649 / 765
千年王国
見栄っ張りな閣下
しおりを挟むマークとロロシュに祝いの品を渡してから4日目。
腹の子との魔力の奪い合いが落ち着いたロロシュは、妊夫特有の体のだるさが残ったものの、どうにか日常生活を送れるまでに回復していた。
これにより、過剰な魔力の譲渡から解放されたマークも、幾分顔の色艶も良くなった様子だった。
「二人とも、元気になってよかった」
「これも全て、レン様のお陰です」
「そんな、私は何もしてないよ?」
「毎日たくさんの料理を運んでくださったじゃありませんか。レン様の作って下さった料理のお陰で、私達も力を蓄える事が出来、親子共々苦しい状況を乗り越える事が出来たのです」
「なんたって、ちびっ子の飯は美味いからな。ここの飯も美味い方だが、ちびっ子の飯と比べると、やっぱ雑つーか、物足りねぇ感じなんだわ」
「そう言ってくれると作った甲斐があるわね。でもまだダルさは有るんでしょ?」
「そりゃぁ、腹で子の核を育ててんだ。仕方ねぇだろ?」
「そうねぇ。向こうでも妊娠すると、やけに眠くなるって聞いたことが有るし、仕方ないのかもね」
「しかしなんだ。いくらダルくても、核が育ってる証拠だからな。4カ月くらい大した事でもねぇよ」
ほう?
ロロシュにしては、まともな発言だ。
親になるという事は、色々と変化が起きるものなのだな。
「4カ月かぁ・・・」
「待ち遠しいか?」
「うん。私は赤ちゃんが繭になるって言うのが、ちょっと想像できないのだけど。クオンが卵だった時みたいなのかな?」
「少し違う気がするが?」
「そう? じゃあやっぱり、よく分からないな」
「あっちの出産と、そんなに違うのか?」
「うん。向こうではお腹のなかで赤ちゃんそのものを育てて、10カ月くらいで赤ちゃんを産むのよ」
「え゙っ?! 腹の中で人の形で大きくなるのか?」
「そうだけど? 大体3キロ・・・3ライくらいの大きさまで、お腹の中で育てて出産する感じ」
「さっ3ライ?! でかすぎねぇか?」
「普通だと思うけど? でも昔から出産は命がけだし、物凄く痛いんだって」
「どっから出すのか知らねぇけどよ。そんなデカいもの産むんじゃ、痛ぇだろうし命がけにもなるわな」
「向こうの男の人は出産は出来ないから、痛さを伝える時に、鼻の穴からスイカ・・・ウォーリンを捻り出すみたいな痛さって、表現したりするのよ?」
「鼻からウォーリン?!」
それは初耳だ。
3ライもの大きさだと、確かにウォーリンと同じくらいの大きさだろうが、あれは一抱えもあるのだ。
それを鼻から?
激痛では済まんだろう?
やはり異界の出産は恐ろしいな。
「レン様は、大丈夫なのですか?」
「なにが?」
「いえ。その・・・」
良い淀むマークに、レンは何かを察した様子で笑い出した。
「あはは! 大丈夫よ。アウラ様がヴィース仕様に体を作り替えてくれてるから、ロロシュさんと同じになると思うわよ?」
「なら良いけどよ。しっかし3ライねぇ」
ロロシュはレンの腹をまじまじと見つめている。
その不躾な視線にイラっとした。
「それより、教えて欲しいのだけど。向こうではお腹の中で赤ちゃんが育つでしょ? そうすると胎動って言って、妊娠後期になると、お腹の中で赤ちゃんが動くのが分かるようになるのだけど、核だけだとそういうのは無いの?」
「腹の中で動くだぁ~~??? キッショ! なんだそれ、おっかねぇ?!」
さも恐ろし気に、両腕で自分の体を抱いて慄いて見せるロロシュだが、そういうのは、レンがやるから可愛らしいのであって、草臥れたオッサンがやっても腹が立つだけだ。
「キッショって何よ!! ほんっっと! 失礼ねっ!!」
いいぞ!
ロロシュは大分調子に乗っているからな。
もっと怒ってやれ。
「レン様落ち着いて。ロロシュも口の利き方に気を付けないと、閣下に窓から放り出されますよ」
その通り。
腹に子がいなければ、とっくに放り出している。
「う・・・悪かったよ。閣下もそんな怖い顔すんなよ」
「ふん」
「もう! ロロシュさんになんて、聞かなきゃよかった!」
まあまあ、と執り成すマークも苦笑いだ。
ロロシュの言い草には腹が立つが、こういう気の置けない話ができるのも、ロロシュならではなのだよな。
「まだ妊娠初期ですし、ロロシュも変化は感じにくいと思います。母の話しだと、核の状態でも子供は寝たり起きたりしているみたいで、起きている時は、魔力の揺らぎが活発になるそうですよ?」
「へぇ~~。そうなんだぁ。じゃあ、繭の中では動いたりする?」
「確かマシューの時は、繭の中でぐるぐる動き回って居ましたね。ただ体が大きく育って繭から出て来る直前には、じっとしていることが多かったように思います」
「そこは、向こうの赤ちゃんと変わらないのね」
納得した様子のレンは、ロロシュに対する憤りはどこへ行ったのか、早く二人の子供に会いたいと、ニコニコ顔だった。
それから一週間ほどで、治癒師と産爺から旅の許しが出た二人は、皇都へと帰って行った。
旅程は短い方が良いのだろうが、ポータルを利用する事で、腹の子へ悪影響が出ないようにと考えた2人は、物見遊山方々、ゆっくりと皇都へ戻るのだそうだ。
そんな二人にレンは、日持ちのする焼き菓子を山ほど持たせ、遠ざかる馬車に千切れんばかりに手を振り、送り出したのだ。
「マークさん大丈夫かしら」
「ん? 親バカ全開で幸せそうに見えたが、何かあったのか?」
「何も無かったよ?」
「んん? ならいいじゃないか」
ロロシュと揉める事も無く、二人仲良く子を育てているのなら、いい事だと思うが?
「何も無さすぎだと思うの。あの、ロロシュさん相手によ? マークさんが我慢しているのじゃ無きゃいいけど」
「我慢しているようには見えなかったぞ?」
「・・・・」
何故そんなジトッとした目で見て来るのだ?
俺は何か間違えたのか?
「アレクって、偶にほんと~~に、鈍チンになることが有るのよね」
にぶチン?
随分な言われようだな?
「俺の姫は、何がお気に召さなかったのかな?」
「お気に召さなかった訳じゃないけど、ロロシュさんは子供が出来たら、マークさんの元を離れて、影に潜っちゃうのよ? 新婚旅行の最中だったのに、こんなに早く子供が出来ちゃったら、別れの日が直ぐに来ちゃうじゃない」
「言われてみれば」
「子供が出来た喜びと、番と離れ離れになってしまう事の間で。マークさんは複雑な気持ちを抱えているはずよね?」
「・・・うむ」
「でも、私達の前でマークさんは、そんな素振りすら見せなかった。それって、かなり無理していると思わない?」
無理は・・・しているのだろう。
だが、俺達が出来る事は多くない。
「薄情なようだが、マークが選んだ事だ。そして何か問題が起こっても、ロロシュとエーグルの3人で解決しなければならん」
「でも・・・」
「あの3人は家族になるのだ。互いを思いやり、子供を守り育てる。その過程で様々な困難があるかも知れんが、それは家族が手を取り合い、乗り越えていくべきものだ。そして、あの3人は困難と向き合う事で、家族としての絆が深まっていくのではないか、と俺は思う」
「ロロシュさんでも?」
「ロロシュは一般的な親にも伴侶にもなれんが、エーグルが上手く補っていくと思うぞ? それに、助けるな、とは言っていない。あの3人が助けを求め、頼って来たら、その時は出来るだけの事を、してやれば良いのではないか?」
俺の話しを真剣な顔で聞いていたレンは、暫く考え込んだ後、にぱっと明るい笑顔を俺に向けてくれた。
「うん。アレクの言う通りね。賢くて頼りになる旦那様を持てて、私は幸せものね」
手放しで褒めてくれるのは嬉しい。
だが実の処、番との時間を邪魔されたくなくて、適当にそれらしいことを並べ立てただけなのだ。
この事は、レンには秘密にしなければ成らん。
こうやって、番の前で格好つける度に、話せない秘密が増えて行く。
番にはいつでも、格好の良い雄だと思われたい。俺も大概な見栄っ張りなのだ。
104
あなたにおすすめの小説
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる