一員で、あなたを切らないといけない。しかし、僕にはその気はありません」
 シリュウは剣の柄に触れていた手を離すと、そっとサザの手を握った。サザが微笑む。
「人間と握手したのは初めてですよ」
「俺も悪魔と握手したのは初めてだ」
 僕も彼と握手して、そのまま三人で歩き出した。
 サザはドザの居場所を知りたいようだったけど、それは僕もシリュウも話さなかった。ドザは多分、法印士のシェリーのところにいる。その場所を話してしまうと、シェリーにも迷惑がかかるはずだし、そもそもドザは悪魔から離れているわけで、彼の意思にも反する。
 シリュウが持っている剣は、黒の領域でドザと斬り結び、譲り受けた、とおおよそ事実に近い話をした。
 悪魔が人間に武器を譲る、というのは人間の感覚ではありえないことだ。だからこの話をサザは信じないのではないか、と僕は思ったけど、意外にサザはそれで納得した。
「師匠がそう簡単に切り捨てられるわけはありません」
 そんなことを言っていた。
「六花騎士団というのはなんなんだ?」
 シリュウが質問すると、サザはゆっくりと応じた。
「あなた方が上級悪魔と呼んでいる悪魔は、様々な部隊に分かれています。人間を撃退する部隊もあれば、人間と協調するために動く部隊もある。六花騎士団は、六人で構成された守備隊の一つです。僕たちの下にはあなたたちの言う中級悪魔や下級悪魔が多く配されているのです」
「それがどうして、俺を狙う?」
「あなたが騎士団の一人を切ってしまったからです」
 どうやらシリュウが上級悪魔を倒したのが悪かったらしい。
 サザは微笑みながらシリュウを見た。
「我々は仲間を倒した相手を、何があっても切ることになっています。もちろん、僕たちより上位の悪魔たちはまた別の視点を持ちますが、僕たちとしてはあなたを切るのが至上命題となった。それが僕たちの原則です」
「つまり、俺を切って憂さを晴らそうってことだな」
 そういうことです、とサザが苦笑いした。
「なら、なんでお前は俺を切らないんだ?」
「あなたを切る意味は、それほど大きくない。いずれ上から、許しが出て、あなたを切らなくても済む、そう思っています。それに、師匠の剣を持っているあなたが気になった」
 僕たちは小休止をとった。小川のそばで、水が流れる音がして涼しい風が吹いた。
「シリュウさんは」
 サザは僕たちを名前で呼ぶようになっていた。
「八英雄の一人なのですか?」
「そうだ。すでにヨボヨボになっているはずだが」
「そうなると、手合わせしてもいいですね」
 ニヤリとシリュウは笑みを返した。
「お前の師匠は切れなかったが、お前なら切れそうだ」
 サザが剣を抜いたのに合わせて、シリュウも抜いた。
 おいおい、結局、こうなるのか?
 僕は二人から離れて、様子を見る。
 二人とも、切っ先を向けあって、動かない。基礎的な構えに見える。
 そのまま動かなくなった。これは僕も何度か見たことのある稽古に近い。僕もシリュウとやったことがあるし、トウコもシリュウとやっていた。
 サザが剣を振りかぶった。
 シリュウは、切っ先を下げ、下段に構える。
 そのまままた動かなくなった。
 そっと、シリュウが身を引いた。サザが微笑み、剣を鞘に戻す。
「良い腕ですね。人間の技量ではない」
「そういう人間もいるんだよ」
 フゥっとシリュウが息を吐くが、すぐに振り返った。
 そこに、ローブを着た二人が立っていた。
「サザ、何をしている?」
 二人が同時にフードを脱いだ。二人とも銀髪、赤い瞳だ。それ以外に似通ったところはない。
 声を発した方は、髭を蓄えている。少し年長のようだ。
「六花騎士団、副団長として、そのものを切る義務がある、わかっているか? サザ」
「ベラ殿」
 サザがシリュウの横に並んだ。
「無駄な争いは避けるべきではありませんか? 我々も、このものも、簡単に失われていいものではありません。そうではありませんか?」
 悠然と、ベラと呼ばれた悪魔が進み出てくる。
「すでに二人が失われている。それをお前は悲しく思わないのか?」
「それは我々が愚かだからではないですか。戦うべきではない相手と戦い、返り討ちにあうのは、まさに愚か」
「生きるとは、愚かであることなのだろう。私は、そのものを切る」
 ベラが剣をゆっくりと抜く。
 サザがゆっくりと距離を置く。シリュウは彼に向かって笑みを見せ、自分の剣を抜いた。
 シリュウとベラは、間合いを取って、向かい合う。
 地面はわずかに傾斜している。シリュウが下で、ベラが上だ。木が何本も生えているが、剣を振るのに支障はない。
 僕はどういう位置を取ればいいか、迷った。しかしいつまでも迷ってはいられない。僕はサザとは逆の方へ、進み、いつでもシリュウを援護できる位置についた。
 ベラとシリュウの間合いがいよいよ無くなる。
 二人の剣が走った。
 交錯する。
 シリュウが振り返り、首を振る。その頬に傷ができている。
 ゆっくりとシリュウを見たベラは平然としている。剣は当たっていないようだった。
「確かにヒトとしてはよく使う。誰に剣を習ったのかな、小僧」
「覇の剣聖」
 ベラが少し表情を変えた。
 覇の剣聖。
    すでに過去の人だが、有名人どころではない。知らない人間はいないだろう。
 しかしシリュウが彼の弟子なら、その技量も納得できるというもの。
「ではなおのこと、お前を切る必要がある」
 ベラが剣を構える。シリュウも構えた。そのまま斜めに前進。
 作戦は明確。木を盾にして隙をつくのだ。
 ベラが躊躇いなく剣を振るった。剣は木の幹に衝突する。
 シリュウが急停止、体を反らす。
 幹を断ち切ってベラの剣がシリュウを強襲していた。
 切っ先がシリュウをかすめる。少しでも遅ければ、木の幹と一緒にシリュウも切り裂かれていただろう。
 間合いを取って、シリュウは剣を構える。木がゆっくりと倒れていく。
 シリュウの構えは、初めて見る姿だった。
    これは、シリュウが攻めあぐねている?
 立ち位置を小刻みに変え、切っ先も落ち着くことがない。
 ベラの隙を、わずかな間隙を突こうとしている。
 しかし、そんなものは見当たらなかった。
 僕の胸に不安がよぎった時、ベラが動いた。
 立ち位置はシリュウが上、ベラが下に変わっていたが、ベラには恐怖心は微塵もないように見えた。
 シリュウは同時に地面を蹴っている。
 ベラが横に跳ねる、木の幹に横向きに着地。
 シリュウは地面を踏みしめるが、わずかに滑る。瞬間的な姿勢の乱れ。
 それでもシリュウは動きを止めない、斜めに低く跳躍。
 彼の頭上をベラが横に飛翔し、通過。剣は背筋の冷える機動で翻り、シリュウの背中を狙う。
 かすかな湿った音。
 シリュウが地面を転がり、素早く起き上がる。
 ベラも着地し、剣を構えた。
「まだやるかね、小僧」
「残念ながら」
 シリュウが姿勢を変える。
「諦めが悪くてね」
 ベラは容赦なかった。
 無造作に切り掛かり、強烈な一撃を打ち下ろす。シリュウの剣がそれを受け流したと思った時には、ベラの剣の切っ先が翻り、振り上げられる。
 シリュウの胸を切り裂き、天に掲げられる剣。
「シリュウ!」
 僕は反射的に右手から業火を繰り出していた。
 ベラの剣が業火を薙ぎ払うと、弾けるように消えてしまった。赤い視線がこちらに向けられる。射竦められる、とはまさにこのことだった。
「手出しは無用」
 僕はそれでも、シリュウとベラの間に割り込もうとした。
 その僕の目の前に突然に背中が現れた。
「やれやれ、とんでもないな」
 聞いたことのある声だった。こちらを振り向いた顔と僕の視線がぶつかる。
「助けてやろう」
 彼が僕に触れると、瞬間で視界が変わり、混乱した。すぐ目の前にベラがいる。驚いた表情。
 視線を走らせると、すぐそばにシリュウが倒れていた。
 そしてまた視界が変わる。
 天地がわからないが、そこは洞窟の中のようだった。
 倒れこんでいる自分を認識し、周囲を見て体を起こした。
 そこに、シェリーがいた。目を丸くしている。そしてこちらに駆け寄ってくる。
 僕もすぐに気づいた。
 横にシリュウが倒れている。今も血が流れ続けていた。
 僕たちを助けたはずのドザの姿は、なかった。



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