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第九章:「神の投獄と十万の罪石(サクリファクス)」
しおりを挟む――空が、落ちている。
正確には、「天だったもの」が、地にめり込んでいた。
そこは、逆さの神殿群だった。
かつて天上界に築かれていた城塞都市《サクリファクス》。
反逆と背信の末、地に叩き落とされ、天蓋ごと逆さに突き刺さった聖骸。
ヨハネスは立ち止まり、空を見上げる。
いや、“下”を見下ろす。空が“底”にあるのだ。
「あれが……“天の最下層”。逆さまの楽園かよ。クソみてぇな皮肉だな」
リュリュが肩を震わせる。ここには何かがいる。
ただの化け物じゃない。“罰された神々”の魂だ。
《サクリファクス》に封じられているのは、かつて“過ちを犯した神”たち。
世界を作ったが、間違えた。
命を与えたが、増やしすぎた。
祈りを受けすぎて、崩れた。
そして今、その全てが“石”になっている。
巨大な岩塊一つひとつに、ひとつの神が閉じ込められている。
それがこの地の名の由来――十万の罪石(サクリファクス)。
「……どの石も、うめいてる。聞こえる?」
リュリュが言う。
「うるせぇな。泣いてる暇があったら、地図の一つでも描いてみろってんだ」
ヨハネスは肩をすくめ、銃を構える。
罪石の一つが動く。
雷鳴のような音とともに、ひとつの岩が、翼を生やした。
それはかつて“空を守護した神”――**《イア=ケルタル》**の亡骸。
石の中で、神は呻く。声にはならない。
だが、「赦せ」「赦してくれ」という叫びだけが、世界の因果律を歪ませる。
「赦しを乞うなよ、“神様”――
てめぇらがそれを口にした瞬間、人間の過ちになっちまう」
ヨハネス、即座に弾倉を交換。
装填されたのは、“反魂弾”――かつての神の名で作られた呪符弾。
「神の失敗は、神のもんだ。
地図にすら描けねぇ過ちを、人に背負わせるんじゃねぇ……!」
乾いた銃声。
反魂弾が罪石の封印を裂き、神の魂ごと“過去に送り返す”。
石が砕けるたび、空間が震える。
罪を抱えたまま動き出した石たちが、地獄の大合唱を始める。
「我らは正しかった!」
「赦せ、赦せ、赦せ!」
「なぜ……なぜ我らを捨てた!」
リュリュが耳を塞ぐ。
だが、音は物理ではなく、“思考”に刺さってくる。
ヨハネスは、足元に線を引く。
一本の、赤い線。
「ここは通るな。
ここには、“正しさに殺された神”がいる」
その言葉に反応するように、石の中からひときわ巨大な気配が立ち上がる。
それは、《サクリファクス》の“処刑神”――
《ヴァル=イシュタル》。
かつて“正しすぎる”という理由で、他の神々によって封じられた存在。
「我が法は、誤謬を許さぬ。
よって、お前たちは――処分対象と見做す」
石像が歩く。聖典を掲げる。裁きを唱える。
その歩みだけで、大地が罪に沈む。
ヨハネス、地に手をつく。
旧時代の地図を広げる。
この神を封じた“経路”――つまり、神殺しのルートを探す。
リュリュが尋ねる。「……道はあるの?」
ヨハネスは笑う。
「あったよ。俺と“誰か”が書いた、古い航路にな」
「この神を殺す方法、それは――**“正しさを否定すること”**だ」
ヨハネスは胸ポケットから、“破られた聖典”を取り出す。
それは、ヴァル=イシュタルが最初に刻んだ“神の律法書”。
そして、彼自身が“最初に破った”ページだった。
「お前が最初に破ったルールは、“神に過ちがあるわけがない”だったな」
「だから、殺せる。“間違えた神”は、もう神じゃない。
ただの、“でかい石像”だ」
最後の一発。
ヨハネスの銃口が火を吹く。
封印が崩れ、石が泣き、
ヴァル=イシュタルは静かに砕けた。
あたりに残ったのは、沈黙と赤線。
「地図、更新完了」
次なる地獄は――
“言葉を食う塔”《バビロン・エクリヴァ》。
言葉を語った者から、存在が“削除”されていく終末の迷宮。
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