出会った英雄と僕 〜眠れる獅子が目覚めたら〜

和泉茉樹

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第七章 聖都騒乱追及編

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 聖都に戻っと言っても、病院に戻ったようなものだ。
 シリュウは安静にするだけだが、スターリアは前のシリュウと同じ立場になった。生き血はないが、重湯しか口にできない。
「私が切られるとは」憮然とスターリアが言う。「油断した」
 聖都における反乱分子の摘発は、主にマーストとクルルギスによって行われた。
 反乱分子とは、ギールの部下であるシィルが首謀者だったのである。シィルは武装集団で聖都の主要な人物を排除しようとしたが、これはマーストとクルルギス、留守を受け持った剣聖騎士団に防がれた。
 ただ、シィルは武勇に優れたものを集めていたため、相当な激戦になったようだった。
 この戦いの中でクルルギスが重傷を負い、今も目覚めていないという。
 シィルも重傷を負ったが、こちらは意識はあるようで、今は牢に入れられて取り調べを待つことになっている。
 聖都内部に潜入してて、シィルと同時に活動した連合軍の秘密部隊もあったようだが、これも撃退された。数人を確保し、拘束しているということだった。この筋からも事態の詳細をいずれ暴けるはずだ。
「まさか自分の部下を掌握できないとは、笑うしかない」
 ベッドの脇の椅子に座っている僕に、スターリアが愚痴をこぼす。
「そういうこともあるよ。人の心の内を理解するのは無理だと思う」
「少しは察してやることもできたと思うけど?」
「察する、と、理解する、は少し違うね」
 そんな話をして、僕はスターリアの退屈を解消してあげているのだった。
 七人委員会からの出頭を要請する通知が来たのは聖都に戻って一週間が過ぎた頃だった。とっくにスターリアの傷は癒えて、彼女は仕事に復帰している。ただ、シリュウは寝台の上で生活していた。
「全く、我がことながら不覚としか言いようがない」
 少しずつ痩せてきているシリュウがそんなことを言いつつ、七人委員会の求めに応じることを決めた。
 当日になり、僕たちは揃って大聖堂に向かう。
 入り口に立つといまにもファルカがやって来そうな気がしたけど、そんなことはない。彼はもう死んでいる。
 どうしてあんな無謀を犯したのか、不思議だったし、悔しくもある。
 初めて見る係員に案内されて、七人委員会の議場に入った。半円のテーブルのある部屋だ。
 すでに七人ともが着席している。
「この度のことでは、迷惑をかけた」
 初老の男が話し始める。
「ギール首長は身近なものが加担したことを理由に、職を辞しました。近いうちに新しい首長が選ばれる。これから話すことは首長の選出後に改めて、決定されることです」
 シリュウが何も言わずに、続きを待っている。初老の男がはっきりとした口調で言った。
「まず、太天位の称号だがクルルギス殿の傷は重く、その任を続けることは不可能でしょう。その後継として、あなたを推したい。不測の事態ですから、人材がいないのです」
「その前に、聞きたいんだが」
 シリュウが切り出したのは、すぐには理解できない質問だった。
「ギール首長付きの武官だったデモスはどうした?」
「デモス?」男が不思議そうな顔になる。「今回の一件には加担せず、今は謹慎しているはずですが?」
「彼に太天位を継いで貰えばいい。彼は大聖堂でも剣を所持している、天位勲章を受けた騎士だ。役不足じゃないだろう」
 七人委員会の面々は、顔を見合わせる。
「悪くない腕だと思うぞ」
 念を押すようにシリュウが言うと、初老の男が頷いた。
「あなたが断る事は予想していたのですが、代わりの人材を指定するのは、意外でした」
「剣聖もあの騎士なら満足すると思ってね」
 いいでしょう、と次の話題に入ろうとする男を、さらにシリュウが制した。
「剣聖騎士団剣指南役も辞退する」
「理由を聞きましょう」
「クルルギスがそれに当たればいいと思うからだ」
 シンと会議室が静まり返った。
「彼はもう動けないかもしれない」女性が発現する。「役目を務められるとは思えません」
「それはわからない。ただ、彼の知識や技能は、捨てるには惜しいぞ」
 七人がそれぞれに小声で意見を交換しているのを僕はシリュウの背後で見ていた。
 やがて意見はまとまったようだ。
「シリュウ殿は、何もお受けしたくない、ということですか?」
「俺は聖都の人間じゃないし、聖都にいたいとも思わない」
「何故です?」
 シリュウは思案する素振りの後、穏やかに言った。
「あまりに真っ直ぐすぎる。そして綺麗すぎる。俺には合わないよ」
「綺麗すぎる、ですか……」
 初老の男が何かを見るような視線の後、その目を伏せ、
「良いでしょう」
 と低い声で言った。
「あなたには太天位も指南役も受けるつもりがなく、また聖都に属するつもりもない。そうですね?」
「その通りだ」
「そんなあなたに、差し上げたいものがあります」
 意外な展開に僕は七人委員会の面々を確認した。シリュウも不思議そうに、似たような素振りをしている。
「あなたを」初老の男が言う。「聖都守護騎士に任命します」
 聖都守護騎士?
 まったく聞いたことのない称号だった。
「なんだ、それは? どういう立場か、わからないが」
 シリュウが混乱を滲ませながら言うと、面白がるように初老の老人が目を細めて応じる。
「あなたのために作られた称号です。あなたが最初のひとりということです」
 シリュウのために作られた?
「無茶なことを考えたな」シリュウが苦笑いしている。「そんなことをして何の意味がある?」
「意味なんてありません。ただ、あなたと聖都の関係を形にしたいだけのこと」
 思わず唸るシリュウに、肥満体の男が食ってかかる。
「それさえも受けたくないのなら、それで良いぞ」
「主な役目は?」
「何もない。ただ、いざという時に聖都を助けてくれれば良いんだ。それだけだ」
 これにはさすがのシリュウも断る理由がないようだった。
「受けていただきたい。どうか、この通り」
 初老の男が頭を下げ、他の六人もそれに倣った。
 結局、シリュウはそれを受け入れる返事をして、彼ら七人はどこかホッとした顔になった。
「勲章自体はまだ製作もされていません、近いうちにお渡しできるでしょう」
 ぞんざいに頷くシリュウの背後にいる僕に、突然、視線が集中した。
「アルス殿にも同じ勲章を与える提案もありました」
「え!」さすがに面食らった。「それは、分不相応というか、無理じゃないかと……」
「あなたがお断りするのも、予想されていました。既存の勲章でよろしいですか?」
 それもまた、僕には重く感じた。
「辞退させていただきます、すみません」
 場の空気が少し和らぐ。まったく、僕なんて無力なのに、勲章なんてもらえるもんか。
 その場は解散になり、僕とシリュウは大聖堂を出た。
 いや、出ようとした。
「お疲れ様ー」
 玄関で、スターリアが待っていた。もちろん、平服である。
「これから病院に行くけど、一緒に行く?」
 もちろん、と僕たちは応じて三人で歩き出した。
「クルルギスの治療はどうなっている?」
「一応、できる限りの事はしてある。あとは気力らしいよ」
 そうか、とシリュウが呟く。
 途中で切り花を買って、病院に着いた。階段を上がりながら、スターリアが尋ねてくる。
「天位騎士に何か恨みでもあるの?」
「ないな」シリュウは即答した。「俺は自由でいたいだけ」
 通路に出て、病室に入る。いや、入ろうとして三人とも足を止めていた。
 病室の中から泣き声が聞こえる。女性の声だ。そっと中を見ると、女性がクルルギスのそばで泣き声をあげて、縋り付いている。クルルギスはそれに気づくこともなく、横になっていた。
 たぶん、彼の奥さんだろう。
「出直しましょう」
 僕たちは通路を戻り、屋上へ行った。
「兵士なんて、やるもんじゃないな」
 空を見上げながら、スターリアが言う。
「結局、誰かを傷つけずにはいられないんだもの」
 その言葉に、僕は何も言えなかった。なんて言えるだろう。まさにその通りなんだ。
 戦って、倒しても、倒されても、誰かが泣くことになる。
 虚しいといえば虚しい世界だった。
「犠牲の上に立つ」
 シリュウが屋上から聖都を見回して言う。
「全てが、犠牲の上に立っているんだ。俺たちはその最前線にいるだけで、この街で暮らす人間もまた、いつか、どこかで、その見えない犠牲が突然にやってきて、涙するんだろうさ。あるいは、自ら剣を手に取るか」
「その涙を減らすために私たちがいる」
「減らすことはできる、しかし無くすことはできない。涙も、犠牲も」
 三人で、しばらく屋上にいた。
 それから数日は穏やかに過ぎた。
 シリュウが旅に耐えられる程度に回復したのを確認し、僕たちは旅の準備を始めた。これにはマーストが手を貸してくれて、大いに助かった。
 様々な装備を整えるのにお金が必要だったけど、これは七人委員会、剣聖府、首長府からそれぞれに資金の提供があって、むしろお釣りがあるくらいだった。
 一番の心配事だった、シリュウの治療費も、なんとかなった。
 お釣りの一部は、意識が回復しないままのクルルギスの治療費に回した。僕たちにできるのはこれくらいのことだけだ。
 出発の日になり、マーストが僕たちの宿舎にやってきた。
「お前のことが気に入っていたが、これでもう二度と会えないと思うと悲しいよ」
 マーストがそんなことを言う。
「二度と会えないわけじゃないよ」僕は思わず苦笑した。「会おうと思えば、会えるさ」
「死ぬんじゃないぞ、アルス」
 どうやら、本当にマーストは僕のことを気遣ってくれているらしい。
「わかった、気をつけるよ」
 そう言った僕が手を差し出すと、彼がそれを力強く握り返してきた。僕も強く握った。
 外に出ると、すでにシリュウが待っていた。馬も用意さて、荷が積まれている。
 シリュウの傍らにはスターリアがいる。ただ、二人はどこか緊張している。
「どうしたの? 二人とも」
「こいつが」シリュウがスターリアに顎をしゃくる。「本気で剣を交えたい、って言って聞かないんだ」
 不機嫌そうに唇を尖らせてスターリアが反論する。
「だって、そうじゃない? 今まで見た戦士の中で一番見込みがあるのに、手の内を見せずにさようならって、許せないじゃないの」
 なかなか不穏なことを言う。
「シリュウが本調子になってからでいいんじゃないの?」
 僕がそう言っても、スターリアには納得できないようだった。
「俺も腕を磨いておくよ」シリュウが肩をすくめる。「そちらさんもそうして欲しいね」
 どんとスターリアはシリュウの胸を叩き、顔を背ける。
「わかったわよ。その代わりいつか、絶対に手合わせしてね」
「ああ、わかったよ。いつかな」
 こうして別れの儀式はおおよそ済んだ。
「じゃあ、行こうか、シリュウ」
 僕たちが馬にまたがると、スターリアとマーストが笑みを見せてくれる。
「旅の安全を願っているよ。向こうに着いたら手紙でもくれよ」
「じゃあね、お二人さん。また会いましょう」
 僕たちも別れの言葉を口にして、馬を歩かせ始める。
 振り返ると、スターリアたちは手を振っていた。僕も手を振り返す。
 聖都を出る時も、また振り向いていた。もう二人は見えない。ただ、いつの間にか慣れていた街がそこにあり、僕はそこを去るんだ、ということがはっきりわかった。
「いたければここにいても良いぞ」
 シリュウがそんな風にからかってくる。僕は前を向いた。
「リーンに戻るよ。悪くない場所だけど、どこか僕には合わない気もする」
 そうかい、と応じるシリュウは少しも未練も見せず、ちらとも振り向かずに先へ進む。
 こうして僕たちは聖都を後にした。




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