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氷の華を溶かしたら
99話
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皇女軍に動き有り。
報告を受けたシェルビーは、皇女の軍を迎撃すべく、素早く陣を展開していた。
昨夜からの厳しい冷え込みに、吐く息は白く凍り、嘶きを上げる馬の身体からも湯気が立って見える。
前回同様、両軍は国境を挟んで睨み合う形で陣を敷いているのだが。
オセニアと帝国の国境地帯には、大きな川や山は無く、草原が広がっているだけだ。
伏兵を隠せる森や岩礁地帯がある訳でも無く、奇襲の心配はないが、互いの行動が丸見えというのは、少々居心地が悪いものだ。
眼前に展開する皇女軍は、前回の大敗で大打撃を受けた投射兵に、頼ることが出来ないからか、偃月陣を敷いている。
しかし軍全体の士気の低さからか、今一つ統率が取れていない様にも見受けられ、遠目にも覇気が無いように感じられた。
睨み合いが始まって、2時間近くが経った頃、陣形の中央近くから、騎影の集団が離れ始めた。
「大将旗!!大将旗離脱していきます!!」
物見が叫んだ通り、離脱して行く集団が掲げているのは、帝国の大将旗だった。
「あれは、ザイドリッツ大将の旗じゃないか?」
「・・・斧と狼。ザイドリッツ家の旗ですね。確かザイドリッツは、皇女の私兵ではなかったと記憶しています。皇女と意見が合わず、離脱したという事でしょうか?」
「と見せかけた伏兵、とも考えられるが。伏兵を隠せる地形では無いからな、だがまあ、警戒するに越した事はないだろう。索敵に後を追わせろ」
「了解しました」
シェルビーの指示を伝達するために一旦下がった、サイラスの代わりに、横に馬を寄せたのはキャニスだった。
「殿下。離脱した集団から、数騎こちらに向かって来ますね」
「うん。白旗をあげているな・・・・あれは・・・誰かを運んで来たのか?」
「そのようですね・・・何が有ったのでしょうか」
「うむ・・・」
2人が見守っていると、白旗を上げた騎士達は、馬防柵の前で、シェルビーへの目通りを願い出て来た。
「どうされますか?」
「離脱するだけの、良識のある御仁の話しなら、聞いて損はなさそうだ」
目通りを許可された騎士達は、直ぐに柵の中へと通され、毛布に包るんで連れて来た人物を馬から下したが。運ばれて来た人物は、歩く事も儘ならず、2人がかりでシェルビー達の前まで運ばれて来た。
「シェルビー・レ・オセニアだ。用件を聞こうか」
シェルビーが名乗ると、騎士達は一斉に地面に膝を付き、騎士の礼を取った。
「帝国第4騎士団・第三部隊大将ザイドリッツからの、書状をお預かりしてまいりました。オセニア王国王太子、シェルビー殿下には、ご一読頂きたく」
捧げ持たれた手紙をサイラスが受け取り、中身を確認したのち、シェルビーへと手渡された。
ザイドリッツからの手紙に、眼を通したシェルビーは、騎士達が運んで来た人物に眼を向けた。
「その者を、私に保護して欲しいと?」
「はい。この方は皇女の・・・その・・愛妾というか・・・」
「ペット?」
言い難そうに言葉を濁していた騎士は、シェルビーの身も蓋もない言い方に、羞恥で頬を染め、地面と話す事にしたらしい。
「仰る通りです。この度の大敗で、皇女は大変ご立腹で、その憂さ晴らしでこのような状態になり・・・」
「癇癪を起した皇女の折檻で、死にかけているという事だな?」
言わずもがなの事を、一々言い直すシェルビーは、かなり意地が悪い男だと思われただろう。しかし、怪我人の保護を願い出ているとは言え、彼等が敵であることに変わりはなく、間諜の可能性が無いわけではない。
相手もこのくらいの嫌味は、許容範囲だと言える。
「書状の通り、私達も応急的な手当てはしましたが、まだ治療が必要な状態です。しかし、我等は都へと戻ります。この状態でこの方を連れて行けば、命の保証もなく。また儚くなられても、埋葬も難しく」
「それで俺達に保護しろと?随分勝手だな?」
「はっ!真に申し訳なく」
「俺の婚約者となる人物を奪いに来たくせに、話し合いにも応じず、一方的に戦端を開いて置いて、負けたら怪我人を押し付けるのが、帝国の流儀なのか?」
「お恥ずかしい限りで御座います」
「殿下。その言い方は騎士さんに酷です」
「キャニス。こいつ等は、君を帝国に攫いに来たんだぞ?」
「少なくともザイドリッツ大将は、違うお考えをお持ちだから、離脱されたのだと思いますよ?」
「そうかもしれんが」
言い募ろうとするシェルビーを、キャニスは手の平で制した。
「この方は、ケイロンの第三王子、シグルド殿下ですね?」
キャニスに話しかけられた騎士の1人が、ポッと頬を染め、そうだと頷いた。
それを見たシェルビーの眼が眇められ、続く声音は不機嫌そのものだ。
「ケイロンの?」
「皇女の趣味は御存じでしょう?彼の前は、ルミナスの第4王女だったと、記憶しています」
「ううむ」
唸り声をあげたシェルビーは、別の意味で更に不機嫌になった。
皇女はキャニスを手に入れて、この王子と同じ目に合わせる気なのか?
そんな事は絶対にさせんぞ!
「帝国・・・皇女に滅ぼされたとは言え、仮にも王族だった方を、このまま見殺しにすることは出来ません。シグルド殿下は、私が引き取りましょう」
「キャニス?」
「私の事は、シエルが庇って下さいましたが。そうでなければ、この方と同じ目に合ていたかもしれないのです。ここまで痛めつけられていては、お助けできるかは分かりませんが。出来る限りの事は、して差し上げたいと思います」
キャニスの真摯な眼差しに、シェルビーは折れた。
「分かった。誰かシグルド殿下を医療班の天幕へお連れしろ。後はキャニスの好きにして良い」
「ありがとうございます」
「礼を言うべきなのは、君ではないと俺は思うが?」
眼を向けられた、ザイドリッツの騎士は、深々と頭を下げた。
「シェルビー殿下の御恩情。感謝いたします」
「お前達も、礼を言う相手を間違えている」
向けられた冷たい視線に、騎士達はハッとして、キャニスへ向き直り、頭を下げた。
「キャニス・ヴォロス・カラロウカ様。深く感謝申し上げる」
「人として、当然のことをした迄です。謝辞は結構」
キャニスの淡々とした返事に、騎士達は、たじろいだ様子を見せた。
分り難いが、キャニスは怒っているようだな。
少しだけ溜飲の下がったシェルビーが口を開いた。
「お前達も分かっただろ。この人は、皇女のような人間が、好きにして良い人物ではない。戻ったら皇女が虐げようとした相手が、どのような人なのか、周りに話して遣ると良い。礼節正しく、慈愛に満ちた人だとな」
「はっ!仰せのままに。私達はこれにて、御前を失礼いたしますが、シェルビー殿下、カラロウカ御令息には、ご武運をお祈り申し上げます」
「ザイドリッツには、帰路の無事を祈ると伝えてくれ」
キャニスから騎士達に、言葉をかけることは無かったが、代わりに後ろに控えていたパトリックへ、何事かの指示を出していた。
それを眼にしたザイドリッツの騎士の1人が、はて?と首を傾げていたが、思い違いだろう、とでも言う様に首を振り、馬を預けてある方へと下がって行った。
馬防柵の前で、キャニスの使用人の、アントワーヌに声を掛けられた騎士達は、キャニスからだと言う、土産を渡された。
首を傾げながら、差し出されたバッグを其々が受け取り、その中身をアントワーヌが説明すると、その場で全員が馬を飛び降りた。
周りの者達が呆気に取られる中、地面に膝をつき、キャニスのいる方角へ頭を下げる騎士達の頬は、滂沱と流れる感謝の涙で濡れていた。
報告を受けたシェルビーは、皇女の軍を迎撃すべく、素早く陣を展開していた。
昨夜からの厳しい冷え込みに、吐く息は白く凍り、嘶きを上げる馬の身体からも湯気が立って見える。
前回同様、両軍は国境を挟んで睨み合う形で陣を敷いているのだが。
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伏兵を隠せる森や岩礁地帯がある訳でも無く、奇襲の心配はないが、互いの行動が丸見えというのは、少々居心地が悪いものだ。
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しかし軍全体の士気の低さからか、今一つ統率が取れていない様にも見受けられ、遠目にも覇気が無いように感じられた。
睨み合いが始まって、2時間近くが経った頃、陣形の中央近くから、騎影の集団が離れ始めた。
「大将旗!!大将旗離脱していきます!!」
物見が叫んだ通り、離脱して行く集団が掲げているのは、帝国の大将旗だった。
「あれは、ザイドリッツ大将の旗じゃないか?」
「・・・斧と狼。ザイドリッツ家の旗ですね。確かザイドリッツは、皇女の私兵ではなかったと記憶しています。皇女と意見が合わず、離脱したという事でしょうか?」
「と見せかけた伏兵、とも考えられるが。伏兵を隠せる地形では無いからな、だがまあ、警戒するに越した事はないだろう。索敵に後を追わせろ」
「了解しました」
シェルビーの指示を伝達するために一旦下がった、サイラスの代わりに、横に馬を寄せたのはキャニスだった。
「殿下。離脱した集団から、数騎こちらに向かって来ますね」
「うん。白旗をあげているな・・・・あれは・・・誰かを運んで来たのか?」
「そのようですね・・・何が有ったのでしょうか」
「うむ・・・」
2人が見守っていると、白旗を上げた騎士達は、馬防柵の前で、シェルビーへの目通りを願い出て来た。
「どうされますか?」
「離脱するだけの、良識のある御仁の話しなら、聞いて損はなさそうだ」
目通りを許可された騎士達は、直ぐに柵の中へと通され、毛布に包るんで連れて来た人物を馬から下したが。運ばれて来た人物は、歩く事も儘ならず、2人がかりでシェルビー達の前まで運ばれて来た。
「シェルビー・レ・オセニアだ。用件を聞こうか」
シェルビーが名乗ると、騎士達は一斉に地面に膝を付き、騎士の礼を取った。
「帝国第4騎士団・第三部隊大将ザイドリッツからの、書状をお預かりしてまいりました。オセニア王国王太子、シェルビー殿下には、ご一読頂きたく」
捧げ持たれた手紙をサイラスが受け取り、中身を確認したのち、シェルビーへと手渡された。
ザイドリッツからの手紙に、眼を通したシェルビーは、騎士達が運んで来た人物に眼を向けた。
「その者を、私に保護して欲しいと?」
「はい。この方は皇女の・・・その・・愛妾というか・・・」
「ペット?」
言い難そうに言葉を濁していた騎士は、シェルビーの身も蓋もない言い方に、羞恥で頬を染め、地面と話す事にしたらしい。
「仰る通りです。この度の大敗で、皇女は大変ご立腹で、その憂さ晴らしでこのような状態になり・・・」
「癇癪を起した皇女の折檻で、死にかけているという事だな?」
言わずもがなの事を、一々言い直すシェルビーは、かなり意地が悪い男だと思われただろう。しかし、怪我人の保護を願い出ているとは言え、彼等が敵であることに変わりはなく、間諜の可能性が無いわけではない。
相手もこのくらいの嫌味は、許容範囲だと言える。
「書状の通り、私達も応急的な手当てはしましたが、まだ治療が必要な状態です。しかし、我等は都へと戻ります。この状態でこの方を連れて行けば、命の保証もなく。また儚くなられても、埋葬も難しく」
「それで俺達に保護しろと?随分勝手だな?」
「はっ!真に申し訳なく」
「俺の婚約者となる人物を奪いに来たくせに、話し合いにも応じず、一方的に戦端を開いて置いて、負けたら怪我人を押し付けるのが、帝国の流儀なのか?」
「お恥ずかしい限りで御座います」
「殿下。その言い方は騎士さんに酷です」
「キャニス。こいつ等は、君を帝国に攫いに来たんだぞ?」
「少なくともザイドリッツ大将は、違うお考えをお持ちだから、離脱されたのだと思いますよ?」
「そうかもしれんが」
言い募ろうとするシェルビーを、キャニスは手の平で制した。
「この方は、ケイロンの第三王子、シグルド殿下ですね?」
キャニスに話しかけられた騎士の1人が、ポッと頬を染め、そうだと頷いた。
それを見たシェルビーの眼が眇められ、続く声音は不機嫌そのものだ。
「ケイロンの?」
「皇女の趣味は御存じでしょう?彼の前は、ルミナスの第4王女だったと、記憶しています」
「ううむ」
唸り声をあげたシェルビーは、別の意味で更に不機嫌になった。
皇女はキャニスを手に入れて、この王子と同じ目に合わせる気なのか?
そんな事は絶対にさせんぞ!
「帝国・・・皇女に滅ぼされたとは言え、仮にも王族だった方を、このまま見殺しにすることは出来ません。シグルド殿下は、私が引き取りましょう」
「キャニス?」
「私の事は、シエルが庇って下さいましたが。そうでなければ、この方と同じ目に合ていたかもしれないのです。ここまで痛めつけられていては、お助けできるかは分かりませんが。出来る限りの事は、して差し上げたいと思います」
キャニスの真摯な眼差しに、シェルビーは折れた。
「分かった。誰かシグルド殿下を医療班の天幕へお連れしろ。後はキャニスの好きにして良い」
「ありがとうございます」
「礼を言うべきなのは、君ではないと俺は思うが?」
眼を向けられた、ザイドリッツの騎士は、深々と頭を下げた。
「シェルビー殿下の御恩情。感謝いたします」
「お前達も、礼を言う相手を間違えている」
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「キャニス・ヴォロス・カラロウカ様。深く感謝申し上げる」
「人として、当然のことをした迄です。謝辞は結構」
キャニスの淡々とした返事に、騎士達は、たじろいだ様子を見せた。
分り難いが、キャニスは怒っているようだな。
少しだけ溜飲の下がったシェルビーが口を開いた。
「お前達も分かっただろ。この人は、皇女のような人間が、好きにして良い人物ではない。戻ったら皇女が虐げようとした相手が、どのような人なのか、周りに話して遣ると良い。礼節正しく、慈愛に満ちた人だとな」
「はっ!仰せのままに。私達はこれにて、御前を失礼いたしますが、シェルビー殿下、カラロウカ御令息には、ご武運をお祈り申し上げます」
「ザイドリッツには、帰路の無事を祈ると伝えてくれ」
キャニスから騎士達に、言葉をかけることは無かったが、代わりに後ろに控えていたパトリックへ、何事かの指示を出していた。
それを眼にしたザイドリッツの騎士の1人が、はて?と首を傾げていたが、思い違いだろう、とでも言う様に首を振り、馬を預けてある方へと下がって行った。
馬防柵の前で、キャニスの使用人の、アントワーヌに声を掛けられた騎士達は、キャニスからだと言う、土産を渡された。
首を傾げながら、差し出されたバッグを其々が受け取り、その中身をアントワーヌが説明すると、その場で全員が馬を飛び降りた。
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