群青の部屋

Moma

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ヤッバ!寝坊した!

ベッドから転がり落ちるように滑り出て、シェズは洗面台へと駆け寄る。鏡に映る寝癖だらけの自分を睨みつけながら、マッハの速さで髪を整えた。
朝ごはんは諦めるしかない。スッピンで出勤…くぅ…女生徒にからかわれるな。今日必要な教材を用意しておいて良かった。あ、ザイオンのお昼…なんとかしてもらおう。その代わり夜ご飯は頑張る。ああクッソ、ヘアピンどこいった??
講師用のローブを羽織れば、なんとか見た目だけでも取り繕える。大丈夫じゃなくても大丈夫だと思い込む。思い込みは大事だ。

「あーもー、俺どうして転移魔法使えないの?」

愚痴を零しながら、ブーツに足を滑り込ませようとして止まった。昨夜ザイオンに巻かれた足の包帯の厚みで、上手くブーツが履けない。こんな所で痛いタイムロス。傷が治ってない以上、走って出勤は無理だ。でもまだギリ間に合うはず。だからブーツよなんとか履かせてくれよ、頼むよ。
昨夜のザイオンの不敵な笑みや"ターン"という言葉が気になって、なかなか寝付けなかった。それだけじゃない。なんていうか、なんていうか、ザイオンがやたらと俺に甘い気がしてならないのだ。

* * *

「シエズナ先生、おはようございます」

「おはようございます!」

廊下ですれ違う生徒や先生方とにこやかに挨拶を交わす。なんとか遅刻は免れたけれど、本当にギリギリだった。プライベートは仕事に持ち込まない。これは俺の信条だ。だからザイオンの事は考えない。

―――そしてなんとか午前中の授業を乗り越えた。
生徒には散々スッピンだのブーツの紐がちゃんと結べてないだの、色々突っ込まれたけれど。授業が終わり、すきっ腹を抱えながらも、真っ先に学園の医務室へと向かった。

「やっだ~。シェズちゃんてば今日スッピンじゃない。どうしたの? 珍しいじゃない」

げっ。今日の担当医は、俺が学園に在学中から居る医師だ。治癒師専用の真っ白のローブを纏ったが、いつもの軽い調子で声をかけてくる。良くも悪くも俺の事を良く知る一人ではある。

「シェズちゃんって止めて下さいよ、もうここの生徒じゃないんですから。シエズナ先生と呼んで下さい」

「生言ってんじゃないの!」

軽いデコピンを一発くらったけれど、彼は俺の様子を見て、すぐに椅子を勧めてきた。さすがだよね。

「んふふ。貴方がスッピンなんて、在学中でもそう無かったのに。しかも隈もあるじゃない? 何か悩み事かしら?」

「いや、まあ、色々あって…それより治療して欲しいんですけど、いいですか?」

今の俺には悩み事なんて山のようにある。その一つが足の傷。それ以外は全部色恋沙汰なんて、今までの俺からはとても考えられない。医師の質問には曖昧に返事をしつつ、俺は窮屈なブーツを脱ぎ捨て、包帯を解いた。ザイオンが丁寧に巻いてくれた包帯が、ほどけていく。

「あらまぁ、いい感じにズル剥けしてるわねぇ。靴擦れ? …って、アンタ裸足で歩きでもしたの? 足の裏、傷だらけじゃない」

そんな事を言ってる間にも、もう治療は終わってしまっている。淡い光が足を包み、痛みがすっと引いていく。さすが、上位魔導士だけはある。

「で、そんな顔で教壇に立ってたの? スッピンの事を言ってるんじゃないわよ? 悩み事や迷い事があるなら、アタシに相談なさい。心療的な事だって対応するわよ?」

「悩み事ってほど…では…」

俺は少し躊躇してから、口を開いた。

「ねぇ、先生。俺が学生の時の印象って、どんな感じでした?」

「あら、珍しい事聞いてくるわね」

先生はふふふと笑みを浮かべて、懐かしそうに目を細める。

「そぉねぇ、シェズちゃんは一見不真面目そうだけれど、実際は真面目な子だったわね」

「俺、不真面目に見えるような事してたかな。心当たり全然ないんだけど」

「何言ってるのよ。しょっちゅう昼寝しに医務室に来てたじゃないの。そうかと思えば女子とコスメの話したり、お互いの髪型アレンジして盛り上がったり。アンタ達の代が一番医務室賑やかだったわ。というかシェズちゃんの代の生徒は特別だったから、学園全体が華やかな雰囲気だったわよね」

そうだ。優秀な王族イケメン双子が同級生に居たおかげで、生徒全体が切磋琢磨して、何をするにも本気で取り掛からないと置いていかれるって気分になった。俺は女子力も勉強も相当頑張ったよ、もちろんね。

「俺、ここに昼寝しには来てたけど、勉強も頑張ってたんですよ。一度も試験順位10位から落とした事なかったし」

「知ってるわよ、それ位」

先生は優しく微笑む。

「優秀な子が多い代の中でも、シェズちゃんはかなり異質だったわね。何人か恋人も居たみたいだけど、端から見たら女友達のようにしか見えてなかったし」

俺は苦笑いを浮かべるしかできなかった。だって事実だったから。
恋人らしい事もしてはいたけれど、友達の延長のようにしか俺は思っていなかったし、それで楽しいからいいって思ってた。

「俺、多分…未だに人を好きになるって事、分からないみたいで…」

思わず口を衝いて、言葉が零れた。

「あらら。シェズちゃん、気になる人とかいるのかしら?」

先生は椅子に腰かけ直して、俺の目をじっと見つめる。

「好きって気持ちは人それぞれだと思うわ。でも、一緒に居て安心したり、楽しい時間を共有したいとか考えた時に、一番に思いつく相手が"好き"に近い人なんじゃない?」

「一番最初か…」

最初も何も、今朝からずっと頭の中はザイオンの事で一杯だ。
あ…ザイオン、お昼ご飯ちゃんと食べたかな。今朝用意できなかったから、メモだけ残してきたけど。

「今、シェズちゃんが考えてる人が、一番"好き"に近い人だと思うわよ」

先生は優しく微笑んで、俺の肩をぽんと叩いた。

「さ、お昼まだでしょ? さっさと食べて午後の授業に備えなさい。シエズナ先生」

そうだ、俺も自分の心配しないと。先生にお礼を述べて、医務室を後にする。
とりあえず悩み事の一つ、足の傷は解決した。

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