獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

こむぎダック

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千年王国

ラシルの要塞

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 side・レン


「ほぇ~! まるで要塞みたい。ここがそうなの?」

「ああ、此処が皇家専用のラシルの木を管理している果樹園だ」

「果樹園にしては、物々しいね」

 目の前に聳えて居るのは、ウジュカの外郭と同じくらい、高くて頑丈な壁。

 その頑丈な壁が、首を左右に巡らせた視界いっぱいに聳え立っています。

「ふむ・・・。確かに要塞と言ってもいいのかもしれん」

 左手で顎を摘んだアレクさんは、目の前の壁を見上げています。

「なんで?」

「1000年近く前の話なのだが、ラシルの木を管理するのは、我々の役目だ。と騒いだ大司教が居てな。ラシルの木は命を繋いで行く聖なる樹木だ。我々に命を与えたアウラ神に仕える神殿にこそ、聖なる樹木を管理する責任と権利があるってな?」

「胡散臭い話ですね」

「だろ? ラシルの木は別名が街木と言って、その頃までは街々の広場に必ず1本から多くて10本は生えていた。ラシルの木は水辺を好む木だ。街の中に木が生えていると言うより、ラシルの木が生えている水場の周りに、人が集まり街に発展した。と言った方が正しい。それを神官たちが、勝手に神殿に植え替えてしまったのだ」

「警備隊の人達は、黙って見ていたの?」

「いや。当時の警備隊と騎士団も、止めようとはしたらしい。しかし、相手は丸腰のしかも神官だ。それに1000年も前だと、ここはまだ王国で、アウラ神からの神託も神殿に降りていた。今よりも神殿の勢力は強かったし、人心を掌握するために、王家も神殿の力が必要だった。何より神託を盾にした神官を、武力で制圧することに躊躇いがあった。結局王国全土の。街や村の広場に生えていたラシルの木の殆どが、神殿に奪われてしまった」

「神官なのに乱暴ね」

「神官だから、だと俺は思う。信仰とは時に狂気と紙一重だからな」

「そうね。向こうでも信仰が原因の戦争って、とっても多かった。でもアウラ様が、そんな神託を授けるとは思えないけど」

「神託は降りていなかったと俺は思う。神の声を聴ける人間は、昔から少なかった。神と普通に会話をしたり、神に直接会ったりできたのは、レンと同じ愛し子だけだ。そうなると神託の真偽など、確認しようがないからな。言ったもん勝ちだったのではないか?」

「罰当たりな」

「実際、罰は当たったようでな」

「え? アウラ様が天変地異とか起こしたの?」

「其処まで酷くはない。いや、捉え方によっては、もっと酷かったかもしれん」

「何があったの?」

「神殿に植え替えたラシルの木が、実を付けなくなった」

「それ本で読んだことある。理由は詳しく書いてなかったけど、大変な事があったんだなって」

「ああ、大事だ。帝国から産声が消えてしまったのだからな。最初の数年は不作になる事もあるだろう。と様子を見ていても、1年が2年になり、5年10年と続けば、子が生まれぬ国など、滅亡が目に見えている」

「確か、10何年か実が生らなかったのよね? 私が読んだ本には、原因不明ってあったけど」

「正確には12年だ」

「12年、干支が一回り。一世代がまるっと抜けちゃったのね?」

「えと?」

「干支は私の国の、暦の数え方の一種なの」

「異界は暦まで種類があるのか?」

 まあ、驚くわよね。

 ヴィースの暦は、世界共通らしいから。

「レンが読んだ本に理由が書いていないのは、神殿の犯した罪や不利になることの記録は、大概一般の記録に残されてこなかったからだ」

「隠蔽ね。じゃあ、アレクが詳しく知っているのは、皇族だから?」

「まあ、そういう事になるな。俺達が受けた歴史授業は、一般的なものとは少し違うからな。レンも興味があるなら、禁書庫の歴史書を読めばいい」

「でも、今は内宮の建て替え中よ? 禁書庫も移動されてるでしょ?」

「あ、そうだった。後でアーノルドに聞いてみるよ」

「うん、お願い。それで果樹園が要塞化したのはどうしてなの?」

「それがだな。ラシルの木の移植は、神殿側が強引に行ったものだった。しかし、王家のラシルの木は、アウラ神の足が触れたことで芽吹いたと伝えられていて、王家の根幹を成すものの一つなのだ。 それもあって王家が管理していた木だけは、王族の系譜を守る為に、断固として手を付けさせなかった」

「それはそうよね。お世継ぎを産むためにラシルの実を下さいって、神殿に頼むのも変な話しよね。難癖付けられて、お世継ぎが生まれなかったら大変だもの」

「君は察しがいいから、話していても楽だ」

「そう?」

 うふ。
 褒められちゃった。

「ここで問題になったのは、移植された木は実を付けなかったが、王家のラシルの木は実が生った事だ。移植した木に実が生らなくなった事で、周囲から責められた大司教は、その原因は王家がラシルの木を神殿に渡さないからだと主張した。王家が神の恩寵を独り占めにしているからだとな?」

「うわぁ~~。な~に~? その責任転嫁。精神状態を疑っちゃう」

「実際真面ではなかったのだろう。己が正義だと信じる者ほど、過ちを認める事は出来ない。それに今の俺達だから分かる事だが、その大司教は、ヴァラクに踊らされていた可能性が高い」

「あっ! たしかに。子供が生まれなくなったら、国が滅んでもおかしくないものね」

「まあ、ヴァラクと大司教も、ラシルの実が生らなくなると迄は、思っていなかったのではないかと思う。子を出しにして、王国の人間を好きに操ろうと考えていたのではないか?」

「なるほど」

「しかし、環境の変化の影響か天罰か、移植された木は、実を結ばなくなった。切羽詰まった大司教は、王家からラシルの木を奪おうと考えた」

「でも、騎士に守られているし、木を掘り起こして運ぶなんて、簡単に出来ないでしょ?」

「取り上げるだけが、奪う事ではないぞ?」

「・・・まさか、切り倒そうとしたの?」

「切り倒されても根が無事なら、そこから脇芽が生えてくることもある。それに木を切ろうと。斧や鋸を持っていれば、見張りの騎士に直ぐに見咎められてしまうだろ?」

「じゃあ、木を燃やそうとした?」

「ハズレ」

 あら残念。
 でも、頭なでなでしてくれたから、余は満足じゃ。

「大司教は王城に勤めていた侍従を使った。この侍従は熱心な信者だったらしくてな。大司教の言いなりに、毒を撒き、木を枯らそうとした」

「除草剤?」

「ん? それがどう言うものかは分からんが、侍従が撒こうとしたのは、無味無臭だが、ほんの一滴でモークの命を奪えるほどの猛毒だった。勿論植物に対しても毒であることに変わりはない。もしその侍従が騎士に取り押さえられていなければ、その後100年この辺りは、草木の生えぬ不毛の地になっていただろう」

「100年?! そんな怖い毒があるの?!」

「厳密にはあった、だな。その一件以降その毒の主成分に当たる毒草は、流通が禁止され、違反した者には、厳罰が与えられることになった」

「そうなんだ」

「そして、この毒草が自生しているのを発見した場合。最寄りの警備隊か騎士団に報告が義務付けられ、焼却されることになった。この法は今も有効なのだが、他国の事は分からんが、帝国内でこの毒草は、絶滅したと考えられている」

 生態系を壊すのは良くないけど、毒草だもんね。モークは牛によく似た家畜だけど、牛より二回りは大きい。

 それを一滴で死なせちゃう猛毒なんて、世の中に出回っちゃだめよね。

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