獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

こむぎダック

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千年王国

シーパス

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 side・レン



「あの大きな木の向こう側?」

「そうだ。そろそろシーパスも見えて来るのではないか?」

「楽しみ~。どれどれ、何処にいるの・・・か・・・な?」

 ベルちゃんに跨ったままで身を乗り出すと、さりげなくアレクさんが腰に腕を廻して、落ちないように支えてくれます。

 こういう優しい気遣いをサラッとされると、この人はやっぱり皇子様なんだなって、再認識させられます。

 それは、それとして・・・・。

「あれ? あれれ? 私、目がおかしいかも」

 何度か目を擦ってみたけど、見えるものは変わらない。

 これって、背景の影響で錯視が起きているのかしら?

 だってあり得ないと思うのだけど・・・。


「ねぇアレク。なんか遠近感とスケール感がおかしくない?」


「ん? そうか? 普通だろ?」


 いやいやいやいや。
 普通じゃないよ?


「・・・やっぱりおかしいよ? だって・・・」

 身の丈3m。
 体長6.7mもある生き物が、農家の前に立ってこっちを見てるんだよ?

「あれって魔物?」

「魔物? 何を言っている。あれがシーパスだ」

「え゙っ?! うそっ?! あんなに大きいの?」

「嘘を吐いてどうする? シーパスはでかい生き物だぞ?」

「ーーーーーーツ!」

 アレクさんは平然としてるけど。
 おかしいって!
 あんなのが群れで移動するとか?
 街が壊れるって!

 皇宮の図書館で借りた図鑑に載ってたシーパスは、もっとモコモコした羊っぽい毛で、モコモコの毛に顔も隠れちゃってて、目と鼻しか見えてない、全体的に丸々した感じの絵だったのに。

 今目の前に聳え立っているのは、艶々サラサラの毛を風になびかせて、シュッとしたアフガンハウンドみたいな体型に、ギラリと光る牙が生えた猪みたいな顔の、見たこと無い生き物ですが?

 確かに、図鑑も斜め読みで、大きさとかちゃんと見てなかったけど・・・。

 家畜ってもっとこう・・・飼いやすいサイズなんじゃないの?

 こんなの、牛とか馬のサイズをはるかに超えて、ゾウとかキリンより大きいよ?

 ・・・・何がどうしてこうなった?

「うむ。良く育てているな。これなら皇室牧場のシーパスとも遜色ない、最高級品が取れるだろう」

「お褒め頂き光栄です。実はこの牧場は、10年近く前、魔物に襲われ壊滅的な被害に遭い、税を納めるどころか明日をも知れぬ状態した」

「それをここまで建て直されるなんて、大変なご苦労だったでしょう?」

「そうですね。全てを放り出して逃げてしまおうか、と何度も思いました」

 と牧場主さんは、通り過ぎた過去に思いをはせたのか、遠い目をしてシーパスに目を向けました。

「ですが諦めきれず・・・前の領主であられたリリーシュ様に窮状を訴えたのです。しかしリリーシュ様は、領地経営にご興味がないと噂でしたから、正直助けを期待しては居りませんでした。ですがリリーシュ様は予想に反し、私どもをお助け下さった」

「母が?」

「はい。リリーシュ様は皇室牧場から、番のシ-パスを送って下さったのです。 ”2年間番のシーパスを貸してやるから、取れた毛を売って生計をたてなおす様に、その間産まれた子は其方達が所有する事を許す” と仰られました。そして、シーパスだけでなく、家畜とは言え、皇室から貸し出された生き物なのだから、安全と健康を守るのは自分の義務だと仰られ、皇室牧場の管理者と護衛まで送って下ったのです」

「あの母上がか?」

「立派な方で御座いましたよ? お陰様で、私は管理者の方から、高級毛を取る方法を一から学ぶことが出来ましたし。シーパスの数も順調に増え、こうして大公閣下にお褒め頂けるまでに成長できたのです。それもこれも、一重に御母君のリリーシュ様のおかげなのです」

 そうね。
 リリーシュ様は、根はお優しい方だった。

 何の問題も無く、マシュー様と添い遂げる事が出来たなら、良い領主と成れたのだと思う。


 牧場主さんのお話は、とっても感動的な良いお話なのに、全然身が入らない。

 何故なら、でっかいシーパスが、私の横に伏せ状態で、こっちをガン見しているから。

 さっきからなんなの?
 このシーバス、ずっと私のにおいを嗅いでるけど?

 鼻息が荒すぎて、髪の毛が・・・。

「え? ヤダッ! ちょっとやめて!!」

 しっとりを通り越して、べっちょりした鼻を押し付けて来るとか。

 何考えてるの?!
 アーッ!!
 もう!! アレクがセットしてくれた髪が!!


「ワハハハッ! 随分懐かれましたね」


 笑ってる場合?
 視界がねちょねちょピンクで 一杯だけど?

「どっどうにかして」

「いやー。シーパスは飼い主以外には中々懐かんものなのです。それが初めてお会いした愛し子様にこんなに懐くとは、流石ですなぁ」

「アレク~」

 助けて・・・くれそうもないわね。
 めちゃくちゃニコニコしてる。
 何でそんなに楽しそうなの?

「シーパスは大人しくて賢いが、警戒心が強い生き物だ。それがここまで懐くなど、滅多にあるものでは無い。この様子なら触っても大丈夫そうだ。さあ、好きなだけ触ってみなさい」

「あ・・・うん」

 モフリたいと言ったのは私だけど。
 まさかこんなに大っきいなんて思ってなかった。

 まるで毛の生えた壁。
 これじゃぁ、何処を触っても同じな気がするわ。

 でも・・・・大っきいだけで、もふもふに罪は無いものね。

 つぶらって言うには、大きすぎる瞳も愛嬌があって可愛い。

 ・・・気がしなくもないわ。

 家畜にしては大きすぎるけど、クレイオス様よりは小さいし。

 ここは一発、女は度胸!

「えいッ!!」

 モフン?

「え? やだ、なにこれ?!」

 めちゃくちゃ気持ちいい!?
 サラサラなのにふわっふわ!!
 獣臭も全然しない。

「お日様の良い匂いがする~~」

「気に入ったか?」

「すっごく気持ちいい! アレクもやってみて? 最高級抱き枕って感じがするよ! 」

「う? うむ・・・・」

 おぉ。

 アレクさんが抱き着いてもびくともしない。
 って言うか、アレクさんが毛に埋まっちゃってる。

「あはは。たのし~!!」

 シーパスの毛は絨毯に加工される事が多いって言ってたけど、この触感を無くしちゃうのは惜しい気がするなぁ。

 この毛先のフワフワ感とか最高っ!
 毛足の長いラグに出来ないかしら。
 毛皮を取っちゃうのは可哀そう。

 でも、食べちゃうのよね?

 一頭で潰したら、一冬越すのも楽勝な大きさだけど・・・。
 一頭で何人分の外套が作れるのかしら?


 ブフォ!

 ん?

 ブーーーッ!
 ブフォーーー!

「きゃあ!」

 急にシーパスが立ち上がり、機敏に手を離したアレクさんは、地面にシタッとかっこよく着地して、毛に掴まって宙づり状態の私を見上げています。

「レン! 手を離せっ! 歩き出すぞ!!」

「はっ!はいぃ~~!」

 慌てて手を離し、落下する私をアレクさんが、がっちりキャッチしてくれました。

「びっビックリしたぁ」

 悪いこと考えてたのがバレちゃった? 

「大丈夫ですか!?」

「お怪我は御座いませんか?!」

 視察に着いて来てくれた、ローガンさんとセルジュが、真っ青な顔で駆け寄ってきました。

 遠征の間、もっと高い所から、何度も落ちているなんて言ったら、2人は気絶しちゃうかも。

「大丈夫。ちょっと驚いただけ。でも。急にどうしたのかしら? 」

 私を危険な目に合わせた責任を、牧場主に問おうとする二人を、まあまあと宥めていると、当の牧場主さんが、それはもう見事なスライディング土下座で謝ってきました。

「もっも申し訳ございません! 今日は大丈夫だと思ってたんですが!」

「そんな。頭を上げて下さい。私はなんともありませんから。ねっ? アレク?」


 って・・・。
 あっちゃぁ~。

 目が座っちゃって、こっちも怒ってる~?

 思わず額をピシャリと叩いた私なのでした。
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