氷の華を溶かしたら

こむぎダック

文字の大きさ
143 / 162
氷の華を溶かしたら

142話

しおりを挟む
 

 事務室に移動したキャニスは、商談用の応接セットに用意された紅茶で喉を潤すと、半年分の帳簿と従業員のリストを持ってくるように命じた。

 その言葉に事務方を任されている者達に緊張が走り、人が良さそうな店長の額に汗が浮かんだ。

「収支報告に間違いが有りましたでしょうか?」

「間違いは無かったよ。でも折角自分の店に来たのだから、商会長らしいこともさせて欲しいな。それに知らない顔が何人か居たみたいだからどんな人達なのか興味があってね」

「左様でございますか」

 あたふたと帳簿を用意する店長達を横目に、キャニスは店から運ばせた宝飾品をじっくりと観察していた。そして用意された帳簿を手にしたキャニスは、菫色の瞳で数字を追い半年分の帳簿を確認すると、今度は従業員のリストに手を伸ばした。

 直立不動で憧れの商会長を事務員が見つめる中、読み終えたリストをテーブルにおいたキャニスはホッと溜め息を吐き、熱い視線を送ってくる事務員へ、手の空いている従業員から順に連れてくるようにと言いつけた。

「不審な点が有りましたか? 皆身元のはっきりした者達ですが」

「今は気にしないで。ただ話しを聞きたいだけだから」

 その言葉通り緊張する従業員達にキャニスは「困っている事は無い?」「職場で改善して欲しい事は?」「お客様の要望で印象に残っている事はない?」「新商品の手応えは?」等々幾つか質問をした後は、いつも頑張ってくれているお礼だと金貨を握らせていた。

 雲の上の存在だった商会長と言葉を交わした上に、予想外の臨時収入に驚きながらもウキウキと嬉しそうに店へ戻って行く従業員達に、店長はホッと胸を撫で下ろして居た。

 正し、新規採用したばかりの売り子と、フロアマネージャーとの面談は少し長かった様に思う。

「お心遣いありがとうございます。彼らも励みになるでしょう」

「頑張った分は還元してあげたいし、喜んでもらえたなら私も嬉しい」

「他所の商会では、キャニス様の様に従業員へ心を砕いたりしません。有難いことで御座います」

「そう? 私には当り前なんだけどね」

 その後事務方との面談に移り、売り子と同じ様な質問を繰り返し、面談が終わった者は、褒美を与え、仕事に戻らせて行った。

 商会長の突然の来訪に緊張して居た彼らも、キャニスの穏やかな対応が功を奏したのか、和やかな雰囲気で気兼ねなく、キャニスの質問に答えられるようになった。

 事務方の面談開始から暫くすると、護衛の騎士が姿を現し、ヒソヒソとキャニスに何かを耳打ちすると事務室に入ってきたときと同じ様に、折り目正しく頭を下げて事務室から出ていった。

「何か有りましたか?」

「・・・何故。私の許可を得ず人を雇ったの?」

「あの、それは3名ほどが急に辞めてしまいまして、斡旋所からの推薦状も経歴書も申し分無く、面接での印象も良かったので」

「ホールトン。あなたは人柄もいいし仕事熱心で大変真面目だ」

 突然の雇い主からの賛辞にアマテラス、オセニア支店店長ホールトンは照れてしまった。

 しかし。

「ですが商人として、人を見る目は不十分です」

「キャニス様?」

 リストから抜き出した3人分の身元保証書と、推薦状をキャニスはトンと指で叩いた。

「詳しいことは、後日知らせますが、この3人は本日をもって解雇します。補充要員は私が手配しますので、勝手に人を雇わないように」

「え?・・・あ・・・はい」

 キャニスからの強い叱責は無かったが、自分が何か重大なミスを犯したことだけは確かだった。

 そして、明日から店は改装工事に入ると一方的に告げられたホールトンは、理由もわからず放心状態だったが、キャニスから閉店中の従業員の給与だと、革袋から零れそうな金貨を渡され、キャニスを乗せた馬車が走り去っていくのを呆然と見送ったのだった。

 ◇◇◇◇◇◇◇


「それでどうなったんだ?」

「結論から言うと、3人は大公が送り込んだ者達でした。ですが今のところ大公を告発できるほどの証拠は見つけられていません」

「う~ん、そう来たか」

 キャニスが従業員達と面談している間、アントワーヌと騎士達は従業員を監視していた。

 キャニスから裏切り者の内定を命じられていたアントワーヌは、目星を付けていた人物達がキャニスの来訪に動揺し、店の裏手でこっそりと相談している処も隠れて見ていたのだ。

 しかし、3人は慎重だった。
 最後まで大公の名を出すことはなく。
 逃げる算段を初めたところで、3人を捕縛するに至ったのだった。

「3人は口を開きませんし、現状では商品を偽物にすり替え横流ししていた事と、商品の素材を勝手に安価なものに変更し、差額を横抜きしていた横領と、店内にちょっと迷惑な魔石が隠されて居た営業妨害が確認できているだけです」

「迷惑な魔石?」

「簡単に言うと呪いの一種でしょうか。魔石の近くに居ると気分が悪くなるのです」

「姑息だな。でもよく気がついたな」

「魔石の制作者が三流だったからです。殿下も直ぐに気付いたと思います」

「そんなにあからさまだったのか?」

「一応見つけ難い場所に置かれては居ましたが、私や殿下と同じくらいの魔力が有る人間には通用しないでしょう。そう考えると大公は隠す気がなかったのかも知れませんね。それに魔石が置かれた場所のレイアウトが私の指示と異なり、野暮ったくなっていましたので見つけやすかったです」

「野暮ったいねぇ。普段どうやってレイアウトの指示を出しているんだ?」

「本当は私が直接見に行ければ良かったのですが、ラリスに居た頃は中々時間が取れなくて。季節ごとの変更と新商品を売り出す時に、イメージを絵に描いて指示書と一緒に渡すようにしてきました」

「絵に描いたら分かりやすいな」

 他で聞いたことがない手法だが、便利そうだ。

「こちらに来て直ぐに店の様子を見に行った時には、問題は無かったのです。それで安心してしまった私の落ち度です」

「キャスの所為じゃないだろう? ゴタゴタ続きで店を見に行く暇なんて無かったし、これまで問題はなかったんだ。直ぐに気がついてよかったじゃないか」

「そうでしょうか。オーダーメイドのドレスを作成するサロンと、化粧品類の工房を別々に分けて居たので、そちらには被害はありませんでしたが。宝飾品や小物は偽物を作り易かったようで、ブランドの差別化にもっと気を使うべきでした」

「素材を勝手に変えるなんて、簡単にできるものか?」

「ホールトンがフロアマネージャーとして雇った者と事務方の一人が、私の出した指示書を盗み、贋作師に筆跡と封蝋も偽造させていました。工房では私が指示書に使う紙と違うことに違和感を持ったようですが、私の筆跡と酷似していた事と、封蝋が同じだったので特に疑わなかったようです」

「随分腕の良い贋作師だな」

「ええ。宝飾品や小物もこの贋作師の手によるものでした。まともな工房に務めていたら、一角の人物になれたでしょうに」

 と何故かキャニスは贋作師に同情する様子を見せた。

「なんで悪事に手を染めたんだろうな」

「この贋作師が女性だったからです」

「成る程それでか。宝飾品の工房は男の世界だからな」

「ええ。彼女の父親は腕は良かったのですが頑固者で、自身の工房を弟子に与えてしまったのです。その条件として彼女と弟子を結婚させたのですが、父親が急逝してしまうと弟子は彼女を身一つで追い出し、他の女を引き入れたそうで」

 と溜め息を吐くキャニスは淡々と語りながらもその瞳は暗く陰り、裏切られ続けた過去の自分と女贋作師を重ねているようだ。

「ムカつくな」

「本当に腹が立ちます。工房は男の世界だという事もありますが。彼女の腕が良いことを知っていたこの弟子が、商売敵にならないように裏で組合に手を回したそうで、彼女を雇ってくれる工房も無く。自分で工房を開くことも出来なかった。ですが彼女も生きていかねばならない」

「それで贋作師になったと」

「在り来りな話のようですが、彼女にとっては死活問題ですし、他に手に職もなく。流されるまま裏の世界に脚を踏み入れた。私からすれば、元夫に殺されなかっただけで儲けものなのですけど。それでも不憫だと思います」

 やっぱりキャニスは、過去の自分と女贋作師を重ねて見ているんだな。

 この時シェルビーは、夢で見た過去のキャニスの死に様を思い出していた。あの時見た夢は、ただの夢と言うには現実的で、今でもハッキリと思い出すことが出来る。

 もしあの夢が現実だったとしたら。

 そう考えると鉛を飲み込んだように、胸が重くなるシェルビーだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。  仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!  原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!  だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。 「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」  死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?  原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に! 見どころ ・転生 ・主従  ・推しである原作悪役に溺愛される ・前世の経験と知識を活かす ・政治的な駆け引きとバトル要素(少し) ・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程) ・黒猫もふもふ 番外編では。 ・もふもふ獣人化 ・切ない裏側 ・少年時代 などなど 最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

分厚いメガネ令息の非日常

餅粉
BL
「こいつは俺の女だ。手を出したらどうなるかわかるよな」 「シノ様……素敵!」 おかしい。おかしすぎる!恥ずかしくないのか?高位貴族が平民の女学生に俺の女ってしかもお前は婚約者いるだろうが!! その女学生の周りにはお慕いしているであろう貴族数名が立っていた。 「ジュリーが一番素敵だよ」 「そうだよ!ジュリーが一番可愛いし美人だし素敵だよ!!」 「……うん。ジュリーの方が…素敵」 ほんと何この状況、怖い!怖いすぎるぞ!あと妙にキモい 「先輩、私もおかしいと思います」 「だよな!」 これは真面目に学生生活を送ろうとする俺の日常のお話

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました! 最終17位でした!応援ありがとうございます! あらすじ 魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。 ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。 死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――? 傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

悪役令息の僕とツレない従者の、愛しい世界の歩き方

ばつ森⚡️8/22新刊
BL
【だって、だって、ずぎだっだんだよおおおおおお】 公爵令息のエマニュエルは、異世界から現れた『神子』であるマシロと恋仲になった第一王子・アルフレッドから『婚約破棄』を言い渡されてしまった。冷酷に伝えられた沙汰は、まさかの『身ぐるみはがれて国外追放』!?「今の今まで貴族だった僕が、一人で生きて行かれるわけがない!」だけど、エマニュエルには、頼りになる従者・ケイトがいて、二人の国外追放生活がはじまる。二人の旅は楽しく、おだやかで、順調に見えたけど、背後には、再び、神子たちの手がせまっていた。 「してみてもいいですか、――『恋人の好き』」 世界を旅する二人の恋。そして驚愕の結末へ!!! 【謎多き従者×憎めない悪役】 4/16 続編『リスティアーナ女王国編』完結しました。 原題:転んだ悪役令息の僕と、走る従者の冒険のはなし

処理中です...