出会った英雄と僕 〜眠れる獅子が目覚めたら〜

和泉茉樹

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第七章 聖都騒乱追及編

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 その日がやってきた。
 二日前に七人委員会からの正式発表として、剣聖自らが騎士団を率いて、連合首都にある連合軍本部へ、意見書を提出しに行くことが表明されていた。
 騎士団の出発の日、馬上には赤いローブが翻り、仮面の人物がいる。僕はそのすぐ脇で、鎧に身を包んで待機している。
 そのうちに鉦が鳴らされ、騎士団の五十名が規律を守って移動を始めた。
 聖都の住民は沿道から声援を送ったり、拍手したりしている。
 集団はそのまま聖都を出て、一路、連合首都へ向かう。
 行軍は三週間の予定である。
 初日の日が落ちて、それぞれに幕舎を張った。
「やれやれ」
 僕は剣聖が休む幕舎にいる。剣聖が仮面を外す。
 そこから現れた顔は、スターリアではない。
 シリュウだった。
「よくバレないもんだな」
 ローブを脱ぎ、鎧も外していく。
 幕舎には女性の騎士がいる。
「身長差が問題だったけど、どうにかなったね」
 その騎士こそがスターリアだった。
「それで、連合首都へ向かう途中で、俺たちはおさらばってわけだ」
「一番、穏当な可能性ね」
「一番悪いのは?」
 問われてスターリアは肩をすくめた。
「大軍で押し包まれて、全滅する」
「それは最悪だな。そうならないことを祈るよ」
 本来の剣聖の従卒がやってきて、食事を用意した。三人で食べ始める。
 その夜はまだ聖都に近いこともあり、雑談に花が咲いて、少し遅い時間まで話し合っていた。
 翌日もシリュウは馬上で進む。僕とスターリアは歩いている。周囲は田園地帯。街道を行く人は大抵が隊列とは逆へ進んでいく。聖都へ向かうのが主なのだろう。
「シリュウ殿の体調はどうですか?」
 昼間の大休止の時、ファルカが近づいてきて、僕に尋ねてくる。彼もこの隊に加わっていて、今は前方の部隊を預かっている。
「シリュウですか?」
 僕はちらっと視線を送り、
「今のところ、疲れてもいないようです」
「そうですか、では、今のペースで前進します」
 その日も夕方まで行軍した。通過する村々から挨拶を受けたりする関係上、時間がかかる。ちなみに挨拶への応対はシリュウがするわけにもいかないので、ファルカが担当した。
 二日目の夜はシリュウもさすがに疲れを隠せず、すぐに横になっていた。まだ負傷の影響が抜けきらないんだろう。
 三日目、行軍が再開される。連合の領域に入るところに関所がある。もちろん、剣聖の一行から通行料を徴収することもないので、素通りに近い。
 そこを抜けてから、早めに野営の準備が始まった。
「ここだね」
 幕舎の中にスターリアがやってきた。シリュウはすでに剣聖のものに偽装した鎧を脱いで、騎士団員の鎧に着替えている。背中には密かに運んできた彼の二本の剣がある。
「それじゃあ、作戦通りにやろう」
 シリュウはそういうと、面頬を下げて顔を隠した。
 夕暮れの中、僕とシリュウはそっと幕舎を出て、二人で宿営地を抜け出した。
 暗くなる前に可能な限り距離を作る必要がある。そういう計画なのだ。
 街道を進むわけにはいかない。ちょっとした丘陵を超え、田畑の間を抜けていく。
 夜になり、月明かりだけになっても、僕たちは進んだ。シリュウが荒い息を吐いている。まだまだ本調子からは程遠い。
「剣を持とうか?」
 さすがに訊いてみたけど、シリュウは憮然と、
「いらん」
 と、応じただけだった。
 その日は深夜に木立の中で足を止め、休むことにした。ここで鎧を捨てることになる。剣聖騎士団の騎士がこんなところをウロウロしているのは、明らかに不審だ。ここまで鎧を着てきたのは、もしもの戦闘の際、役立つからだった。
 そのもしもは、今のところ、すぐには起きない。
 自分たちの鎧は、持ってこれなかった。ここから先は、それぞれの武器だけが頼りだ。
 シリュウと交代で睡眠を取り、翌朝、僕たちは再び移動を始めた。
「本当にうまくいくのか?」
 ゼエゼエ息をしながら、シリュウが言う。
「うまくいかないと困る」
 そんなことを言った直後だった。
 遠くで砂塵が舞い上がっているのがわかる。
「結局、こうなるんだ」
 うんざりしたようにシリュウが呟く。
 僕は持ち歩いていた袋から、こぶし大の塊を手に取り、素早く火を起こして、その塊から伸びている紐に火をつけた。
 塊を誰もいない方へ投げた。
 体の芯さえ震えるような爆発音が閃光と同時に轟いた。二回、三回と続く。
「あとは時間との勝負か」
 シリュウが移動を再開、さっきとは向きが違っている。僕も後に従った。
 馬の群れ特有の砂煙が近づいてくる。
 ただ、前方からも、同じようなものが見える。ただ、丘陵に遮られて、どれくらい近いかははっきりしない。
 あとはもう、願うしかない。
 僕たちの周囲に矢が降り注ぎ始めた。背後を振り返り、剣を抜いて斬り払う。シリュウも同じようにしているが、一本の剣を両手で振るっている。
「くそ、剣が重い!」
 そんな悪態をつきつつ、僕たちは近くにある木の陰に身を隠す。矢がどんどん降り注ぐ。
 馬が地面を蹴立てる音がはっきりしてきて、ついにそれがそれぞれに武装した山賊の集団だとわかった。
 ただ、どの顔を見ても、山賊のような野蛮さはない。きちんと統率された、冷静な視線がこちらに向けられている。
 指揮官が声を発さずに、身振りで僕たちを包囲するように兵を動かした。
 僕たちにはそれを防ぐ余裕はない。
 あっという間に包囲され、もはや万事休す。
 その時、僕は右手を大きく振っていた。
 業火が、それも可能な限り大きい業火が周囲を舐め尽くす。
 山賊たちは統率をわずかに乱して、間合いを取る。僕は休むことなく、彼らを業火で牽制するが、しかし彼らも慣れたもので、間合いを見切ると、射程範囲外でこちらを伺うようになる。
 ただ、それで時間を稼ぐことはできた。
 新たな馬蹄が地面を蹴立てる音。
 雄叫びを伴い、突っ込んでくる集団がいる。旗が掲げられ、赤を基調とした装身具を身につけている鎧姿の集団。
 剣聖騎士団だった。
 総勢で十五名ほど。
 山賊は三十名を超えているが、この戦力差は許容範囲だろう。
 あっという間に乱戦になった。
「無事かしら?」
 僕たちのそばに鎧姿のスターリアがやってくる。僕たちの目の前で、山賊を一人、切って捨てている。
「どうにかね」僕が答えたのは、シリュウが青い顔で脂汗を流しているからだ。「でももう限界だ」
「あとは任せなさい」
 もう一人、山賊が切られる。
 雄叫びが起こった時には、どこかに埋伏されていたらしい山賊の援軍が突撃してくる。
 数の上では、さらに不利になった。
 兵士を埋伏するとは、こちらの計画は向こうに露見していたのだ。
 スターリアの剣には澱みが無い。次々と兵士を切っていく。
 その彼女の動きが、突然、ぎこちなくなる。
「なるほど」
 スターリアがそう言うと、顔を歪めた。
「私もまた標的だったのか」
 彼女が向かい合った相手は、剣聖騎士団の鎧を着ている相手だった。
 それは、ファルカだった。ファルカの剣は血で赤く染まっている。
 彼は何も言わずに、剣を構えている。彼の左右には五人ほど、剣聖騎士団の騎士がいて、それぞれに同じ鎧、つまり剣聖騎士団の騎士と剣を交えている。
 裏切りだ。
 ファルカが、裏切り者だった。
 もう何も言わずに、スターリアがファルカに斬りかかる。
 二人の剣がぶつかり、その一瞬で、ファルカの剣が跳ね飛ばされるように逸れる。
 その隙をスターリアが突く。
 いや、突こうとした。
 ファルカが片手で腰の短剣を抜き、投擲している。
 スターリアの剣と、短剣が行き違う。
「愚か者め」
 そう呟いたスターリアの首に赤い線が生まれ、血が滲むと、雫となって流れた。
 ファルカにはスターリアの剣の切っ先が突き刺さり、彼は動きを止めていた。
 周囲が無音になったような錯覚。
 一歩、ファルカが下がると、剣が抜け、血が噴き出した。その勢いに押されるように、二歩、三歩、後ろに足を送り、そのまま倒れた。
「剣聖騎士団よ!」
 スターリアが強く口調で言った。
「裏切り者を排除せよ! 不逞の奴らも同じくだ! 徹底的にやれ!」
 吠えるような声がそこここで上がり、激闘が始まる。
 僕はシリュウと一緒にどうにか身を守った。業火で牽制しているくらいで、あとは剣聖騎士団が対処してくれた。
 やがて、山賊たちは撤退し、その場には剣聖騎士団だけが残った。副官であるファルカを失ったために、スターリアは生き残りからその役目を任せられるものを選ぶと、全てを任せて、こちらへやってきた。
「みっともないところを見せちゃったな」
 そう言って、スターリアが口元を拭う。そして、片膝をつくと、こちらへ倒れこんでくる。僕は慌ててその体を支えた、
 下半身は流れた血で真っ赤に染まっているのに、今気づいた。
 鎧の背中に、剣で断ち割られている部分がある。
 剣聖騎士団の一部が、スターリアに治療を始める。
「大丈夫だ。それほどの傷ではない」
 まだスターリアは意識を保っていたし、言葉もはっきりしている。
 それでも不安になるほどの出血量だ。
 その場を撤収して、聖都に戻ったのは三日後だった。
 僕たちが戦っている間に聖都でも騒動があったようだが、しかしその騒動はすでに鎮静化されていた。





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