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千年王国
袋の謎
しおりを挟むキャーーーーッ!!
階下から侍従と下男の悲鳴が響き、マークさんは剣を掴み、扉から飛び出しました。
「何事だ?! 敵襲か?!」
恋に悩んでは居ても、流石は第二騎士団副団長。素晴らしい反応だわ。だけど、今の帝国内で敵襲なんて有るのかしら?
無いない。無いって。
「お下がりください!」
何があったのか気になって、外に出ようとしたら、叱られちゃった。
そこへアタフタとイワンさんが駆けて来ました。
そんなに走ったらまた腰が。
「グアッ!!」
「大変!!」
あ~~~。
もう。見事に転んだわね。
だから言わんこっちゃない。
子供の運動会で転げるお父さんみたいよ?
変な捻り方をしたのか。腰を押さえて、イワンさんは床の絨毯に蹲ってしまいました。
「イワンさん大丈夫?!」
「ウガガガガ・・・」
「大丈夫じゃないのね。直ぐに治癒を掛けるからじっとして」
「グググ・・・。すみません」
「気にしないで。慌ててどうしたの?」
「ハッ!! それが閣下が! アガッ!!」
顔を上げようとして、またビキってしちゃったのね?
「ほらジッとしてないと、何時までも治らないわよ?」
「ウググ・・・」
「それで。アレクがどうかしたの? それに悲鳴も聞こえて来たけど?」
「閣下が・・・閣下とエーグル様が・・・お戻りです」
「アレクが帰って来たの?」
「イスも?」
「はい。ですが・・・」
??
アレクに何があったのかしら?
「はい、終わり! どう? 立てそう?」
「ありがとうございます。痛みも違和感も御座いません」
「よかった。それで二人は今どこに居るの? 前みたいに使用人用の食堂?」
「いえ。玄関ホールに突然・・・しかし閣下と」
そこで耳聡いマークさんが、バッと階段の方を振り向き、つられて私も同じ方を向くと、そこには・・・・。
汗と泥とどす黒い返り血で、ドロドロのアレクさんが、ダンダンオレンジの入った袋を抱え。同じくドロドロのエーグル卿は、またまたデロデロに汚れたロロシュさんを、小脇に抱えてこちらに近付いて来ます。
ローガンさんを始めとする侍従の皆さんが、少し後ろを恐る恐る着いて来ているのが見えました。
「なっ?! どっ!! どどっどうしたの?!」
綺麗好きなアレクさんが、ドロドロ、ボロボロって、何事?!
生活魔法で、汚れを綺麗にする余裕もなかった訳?
どんな怪獣と戦ってきたらこうなるの?
「ロロシュ?! そんな・・・まさか?」
エーグル卿に小脇に抱えられたロロシュさんは、青白い顔をして、ぐったりしたまま、ピクリとも動きません。
動揺したマークさんは、ロロシュさんの頬を両手で挟み、涙目になって居ます。
「落ち着けマーク。ロロシュは死んでないから」
「なら、何でこんなに冷たいのですか?!」
「本当に生きているから。ロロシュは寒さで動けなくなっただけだ」
「・・・生きてる?」
「生きている、生きてる。微かだが息もしてるだろ?」
「あぁ、本当だ・・・生きてる・・・良かった」
ホッとしたマークさんは、床にへたり込んでしまいました。
「話しは後。誰かロロシュさんを、マークさん達の隣の部屋に連れて行ってあげて。マークさん。ロロシュさんも、お風呂で温まったら目を覚ますのじゃないかしら」
「あ、そうですね」
「お風呂のついでに、怪我をして居ないかよく確かめて。こんなに汚れていると感染症が怖いから、小さな傷でも直ぐに教えてね」
「はい。了解しました」
侍従さん達に抱えられ、部屋に連れて行かれるロロシュさんは、何と言うか、糸の切れたマリオネットみたい。
まったく、どこで何をして来たのやら。
「エーグル卿、あなたもよ」
「自分もですか?」
「そんな汚い格好でうろうろしていたら、アーチャー伯がビックリしちゃうわ。それにマークさん一人でロロシュさんを、お風呂に入れるのは大変だと思うけど」
「でも、二人の邪魔をするのは・・・」
「あの状態で邪魔も何も無いでしょう? マークさんはずっとあなたの事を心配していたのよ? 手伝ってあげたら、喜ぶと思うけど?」
そう言うと、エーグル卿は破顔して、マークさんの後を追って行ったけど、靴の汚れを落としてからにして貰いたかった。
折角みんなが一生懸命お掃除してくれた、綺麗な絨毯に泥の足跡が。
コッテコテの日本人な私は、家の中を土足で歩き回るって言うのは、どうしても馴染めない。いまだに靴を脱げって言いたくなっちゃう。
「・・・ところでアレクさん。洗浄魔法も掛けないで、何時までそんな所で突っ立っている積りですか?」
「え? あ、いや。すまん」
アレクさんが慌てて洗浄魔法を掛けたから、見た目は綺麗になったけれど。
服はボロボロのまま。
一体どこで何をして来たら、こんなにボロボロになるのかしら?
「怪我はしていない?」
「うん。あれは魔物の返り血だ」
うん?
うんだって。
ちょっと可愛い。
「魔物? まさか、洞窟でドラゴン退治なんて言わないわよね?」
「まあ。似たようなものだな」
うむむむ。
この後の及んで、まだ口を割らない気ね?
まあいいわ。
アレクさんとエーグル卿は、ロロシュさんに気を使っているみたいだけど。
ロロシュさん本人が、ポロっとしゃべっちゃいそうな気がするから、今は何も聞かないでおきましょう。
「お腹すいてない?」
「そう言えば腹が減ったな。今日は朝から何も食ってなかった」
ご飯も食べられないって、本当に何をして来たのかな?
「それじゃあ、アレクさんもお風呂に入って着替えてね。私はその間にご飯の用意をしておくから」
厨房に行こうとする私を、アレクさんは優しく腕を掴んで引き留めました。
「なあに?」
「あの・・これ。土産だ」
とアレクさんは、ダンダンオレンジの入った袋を押し付けてきました。
「良い香り。どうもありがとう」
「・・・風呂に入って来る」
「は~い。よく温まってね」
「うむ」
お土産一つ渡すのに、なんであんなに照れ臭そうにするのかしら。
メチャクチャ可愛い。
こんな可愛い顔をされたら、なんでも許しちゃう。
ほんと、イケメンって狡いわ。
・・・だけど、3人ともあんなにボロボロだったのに、オレンジの入った袋は綺麗なままね。
まさかあの格好で、オレンジを買いに行ったの?
いや~。流石にそれは無い・・・よね。
あの格好で買い物に来られたら、速攻通報されちゃうレベルよ?
厨房に付いて来ようとするアレクさんに、お風呂に入るまで抱っこは駄目。とお尻を叩いた後は、みんなのご飯の用意です。
料理長にも手伝って貰って、あれこれ用意はしてみたけれど。マークさん達は、ロロシュさんに無理はさせられないと言って、お部屋で食事をするそうです。という事で、私達も自分のお部屋で、食事を摂る事になったのだけど・・・。
「もう、お腹いっぱい」
「・・・・もう良いのか? なら土産のダンダンオレンジを」
いそいそとオレンジを切ろうとして居るけれど、ダンダンオレンジは、向こうのオレンジよりも二回りは大っきい。これ以上食べたら、鼻からオレンジが出ちゃうわ。
「私より、アレクの方がお腹空いてるでしょ? ほら、あ~んして?」
「・・・う、うむ」
たまに面倒臭くなって、一人で卵かけご飯をかっ込みたくなる事も有るけど、こうして居ると落ち着くのは、色々とアレクに躾けられちゃったからかしら?
アレクさんの事をうんと甘やかして、あれこれ聞き出そうとしてみたけど、彼は普段は口数が多い方じゃないし、一度話さないって決めたら、貝みたいに口を閉ざしちゃう。
お出掛けの目的も、何処で、なんの為に、何をして来たのかも、教えてくれませんでした。
だけど、言葉少なに語ってくれた事を繋げていくと、どうやら3人は、シエルの故郷、南の辺境とタランに行っていたみたい。
って事は、パールパイソンの郷の事とかで、ロロシュさんに協力してきたって事だと思う。
それならそれで、話してくれても良さそうだけど。ここまで頑なに口を閉ざしているなら、何も聞かないでおいた方が良いのかも知れないな。
それに今日のアレクさんは、可愛い事ばかりするから、なんでも許してあげたくなっちゃう。
「ロロシュさん、全く動けなかったけど、雪の中に埋まっちゃったの?」
「途中までは元気だったのだが、レンのベストが斬られてな。体温調整が上手くいかなくなった。いきなり倒れたから、最初は死んだかと思った」
「マークさんが取り乱すのも無理ないと思う。私もぱっと見、死人に見えたもん」
「どうして良いか分からなくてな? 用を済ませた後、大慌てで連れ帰ってきたのだ」
「なるほど」
だからドロドロだったのね。
そこは納得だけど、オレンジの袋だけが綺麗だったのは、やっぱり謎だわ。
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