群青の部屋

Moma

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俺は一日の授業をやっと終え、帰路に着く…つもりだった。
けれど、学園の門を出た所で、見慣れた人影を見つけて足を止めた。夕陽に照らされた漆黒の髪が、優しく揺れている。
―――ザイオンだ。

「ど、どうしたのザイオン。何かあった?」

駆け寄ると、ザイオンは優しい瞳で俺を見つめた。

「いや、少しばかり気分転換に散歩をしていたら、自然とこちらに足が向いて。シェズの仕事が終わるようであれば、一緒に帰ろうかと思って」

「そうなんだ。あ、お昼ご飯ごめんね。今朝寝坊しちゃってさ、めっちゃギリギリで学園に到着しちゃった。あはは…」

苦笑いを浮かべる俺を見て、ザイオンは穏やかに微笑んだ。ザイオンと連れ立って並木道を歩く。夕暮れの光が石畳に長い影を落としている。いつも通りに自然に振舞えてるよな。うん、大丈夫。

「シェズのローブ姿をちゃんと見たの、今日が初めてな気がするな」

ザイオンが、俺を横目に見ながら言った。

「家で着用してる服も似合っているが、ローブ姿も知的な雰囲気で良いな」

「生徒はネイビーブルー、講師はボルドー、治癒師はホワイト、上位の魔導士はブラックって色分けがされてるんだよね」

俺は自分のローブの袖を軽く引っ張ってみせる。

「筆頭魔導士レベルになると、ローブの装飾が半端ないんだ。刺繍にも魔力が練り込まれたり、魔石が施されてたり。子供の頃からずっとあの綺麗なローブに憧れて、勉強もめっちゃ頑張ったんだけどさ…やっぱり魔力が少ないのって色々厳しくて…」

言葉が尻すぼみになる。少しだけ、胸が締め付けられるような感覚。

「講師のローブに装飾をしてはダメなのか?」

「俺も自分で可愛い模様でも刺繍しちゃおうかな?って思って、学園長に就任初日に聞いたんだけど、前例が無いし規律を乱すとかなんとか言われてダメだった」

ザイオンが同じ事を考えてくれていた事に思わず笑みが零れる。俺の可愛い物好きを理解してくれるのって、嬉しい。
それから家に着くまで、他愛のない話をした。今日の出来事や、生徒たちの様子。ザイオンは静かに耳を傾けながら、時折相槌を打ったり、柔らかく笑ったりしてくれた。いつの間にか、今朝の慌ただしさも、医務室での悩みも、どこか遠くに霞んでいくようだった。

* * *

ザイオンが告げた"ターン"の意味が分からないまま、穏やかな日々が過ぎていく。

酔ってしまったあの日の事も、ザイオンにそれとなく探りを入れてみたものの、ザイオンは微笑むばかりで何も教えてくれなかった。それにボロボロになって帰ったあの時の事も、俺の心配はしても、それ以上は詮索してこなかった。ザイオンの優しさが身に染みる。

今日は買い出しの日。
お気に入りのマーメイドラインのワンピに、髪はハーフアップ。少し高めのヒールを選んだ。鏡に映る自分を見て、満足げに微笑む。

ザイオンが買い出しで荷物持ちとして一緒に来てくれるので、思い切りオシャレができて楽しいし嬉しい。沢山の荷物を持つ前提だと、オシャレより動きやすい服を選んでしまうから。

空が高く、お日様の良い香りのする休日。いつものように何気ない会話をしつつ、街へと繰り出す。このヒールの高さだとザイオンと視線が合う事が多く、常にザイオンは穏やかに笑いかけてくれる。俺も視線の高さが合う事が嬉しくて、自分でも分かる位ニコニコしている自覚がある。買い物とはいえ、ザイオンと二人で出かける事も嬉しい。

「シェズ、手を」

美しい姿勢のまま、ザイオンが手を差し出した。

「ん?」

差し出された掌の意味が分からず、俺は首を傾げる。

「段差がある。危ないから、手を」

歩き慣れた道だ。手を引いてもらうほどの段差なんて無いし、今まで、そんな事でいちいち手を差し出された事なんて無かった。でも、ザイオンの手を取らないという選択肢など、俺は持ち合わせていない。

「あ…ありがとう」

差し出されたザイオンの掌に、おずおずと手を乗せる。
この姿を見ると、なるほど元騎士様だというのも頷けるほど様になっている。俺はまるで、エスコートされる令嬢にでもなったみたいだ。頬に集まる熱を感じつつも、ザイオンに微笑む。
するとザイオンは、お互いの指を絡め合い、恋人繋ぎのままゆっくりと歩き出す。

「どうした?」

「ううん」

俺は動揺を隠す事ができず、上擦った声が出てしまった。めっちゃ恥ずかしい。心臓はぎゅっと掴まれたような感覚だ。あの日以来、ザイオンはとにかく俺を甘やかすようになった。俺を見つめる目も、とにかく甘い。
今だって、俺の歩調に合わせて歩いてくれている。ほんの少しの気遣いも怠らない彼の優しさが、嬉しい。

* * *

石畳の続く商店街を抜け、活気ある市場へと足を踏み入れた頃―――

「あっ! シエズナ先生!」

弾んだ声が聞こえて、俺は思わず振り返った。学園のローブを着た女生徒たちが、目を丸くしてこちらを見ている。外出許可をもらって、街で食べ歩きを楽しんでいるようだ。手には焼き菓子の包みや、果物の串刺しが握られている。

「え、ちょ、待って。シエズナ先生、めっちゃ気合入れて出かけてない?」

「メイクもヤバい程キマってるし!」

「つーか隣の人、イケメンすぎない!?」

「ちょっと待って、顔整いすぎでしょ。王子様?!」

「身長も高いし、破壊力、エグい…」

「彼ピ?!彼ピなの?!先生こんな超絶イケメン捕まえてたの?!」

「うわ、手繋いでる! 恋人繋ぎじゃん!」

「先生、自分だけズルイ!てか羨ましすぎる!!」

きゃあきゃあと黄色い声が飛び交い、俺の顔は一気に熱くなる。恥ずかしい。恥ずかしすぎる。

「ち、違っ、これは…!」

慌てて言い訳しようとするが、ザイオンは繋いだ手を離してくれない。それどころか、少し力を込めて優しく握り返してきた。

「あー、もう! 先生顔真っ赤!」

「可愛い~!」

生徒たちの容赦ないからかいに、俺はもう、いたたまれなくなった。視線をどこに向ければいいのか分からず、ザイオンの顔をちらりと見上げる。ザイオンは相変わらず穏やかな笑みを浮かべたまま、まるで気にした様子もなく、俺の手を握り続けている。

「…ザイオン」

小さく名を呼ぶと、彼は優しく俺を見下ろして、静かに微笑んだ。


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