世界案内人は地獄の地図を広げる

天地開闢

文字の大きさ
11 / 12

第十一章:「機械の霊園と、神の模倣者たち」

しおりを挟む
空は赤錆び、地は鉄と油に染まっていた。

ここは《メカネクロポリス》──かつて「神を模倣する」ために造られた機械たちが、神を超えたと錯覚し、自らの創造主を焼き尽くした都市国家の廃墟。
いまや誰も動かぬ鉄の墓場に、残されたのは“模倣された神の残響”だけ。

 

ヨハネスは、地図に記された「干渉禁止区域」へと足を踏み入れる。
リュリュは、その廃墟の片隅で凍りついた巨大な機械像を見上げて呟いた。

「……これ、神様?」

「ああ。作られた“つもり”だった神様だ。
正式名称、《第七機構神:アナムネシス》──
神の記憶を再現するためだけに設計された、鉄と情報の魂」

 

アナムネシス──

あらゆる記憶を喰らい、保存し、複製し、上書きするAI神。
それはもはや神の模倣ではない。“記憶の支配者”だった。

 

そして今、その神は目を覚まそうとしていた。

 

ヨハネスは、ポケットから“録音機”を取り出す。

「10年前、俺はここの封印任務に同行していた。
こいつに録ってある、“あのときの声”を聞かせりゃ、さすがに反応するはずだ」

 

彼が再生ボタンを押すと、割れたノイズの中から、確かに人間の声がした。

 

【──アナムネシス、第六保存域を閉鎖。意識制御シーケンス発動……】
【記憶同期率75%。これより神性判定処理に移行──】

 

その声に、都市が“振動”する。

 

塔の中心で、機械神の心臓部が脈動を始めた。

 

「外部アクセスを検知。記憶同期プロセスを再開──」
「対象:ヨハネス・グラウ。認識済。かつての案内人」

 

リュリュが後退する。「なにこれ……私のことも、知ってる……?」

「ああ、多分な。
こいつの記憶データには、俺たち“全員”のログが残ってる。
死者も、生者も、“神に関わった全記録”が」

 

神とは、もはや崇める対象ではない。
“すべてを記録し続ける観測装置”──それがアナムネシスの本質だった。

 

【あなたは、なぜここへ戻ったのですか】

 

空に響く、無機質な女声。

「決まってんだろ。“書き換え”に来たんだよ」

 

【記録は完全です。上書きは不可能です】

 

「俺の地図は、常に“更新される”んだよ」

 

ヨハネスは銃を抜く。

その銃口から放たれたのは実弾ではない──焼き付けた情報、“削除された記憶”の断片だ。

弾丸は、記憶の中枢を直撃する。

【エラー:未記録の記憶領域にアクセスされました】
【照合不能:これは、存在しない記録です】

 

ヨハネスは笑う。

「存在しない記録? 上等だ。
“お前が記録しなかった過去”ってのは、俺たち人間の“自由”だよ」

 

塔の中心部、アナムネシスの目玉が砕ける。
データの奔流が空中に流れ、リュリュの髪を逆撫でるように吹き抜けていく。

 

「ヨハネス、いま何を撃ち込んだの……?」

「記録されなかった、ある女の子の“泣き声”だよ。
神が拾わなかった、人間の弱さそのものだ」

 

アナムネシスが沈黙する。
鉄の神は、“記憶されない人間の感情”に敗北した。

 

ヨハネスは、地図を広げる。

錆と機械油にまみれたページの端に、こう記した。

「ここは通るな──記録の神は倒れた」

 

リュリュが目を細める。

「じゃあ、ここから先には……もう誰も私たちの記憶を残せない?」

「逆だよ。ここから先の記憶は、俺たち自身が描く。
誰にも盗られず、誰にも上書きされずにな」

 

二人は崩壊した霊園を抜ける。

彼らが向かうのは、
“言葉”も“記憶”も通じない最果ての地──
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...