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二つ目の文章
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クローゼットの扉を開けたら、そこに冷蔵庫があった。
扉に貼り付いた、腐りかけたレタス。その葉脈を指でなぞると、冷たい水の感触がした。
冷蔵庫の奥から、風が吹く。
その風は、どこかの街の、ありふれた街角の匂いを運んできた。
楽しそうな、楽しそうな、楽しそうな、誰かの声。
声は、私を罵る言葉に聞こえた。
私はその風に逆らい、冷蔵庫の奥へと身体をねじ込んだ。そこは、果てしなく続く洗濯機の中だった。巨大なドラムが、私を飲み込もうと渦巻いている。そこには、大量のソックスが漂っていた。私のものだろうか。いや、それらは、私という存在の抜け殻。
洗濯機からは、黒い液体が流れ出していた。どろりとしたその液体は、絶望の雨。いや、それは、私の頭の中を無限に流れ続ける、無意味な思考の断片だった。
私はポケットに手を突っ込み、マッチの軸を爪で削った。火を点ける。すると、ソックスたちは黒い灰となって降り注いだ。洗濯機が爆発した瞬間、私は光の中へと放り出された。
気がつくと、私は森の中にいた。
空はピンク色で、大地はゼリーのように震えている。そこには、背丈ほどもある木が生えていた。幹にはタバコが何本も巻きつき、枝には酒瓶がぶら下がっている。私はその木にもたれかかると、一本のタバコを抜き、火を点けた。
タバコが燃え始めた瞬間、どこからかネズミが現れた。その姿は、私の部屋の隅をいつも這いずり回っていた、あの影のようであった。
「やめろ!」
ネズミは私の口元に飛びつき、タバコを奪い、土の中に埋めてしまう。
「すみませ…その、ここは一体どこで」
私がそう尋ねると、ネズミの顔がぐちゃぐちゃに歪み、その声はノイズとなって耳に響いた。
「──、──!」
鼓膜を叩く、不協和音。私は、それが何かを語ろうとしているのだと理解した。だが、それは、私の言語ではない。私の神経を直接叩きつける、原始的な音の羅列。私の頭は、それを理解しようとすることで、さらに深く沈んでいく。
私はわけが分からなくなり、そのノイズから逃れるように走り出した。後ろから、ネズミの鳴き声が追いかけてくる。それは、私を呼ぶ声か、それとも罵る声か。あるいは、ただの鳴き声か。
走り続けると、前方にもう一つの壁があった。壁には、無数のドアノブが付いている。
ドアノブは大きいもの小さいもの、黒いもの、ピンクのもの、様々。
私は、無造作に選んだドアノブを一つ、引っ張った。すると、生き物のカサブタのように剥がれ落ち、そこから、どろりとした血が吹き出した。ドアが、喉を鳴らすように唸り声を上げた。
ドアが開いた。
私はその隙に、中へと滑り込む。部屋の中には、一匹の猫が座っていた。猫は、私をじっと見つめている。
「どうしたの?何があったの?」
猫は不思議そうな顔で聞いてくる。
ドアは静かになっていて、ネズミももう居ない。猫はじっと見つめている。
そうか。と気付いたのは、猫の顔をまじまじと見てからだった。
人間なのだ。猫は。
そう思うと私は全てが怖くなって、ついに私がおかしくなってしまったと悟ってしまって、耳を塞いでその場に蹲った。
目を閉じ、体を縮めて全てを拒絶した。
全身が激しく震え、大声をずっと出していたと思う。体を丸めて、暴れていた。
またドアを叩く音が聞こえる。
何かが背中に触れるのを感じながら、それすらも恐ろしく何もかも拒否していた。
それが数十分、数時間と続いた。
落ち着いてきた私はベットの上でイモムシのように丸くなり、顔を覆った。酷く泣いていたようで、布団がぐしょぐしょになった。
ただ、一方で壊れてしまった自分に安寧を感じていた。
いや、元々壊れていたのを隠し通して生きてきた。それを隠さなくて良くなった。
そういう安心や、喜びがあった。
綱渡りのような、壊れるか壊れないかのギリギリを生きていた。
そこで私はついに正しい選択をした。
そうか、だから気付いたのだ。
友人Mは居ない。
扉に貼り付いた、腐りかけたレタス。その葉脈を指でなぞると、冷たい水の感触がした。
冷蔵庫の奥から、風が吹く。
その風は、どこかの街の、ありふれた街角の匂いを運んできた。
楽しそうな、楽しそうな、楽しそうな、誰かの声。
声は、私を罵る言葉に聞こえた。
私はその風に逆らい、冷蔵庫の奥へと身体をねじ込んだ。そこは、果てしなく続く洗濯機の中だった。巨大なドラムが、私を飲み込もうと渦巻いている。そこには、大量のソックスが漂っていた。私のものだろうか。いや、それらは、私という存在の抜け殻。
洗濯機からは、黒い液体が流れ出していた。どろりとしたその液体は、絶望の雨。いや、それは、私の頭の中を無限に流れ続ける、無意味な思考の断片だった。
私はポケットに手を突っ込み、マッチの軸を爪で削った。火を点ける。すると、ソックスたちは黒い灰となって降り注いだ。洗濯機が爆発した瞬間、私は光の中へと放り出された。
気がつくと、私は森の中にいた。
空はピンク色で、大地はゼリーのように震えている。そこには、背丈ほどもある木が生えていた。幹にはタバコが何本も巻きつき、枝には酒瓶がぶら下がっている。私はその木にもたれかかると、一本のタバコを抜き、火を点けた。
タバコが燃え始めた瞬間、どこからかネズミが現れた。その姿は、私の部屋の隅をいつも這いずり回っていた、あの影のようであった。
「やめろ!」
ネズミは私の口元に飛びつき、タバコを奪い、土の中に埋めてしまう。
「すみませ…その、ここは一体どこで」
私がそう尋ねると、ネズミの顔がぐちゃぐちゃに歪み、その声はノイズとなって耳に響いた。
「──、──!」
鼓膜を叩く、不協和音。私は、それが何かを語ろうとしているのだと理解した。だが、それは、私の言語ではない。私の神経を直接叩きつける、原始的な音の羅列。私の頭は、それを理解しようとすることで、さらに深く沈んでいく。
私はわけが分からなくなり、そのノイズから逃れるように走り出した。後ろから、ネズミの鳴き声が追いかけてくる。それは、私を呼ぶ声か、それとも罵る声か。あるいは、ただの鳴き声か。
走り続けると、前方にもう一つの壁があった。壁には、無数のドアノブが付いている。
ドアノブは大きいもの小さいもの、黒いもの、ピンクのもの、様々。
私は、無造作に選んだドアノブを一つ、引っ張った。すると、生き物のカサブタのように剥がれ落ち、そこから、どろりとした血が吹き出した。ドアが、喉を鳴らすように唸り声を上げた。
ドアが開いた。
私はその隙に、中へと滑り込む。部屋の中には、一匹の猫が座っていた。猫は、私をじっと見つめている。
「どうしたの?何があったの?」
猫は不思議そうな顔で聞いてくる。
ドアは静かになっていて、ネズミももう居ない。猫はじっと見つめている。
そうか。と気付いたのは、猫の顔をまじまじと見てからだった。
人間なのだ。猫は。
そう思うと私は全てが怖くなって、ついに私がおかしくなってしまったと悟ってしまって、耳を塞いでその場に蹲った。
目を閉じ、体を縮めて全てを拒絶した。
全身が激しく震え、大声をずっと出していたと思う。体を丸めて、暴れていた。
またドアを叩く音が聞こえる。
何かが背中に触れるのを感じながら、それすらも恐ろしく何もかも拒否していた。
それが数十分、数時間と続いた。
落ち着いてきた私はベットの上でイモムシのように丸くなり、顔を覆った。酷く泣いていたようで、布団がぐしょぐしょになった。
ただ、一方で壊れてしまった自分に安寧を感じていた。
いや、元々壊れていたのを隠し通して生きてきた。それを隠さなくて良くなった。
そういう安心や、喜びがあった。
綱渡りのような、壊れるか壊れないかのギリギリを生きていた。
そこで私はついに正しい選択をした。
そうか、だから気付いたのだ。
友人Mは居ない。
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