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千年王国
旅は道連れ
しおりを挟む「それで、この後はどうしたい?」
「そうねぇ。やっぱり予定通りに、マイオールに行くのが良いと思う」
「伯爵領に行ったら、仕事があるがいいのか?」
「そうなんだけど。ほったらかしは良くないって、大公領で思い知ったから」
「まあ、そうだな」
仕事より俺はレンとイチャイチャしていたい。
そして思う存分マーキングがしたい!
とは言えないのだ。
何故なら俺は、見栄っ張りだからな。
「それに、伯父様も侯爵領をずっとお留守にしているでしょ? 侯爵領の人達は結束が固くて、信頼できる人達ばかりだけど、様子を見に行くくらいはした方が良くない?」
「・・・うむ」
「アレクが嫌だって言うなら、他の場所でもいいけど、何時かは行かなくちゃいけないし、夏の間に行った方が色々見て回れるでしょ? それに私達の所為で、伯父様はお家に帰れないのだし」
そこまで言われたら、我儘を通す訳にはいかん。
「ディータは良いのか?」
最後の悪足搔きも ”あの2人なら大丈夫だと思いますよ?” と一蹴されてしまった。
「この数日、二人の様子を観察していたのだけれど。ラッセルさんは、ディータを直ぐに散ってしまう花の様に、大事にしているでしょ? どっかの誰かとは違って、ラッセルさんがディータを傷つけることは無いって分かるもの」
「求愛期の獣人の雄としては、普通なのだが?」
「そうね。でも、今までの私の周りの人達と比べたら、なんて言うか、恋愛の王道って感じって言うのかな。落ち着いて見て居られるし、巧く行った後の心配は・・・その・・・色々あるけれど、ラッセルさんは良い人だし、ディータも頭の良い子だから」
ロロシュ然り、セルゲイ然りか。
ロロシュに比べたら、セルゲイの方が恋愛面では真面だが、元が戦闘狂だ。
それにシエルもアーべライン侯爵家の今後を考えると、慎重にならざるを得ない。
まあ、タランとの国境を護る戦闘力としてだけなら、セルゲイ以上の適任者は居ないだが・・・。
今の所タランは大人しくしているが、息子二人が口を揃えて強欲だと言うタランの王が、何時までもじっとしているとも思えん。
あの2人には、さっさと収まるべきところへ収まって欲しいものだ。
そして二日後。
俺達はマイオールへ向け出発する事にした。
今回も何故か伯爵に、行かないでくれと泣いて縋られた。
これには俺とレンも、困惑と言うかドン引きだったが。意気消沈の見本のような伯爵が、イアンとディータの2人から冷たくあしらわれる姿に、ほんの少しだが同情を感じた事は確かだ。
別れを惜しみ滂沱の涙を流す伯爵と、にこやかな笑みを浮かべつつ、伴侶の尻を抓るイアン。そして手紙を書くと笑顔を浮かべるディータと、その後ろに番犬よろしく控えたラッセルに見送られ、俺達はアメリア領を後にした。
皇都と比べれば、マイオール迄の道のりはアメリアの方が近い。
それでも北へ向かう道のりは険しい峠道が続き、ブルーベルの息もあがりがちだ。
ブルーベルを心配するレンは ”アンを連れて来ればよかった” と零していたが、それでは俺が番とくっ付いて居られなくなってしまう。
腕の中に番を囲い、芳しい髪の香りを嗅ぎながら、エンラの背に揺られての移動は、俺の気に入りの時間なのだ。
ブルーベルには悪いが、主の幸福の為に協力して貰いたい。
アメリアとマイオールを繋ぐ道は、街道と呼ぶには幅も狭く、馬車が行違うのがやっとの広さだ。
その為大規模な商隊は、広く安全な迂回路を利用する。
しかし厳しい峠道にも集落は点在し、そこでの商いを目的とした、行商人も少なくはない。
当然集落の住人は、この狭く険しい峠道を使う他ないのだが。軍馬として鍛えられたブルーベルの息が上がるほどの険しい道を、苦にする様子もなく、黙々と進んで行く彼等の忍耐強さには、目を見張るものがある。
しかしこの様な田舎道を利用する者達は、護衛を雇えない貧しいものが多い。
暗黙の了解で、護衛が同行している行商人の周りに、自然と旅人が集まり。一塊になって、盗賊や魔物の襲撃に備えるのが常だ。
という事は、鍛えられたエンラに乗り、剣と刀を帯びた俺とレンの周りに、旅人たちが集まって来る事になる。
俺とレンの正体に気が付いて居ないらしい彼等は、朗らかに話しかけて来ては、旅暮らしの体験談や訪れた街々の噂話などを、面白おかしく語ってはレンを笑わせている。
そしていつもの事なのだが、俺とレンが番同士なのだと知ると、大柄な俺と小柄なレンを見比べ、気の毒そうな視線をレンへと向けるのだ。
その様子にレンは気付くと、気にするなと言う様に、俺へ優しく接してくれる。
正直な感想を言うなら、俺は全然面白くない。
行商人や、その護衛に雇われた傭兵たちの語る話しの内容は、それなりに興味深い。
だが彼等がレンに向ける視線や、俺以外の雄が、番を楽しませていることの全てが気に入らない。
だからと言って非戦闘員の方が多い彼等を、危険な道のりで追い散らす事も出来ず。
狭量な俺の中に、鬱憤が溜まる一方だった。
それでも騎士としての矜持と、番の前で見栄を張りたい俺は、邪魔臭い彼等を、鷹揚に受け入れた振りを続けるほかないのだ。
己の嫉妬深さにうんざりしながら、レンに教えられた ”旅は道連れ世は情け” という異界の言葉を守り、街道を進むこと6日目にして、ようやく峠の終わりが見えて来た。
「ここを下ったら、平原に出られるの?」
「丁度谷間に見えている場所が出口だよ」
「ふ~ん。緑の中に赤とか紫に見えているのは何?」
「あれか? 北部は土地がやせていて、穀物の栽培に向いていない土地が多いんだ。その代わりに香料になる花を育てる農家が多くてさ。あれもそうなんだよ」
「へぇ~。北海道のラベンダー畑みたいな感じかな?」
「え? ほっかい?」
「何でもない。教えてくれてありがとう」
「いやいや。モクレンさんと話すのは楽しいから、なんてことないよ」
番である俺の前で、よくもいけしゃあしゃあと。
この小僧、最初からレンに馴れ馴れしかったが、どうしてくれようか。
「アークさんとモクレンさんのお陰で、今回の峠越えは楽しかったし、安心して居られて、俺達も大助かりだった。最近は魔物が減って来てるみたいだけど、その分盗賊とかが増えてるらしくてさ。この街道にも盗賊が出るって噂だったから、警戒してたんだけど。何事もなく済みそうで良かったよ」
アークとモクレンと言うのは、今回の旅に出る時に、正体がバレないよう二人で決めた偽名だ。
ゼクトバの宿も、この偽名で予約していたのだが、あっさりバレてしまったから、あの街では使う暇もなかった。
しかし、魔物の被害が減って来た途端、盗賊とはな・・・。
魔物の被害で食い詰めた連中なのか、若しくはここ最近、取り潰されたり没落した貴族家門が幾つかあったから、そこに仕えていた連中が、身を持ち崩したか。
後者であった場合、ウィリアム、俺、アーノルドが手を廻した家門がいくつもあった。
それに今は、この辺りを管轄する第4と、伯父のシルベスター侯爵家の騎士達の半数が、ゴトフリー・・・エストに出張っているから、治安維持が手薄になって居るのかも知れん。
そう考えると、盗賊が増えた責任は俺にある。
そんな事を考えながら峠を下っていると、自分達は盗賊です!
と自己主張の塊の様な連中が、叫び声を上げながら、前方の崖を駆け下って来るのが見えた。
臨戦態勢に入り、同行していた行商人と他の旅人達の周囲に結界を張ってやった。
「結界から出るな!!」
「でもアークさん!」
「あの人数じゃ逃げた方が!!」
コイツ等は傭兵のくせに、何を馬鹿な事を言っているのか。
こんな狭い街道で、何処に逃げると言うのか。
「問題ない!ジッとして居ろ!!」
逃げ腰な傭兵など、邪魔になるだけだ。
俺とレンは身構えたが、どうにも盗賊たちの様子がおかしい。
盗賊たちは、得物である俺達ではなく、崖の上に気を取られながら、峠道の出口の方へ逃げて行ったのだ。
「崖の上に何か居るみたい」
「足音が近付いて来る。魔物だな」
俺の宣言とほぼ同時に、崖の上に姿を現したのは、グレーオーガが率いるオークの群れだった。
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