氷の華を溶かしたら

こむぎダック

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氷の華を溶かしたら

134話

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 女性らしからぬ夫人の無駄を省いた話しぶりは実に好ましく、シェルビーのような武張った男には大変話しやすい相手だ。

 促されるままシェルビーは裁判が始まる前、裁判所に集まった群衆を見たキャニスがパニックをお越しかけたこと。

 裁判後に現れたオセニア大公ヴェーバーを、煙たがっている様子が見えたこと。

 最近の公爵家の家族に対し、キャニスが距離を取って居るように見えるのは何故か。

 そして最後に馬車での午睡の最中、「父と兄を大嫌いだ」という寝言を漏らしたことを語ったのだった。

「うちの大公は、お世辞にも付き合いやすい相手ではないし、キャニスも商会絡みで色々あったと言っていたから、警戒するのも理解できる。ただあいつに目を付けられると厄介でな? 夫人が知っていることが有ったら教えてほしい」

「そうですわね。ヴェーバー大公については、わたくしもそれなりに存じ上げておりますわ。それよりも今は、わたくしの可愛いキャニスがパニックを起こしかけた、という方が気になりますわね」

「キャニスは控室の窓から外を見ていて、最初はいつも通り冷静な様子だった。しかしな、だんだん顔色が青ざめて震えだしたんだ。あれは多分過去の記憶を思い出したからじゃないかと俺は感じたんだが」

 すると夫人はうるりと瞳を濡らし、痛まし気に瞼を伏せた。

「・・・わたくしの妖精は、今も苦しんでいますのね」

 絹のハンカチを取り出し、目元を抑える夫人の姿に、シェルビーの胸もずきりと痛んだ。

「それで・・・その~・・・キャニスが公爵達と距離を置こうとしていることや、寝言で大嫌いと言ったことも、それに関係があるのかと思ってな? もしそうなら、これまで以上にキャニスへ寄り添ってやらねばならんと思う」

「ええ。ええ。仰るとおりですわ」

 涙を拭う夫人だが、その仕草に一抹のわざとらしさが混じっているようにも見える。

 シェルビーの仮面がギラリと魔灯を反射し、夫人への追及が始まった。

「だがな、キャニスの公爵達への態度を見ていると、それだけではない気がするんだ。それに寝言に出るなんて、相当な負担を感じているからじゃないのか?」

 すると婦人の方がピクリと跳ね、ハンカチで隠した瞳がウロウロと泳ぐのが見えた。

「夫人。何を隠しておられる?」

「それは・・・」

 背けた横顔に向けられた視線は、隻眼とは思えない圧を含んでいた。

「あなた達はキャニスの幸せを願っているのではなかったのか? 公爵とトバイアスがキャニスに負担を強いようとしているのだとしたら、前世で二人の裏切りに苦しめられたキャニスは、あの二人を今後許すことなど無いと思うのだが」

「でも・・・あの子の為に」

 言い淀む姿はシェルビーが知るカラロウカ公爵夫人とは程遠く、後ろめたさが滲み出している。

「何がキャニスのためか決めるのは本人だろう? キャニスが負担を感じるなら、それはただの押し付けだと思うが?」

 すると夫人は握りしめたハンカチを唇の端へ押し付け、長い長い溜め息を吐いた。

「・・・殿下の、仰るとおりですわね。わたくし達は自分たちの理想を、あの子へ押し付けたのですわ」

 すっかり落ち込んだ公爵夫人の姿は実に珍しいものだ。

 だがそれを見たからと、喜ぶ気分にはなれない。

「公爵達は、キャニス何をさせようとしているのです?」

「それが・・・・」

「夫人」

 躊躇いに向けられたシェルビーの声は、逃げることを許さぬ強さが有った。

「・・・夫とトバイアスは・・・あの子を、キャニスをラリスの王にさせる気ですの」

「へ?」

 シェルビーが裏返った頓狂な声を発したとて無理はない。予想の斜め上過ぎる答えに理解が追い付かないのだ。

「え? ちょっと待ってくれ。王? まさか国王ですか? 嘘だろ?」

 狼狽えるシェルビーを見つめ返す夫人の目は、真剣そのものだった。

「・・・マジですか・・・冗談では」

「この顔が冗談に見えて?」

「・・・マジかぁ」

 そっかぁ~。
 キャニスが怒る訳だ。
 ないよなぁ~。
 「やっと公務や政務から解放されて、自分の時間が持てるようになった」って喜んでたもんなぁ。

 そりゃあ怒るって言うより、大激怒だろうなぁ。

 いやぁ。
 公爵達の気持ちは分からないではない。
 可愛いキャニスを至尊の座に付けたい。
 うん。
 俺だって王冠を冠り、王のマントを羽織ったキャニスを見てみたい。って気持ちが疼かないわけじゃない。

 玉座で気だるげに脚を組むキャス。
 跪いてそれを見上げる俺・・・・。
 いい!
 凄く良い!!

 でも、“見てみたい” と ”やらせたい”ってのには天と地ほどの違いがある。

 ましてや自由を夢見ていたキャニスを玉座に座らせる、なんてただの足枷だろ。

 俺よりも間近でキャスが苦労する姿を見てきた二人が、やっとの思いで逃げ出した王宮へ、もう一度キャスを閉じ込めようとしている。

 何をどうしたら、そんな思考に至れるのか俺には理解できない。

 それに王になったら俺との結婚は?
 あの二人、キャニスを独占したくて、俺と結婚させないためにこんな暴挙を考え出したのか?

「殿下。視界が煩いですわよ」

「え?」

「王太子たる者、感情を表に出してはいけませんことよ? しかも次から次へと、余興の練習ですの?」

「あ、いや・・・すまん」

 仮面を付けているから、表情なんて読めないと思っていたが、半顔でも表情は分かるものなんだな。

「まぁ将来のお婿様が、わたくしに心を許してくださってると思えば、嬉しいことでは御座いますけれど?」

「・・・・」

 さっきまでの動揺はどこへ?
 この切り替えの早さと傲慢なほどの余裕、称賛に値する。
 
 ラリスの王がこの方だったら、ルセ家の当主であったなら。

 ルセ王朝は繁栄を極め、キャニスも過去を忘れ、ただ幸せに暮らせて居たのではないだろうか。

「殿下の仰りたいことは、今の百面相で大方察しが付きましたわ」

「え? あ? そっそんなはずは?」

「有りましてよ? でも殿下のお考えは全て外れですわね」

 扇子で口元を隠した半眼でじっと見詰められ、シェルビーは形容し難い恐ろしさを感じた。

「わたくし達は、あの子に面倒事を押し付ける気も、あの子をラリスの王宮に閉じ込める気も御座いませんの」

 全部お見通し?
 俺そんなに分かりやすかったか?

「ふっ夫人は占術に精通しておられるのか?」

 すると夫人はパチパチと瞬き、次に呆れた様子で指先でこめかみを押さえた。

「殿下、社交界で生き残るには、このくらい出来て当然でしてよ?」

「そうなのか?」

 セリーヌには絶対無理だろ。

「わたくし達は、面倒な政務や公務であの子を煩わせるつもりは、これっぽっちも有りませんのよ。ただあの子が美しい権力者として君臨する姿が見たい」

「は?」

 おいおい。
 さっき俺が想像したことを、そのまんまやるつもりか?

「それは・・・キャニスをお飾りの王、傀儡とすると言うことか? そんな事をしたらキャニスが余計に警戒するだろ?」

 やっぱりキャニスを利用する気じゃないか。

「そんなに怖い顔をなさらなくてもよくってよ。お飾りで良いのですわ。面倒なことはわたくし達が全て引き受けます。あの子が10年もの間、我慢してきた事やりたかった事を、気兼ねなく出来るようにしてあげたかっただけですのよ」

「いや。普通に考えて、王になったら好き勝手なことなんて出来なくなるだろ? 父上だって下手の横好きだが、趣味の釣りが出来るのなんて、年に数回あれば良い方なんだぞ?」

「あらまあ。お可哀想に」

 全然可哀想に思って無いことくらい俺にも分かるぞ?

「兎に角、あの子がラリスの心配をする必要は無いのですわ」

「だからなんでだよ」

「殿下、素に戻ってましてよ?」

「そんな事、今はどうでも良いだろう?」

 身を乗り出して詰め寄る王太子に、公爵夫人は額を押さえ、サワサワとシェルビーの顔へ風を送った。

「朴念仁と言われるだけ有って、本当に察しの悪いこと。宜しいですか? わたくし達はキャニスを玉座に座らせ、ラリスを殿下とキャニスの成婚時の持参金にするつもりでおりましたの」

「そうか持参金か・・・は?・・・はああっ?!」

 カラロウカ、馬鹿なのか?!


     
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