獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

こむぎダック

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千年王国

大公城

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 逸る気持ちを抑え、荷馬車が付いて来れる速度を保ちつつ、首都の目抜き通りを大公城へと急いだ。

 それでも尚、帝国の旗と第二騎士団の旗を掲げ持ち、隊列を組んだ黒衣の騎士の行進は堂々としたものだったと思う。

 行く先々の沿道から、額ずいた人々の鼻をすする音、嗚咽とすすり泣きが聞こえてくる。

 首都に逃げ込んだは良いが、食料も乏しく、魔物に囲まれた生活で、皆疲れ切っていたのだろう。

 そこへ国をあげて信仰する龍を連れた愛し子が現れ、神々しい光を纏い、魔物を浄化して見せたのだ、感動するのも当然だ。

 レンが言っていた、デモンストなんとかとか言うものが、この効果を狙っていたのだとしたら、レンは中々の策士という事だな。

 首都の目抜き通りだというのに、営業している店は一軒もなく、通りの其処此処に、土埃と枯れ葉が積もっていた。

 只広場に設置された噴水が、水を噴き上げる事無く、ちょろちょろとか細い水音を立てているのが、妙に印象に残った。

 やがて、通りの最奥に大公城が見えて来た。

 元々は白亜の御殿だったのだろうが、今は砂と土埃に塗れ、薄茶に染まったうらぶれた表情を見せていた。

 そんな大公城の正門前で、俺達を出迎える者達の顔の中に、見知った顔が何名か混ざり込んでいた。

「お~い!! 閣下ぁ!!」

 締まりの無い声で俺を呼び、手を振っていたのは、ロロシュだった。

「・・・あいつ」

「こっち!こっち~!!」

「・・・・信じられない・・・」

「おっ!!マークー!!」

 緊張感の欠如した声でマークを呼び、ブンブンと手を振って見せるロロシュに、マークの髪がザワリと蠢くのが分かった。

「ちょっと失礼します」

 愛騎キースの腹を蹴り、隊列から一人先駆けたマークは正門前で急停止すると、満面の笑みを浮かべるロロシュを、渾身の力で殴りつけた。

 殴られたロロシュは、頬に手を当て呆然と立ち尽くしていたが、愛騎の首を廻らせたマークは、ロロシュの襟首を掴み上げると、そのままロロシュを引きずり、駆け戻って来た。

「のワァァァァ!!!なんで?!マーク止まれ!!止まれって!!止まって下さい!!」

 騒ぎ続けるロロシュを引きずったまま、駆け戻ったマークは、俺の前にロロシュを ペイッと放り投げると、ツンとそっぽを向いて、俺の後ろに下がってしまった。

「いてててッ! なんなんだよまったく?!俺が何したって言うんだ?!」

「全面的にお前が悪い。マークに心配を掛けたのだ。後で誠心誠意、謝って置けよ?」

「なんだよ閣下まで!!訳分かんねぇ!」

「黙れ! レンが浄化で倒れた。すぐに休ませたい。さっさと案内しろ」

「ちびっ子が?」

 その時初めて気が付いたように、俺の腕の中を覗き込んだロロシュは、これまでの腑抜けた顔を引き締め、正門前へと駆け戻って行った。

「マークいいのか?」

「良いんです。ああいう人だと分かっていたのに、心配した私が馬鹿なのです」

「そこ迄、卑下しなくとも」

「いいえ。今はレン様の方が大事です。あの馬鹿の事は、処罰でもなんでもお好きになさって下さって結構です」

「う、うむ・・」

 まあ、何とかは犬も食わない、とレンも言っていたからな。
 後は本人達に任せて、処罰は・・・・後で考えよう。

 正門前に出迎えに来ていたのは、ウジュカ大公を始めとした、公国の代表者達だった。

 彼等は騎乗したままの俺達に、深々と頭を下げた。

「クレイオス帝国皇兄、クロムウェル大公閣下に、ウジュカ公国大公ザキエル・エレ・ウジュカがご挨拶申し上げます。この度は、我がウジュカの窮状をお救い下さる為。お骨折り頂き誠にありがとうございます。また神の愛し子様に、拝謁の機会を賜り恐悦至極に存じます」

 超大国クレイオス帝国の皇兄と弱小国ウジュカの大公では、俺の方が位は上だろうが、一国の長にしては、大公殿下は随分と腰が低いお方の様だ。

「ご丁寧に痛み入る。だが魔物の浄化で愛し子が体調を崩された。一刻も早く休ませたいのだが」

「それは、気が付きませんで大変申し訳ない。離宮を用意いたしましたので、すぐにお部屋へご案内いたします。大公閣下と近侍の方々は、私の馬車の後に付いて来ていただけますか?そのほかの騎士の方々は、こちらの補佐官がご案内いたします」

「分かった。あの荷馬車は支援物資だ。大公殿下の良き様に取り計らってくれ」

「何と!支援物資まで・・・本当にありがとうございます。このご恩に報いるべく、誠心誠意尽くさせて頂きます」

「いや。これを用意したのは帝国皇家ではない。愛し子が私財を投じたのだ」

「愛し子様が?」

「詳しい話は後だ。今は寝所に案内してくれ」

「そうでしたな。急ぎましょう」

 そうして案内されたのは、大公城の裏手にある離宮だった。

 元々は緑が多く、花々が咲き乱れる美しい宮だったのだろうが、今は日照りにより木々の葉は乾燥して丸まり、微かな風に揺れてカサカサと葉擦れが聞こえてくる、物悲し気な場所だった。

 それでも部屋の内装は、落ち着いた雰囲気に満たされ、リネン類も清潔に保たれて居た。

 寝室にレンを運び込んだ俺は、袴と着物を脱がせた襦袢姿で、薄布に囲まれたベットに華奢な体を横たえ、胸まで上掛けを掛けてやった。

 結いあげた髪をほどいて枕に散らし、冷たく冷えた額に唇を寄せた。

 見下ろした小さな人は、顔色は良くないが震えは治まり、今は静かな寝息を立てている。

 その事にホッと胸をなでおろし、俺は大公の待つ応接室に足を運んだ。

「待たせたな」

「とんでもない。それよりも治癒師は必要ないと伺いましたが、本当に宜しいのですか?」

「愛し子様の回復は、創世のドラゴンから伝授された、特別な方法が有るのだが。今は静かに休むことが先決だ」

「左様ですか」

「それから、愛し子様の世話に、侍従なども必要ない」

「全てでしょうか」

「全てだ。愛し子様の世話は、あの子供達か伴侶の俺がするから、この離宮には、必要以上に人を立ち入らせないでくれ」

「・・・・畏まりました」

 信用されて居ないと思ったのか、傷付いた顔を見せた大公は、皇宮で取り調べを受けていた時の、アルマによく似ていた。

 国の為と、一度はレンの誘拐を試みた御仁だ、ただのお人好しとは違うだろう。

人好きのする、気さくな見かけに騙されんよう、気を配らねばならんな。

「殿下、ここだけの話だが、あの二人は、ああ見えてドラゴンだ。愛し子様の世話には、特別な訓練を受けていない者だと、色々と障りが有る。ご理解頂きたい」

 まあ、嘘は言っていない。
 警備上の問題もある。
 何より、俺の気分的な障りが大きい。

「なるほど!では詳しいお話は晩餐の席で。準備が出来次第、迎えを寄越しますので、それまでは、ゆるりとお休みください」

 人が好さそうに見える、もしくは見せている大公殿下は、何度も頷きながら離宮を去って行った。

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