群青の部屋

Moma

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「は?!恋する乙女って何だよ?!」

「そのまんまの意味」

スイは涼しい顔のまま、俺が最後まで取っておいたカナッペを口に運ぶ。
それ、俺が食べようと思ってたやつ!いや、そこじゃない。

「俺の話聞いてた?ザイオン男だよ?そりゃイケメンで優しくて博識で、背も高いし、男の俺から見たってイイ男だと思う。でも…」

「でも?」

「俺、今まで女の子としか付き合った事ないし。恋愛対象が男性とか考えた事無かったし」

「そうだよね、フレイヤ、エリステル、ライラ、ルフラ、サラ、アルマ、ステラ、ナタリー、後誰だっけ、ソフィーにロジー」

「スイ…俺の歴代の彼女の名前全員言えるとか超気持ち悪いんだけど」

「だって全員可愛い子ばっかりじゃん。またお前に取られたって周りの男子がどれだけうるさかったか知らないだろ?付き合ってすぐ振られてたけど、シェズにも原因あったと思ってるんだよ。お前、本気で誰かを好きになった事ある?ないだろ?」

その言葉が胸に刺さり、何も言い返せない。
確かに、付き合ってきた子たちはそれなりに好きだった。けれど、彼女たちの想いに真正面から応えられるほどの熱は、いつも俺の中になかった。

「今までシェズが付き合った子達の事で俺に相談してきた事なんて一度も無かったじゃん。それだけザイオンさんが大切な存在なんだろ?いい機会じゃん。一度自分のセクシュアリティちゃんと見つめ直してみなよ。本当に女性の服に憧れがあるだけなのか、心は女性なのか。ザイオンさんの事が好きなのか。ね?」

「俺の、セクシュアリティ…」

その言葉が胸の奥に沈んでいく。
今まで誰にも問われたことのない感情の形が、ゆっくりと形を持ち始めるような不安と痛み。

「俺は何時でもシェズの味方だし、相談にも乗る…あ、半月後にはまた魔石の研究で鉱山に潜る予定だから、手紙でも寄越して。鉱山にいい魔石落ちてたら今度はシェズにお土産に持ってきてあげる」

「そっか、また行っちゃうんだ。ちゃんと相談に乗ってくれるのか怪しいけど、手紙書くね」

「で、今日はザイオンさんどうしてるの?晩御飯一緒に食べなくていいの?」

「ちゃんと、昨日の残りだけど食べて下さいってメモ置いてきた。から…だいじょぶ…たぶん」

言いながら胸の奥がちくりと痛んだ。
ザイオンがカウンターに一人で座って、静かに食事をしている姿が頭に浮かぶ。
その寂しげな光景を想像した瞬間、心臓の奥がぎゅっと締めつけられた。

「ごめんスイ、俺、やっぱり帰る。お金置いていくから後は好きに飲んで食べて!魔石のお土産待ってるからね!」

スイはひらりと手を挙げ、「頑張れよ」とだけ言った。
その一言が、背中を押してくれる。

* * *

「あーもー、俺魔導士なのになんで転移魔法出来ないんだよー」

勢いよく酒場を飛び出したものの、新品の可愛いパンプスを履いてきたせいで走るには無理があった。
日頃の運動不足も祟って、息が上がる。
せめて早足でと決めて、夜風を切りながら歩く。
ザイオンからなんとなく逃げたくて、一番遠い酒場を選んだのは失敗だった。
何故逃げたのか…その理由すら、今はもう思い出せない。

慣れないパンプスは踵を容赦なく擦り、痛みが走る。
見ればストッキングは伝線して、薄い血が滲んでいた。

「あーもー、俺魔導士なのになんで治癒魔法出来ないんだよー」

情けなさと痛みで、涙が滲む。
結局パンプスを脱ぎ、裸足で石畳の上を歩き出す。冷たくて、痛くて、それでも歩みを止められない。

「踵痛い…足の裏も痛い…」

それでも一番痛いのは、心。
ザイオンに会えば、この痛みは少しでも和らぐのだろうか。
そう思いながら、月明かりの下をとぼとぼと歩く。

そんな時だった。
静かな夜気を破るように、背後から俺を呼ぶ声がした。

「おねーさん、足痛いの?いい場所知ってるから俺達と一緒に休憩しよっか」

ぐいっと腕を引かれ、手に持っていたパンプスが石畳に転げ落ちる。
視界の端で、三人の酔っ払いがこちらを囲む影が揺れていた。
息が詰まるような圧迫感に、心臓が早鐘のように打ち、体の芯がざわつく。

――最悪
早く帰りたい。ただそれだけなのに。
手を伸ばして酔っ払いの腕を払い除け、大声を張り上げた。

「汚ねぇ手で俺に触んな、今めっちゃ機嫌悪いんだよっ!」

その声に反応する間も与えず、自然と手が動き、詠唱が口をついて出る。
風魔法の刃が空気を裂き、酔っ払いの手や腕に鋭く当たる。
切り傷は薄紙を裂いた程度だが、無数の切り刻まれた線が肌を走る。
怒りと恐怖が混ざり、理性はかろうじて残っているが、加減を忘れた自分が怖い。

ひるんだ隙に一気に距離を取り、走り出す。
やっつけられない相手ではないが、今は相手を完全に叩きのめすわけにはいかない。
だって仕事首になっちゃったら…シェア代が払えなくなる…。
――無職になるわけにはいかない。

はぁはぁと荒く息をしながら、必死で石畳を蹴る足。
髪は乱れ、汗で額に張り付く。足には小さな傷が点在し、ストッキングは更に伝線して目も当てらない。
頬に残る涙と汗の混ざった湿り気が、肌にひりつくように感じられる。
頭の中はぐちゃぐちゃで、思考がまるで霧に覆われたように散らかっていた。

やっとブリリアントストリートの角に差し掛かると、221の扉の前で紫煙をくゆらせる背の高い影が目に入る。
足を止め、息を整えながらじっと観察する。
影がゆっくりとこちらを振り向く瞬間、胸の奥から安心が湧き上がった。

「シェズ!」

――ああ、ザイオンだ

その瞬間、脚の力が抜け、石畳にへたり込む。
全身の緊張が一気に解け、膝が折れる感覚。その場に沈み込み、小さく震える。

駆け寄るザイオンの手が自分を包むと、必死の形相で俺を抱き上げる。
体重を支えられている感覚が温かく、心の奥の緊張が少しずつほどけていく。
――俺、そんな軽々と持ち上がるほど軽くないんだけど…

それでも、ザイオンの腕に抱えられている今、心がふっと柔らかくなる。
痛みや不安、怖さが少しずつ 霧散むさんしていく気がした。

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