箱庭の空

白黒yu-ki

文字の大きさ
2 / 5

1話

しおりを挟む
俺の耳に心地よい鳥の囀りが聴こえる。

「もう朝かぁ…」

今日も1日大忙しの仕事が始まるのかと憂鬱な気持ちを抱え、徐々に頭を覚醒させる。それにしても体が痛い。昨夜は家に帰ってフローリングで寝てしまったのかとそっと目を開ける。

「………あん?」

そこには見慣れぬ大森林が広がっていた。田舎育ちの俺は数え切れないほど山に入っている。だがそんな俺をもってしても目の前の光景は見慣れぬのだ。奥に見える巨木は恐らくだが、1000…いや、2000年以上は経っていると思われる程の太い幹だ。あんなもの、俺は見たことがない。あまりに現実離れした景色に、俺は未だ夢の続きを見ているのだと結論づけて再び目を閉じる。再び甘美な夢の世界に沈もうと意識を手放しかけた瞬間、俺の頬を何かがつつく。目を閉じたまま手でそれを払いのけるが、それは何度も俺の頬をついてきた。

「何するんだよ、やめろ…え?」

俺は夢の世界という天国に昇るため、それを阻むものを排除しようと目を開けて勢いよく体を起こした。だが直後、俺の体は硬直する。


目の前にいたのは自分と同じくらいの大きさの蟻だった。その巨大な蟻は口のハサミをカチカチと鳴らし、首を傾げている。このような生物に直面した時、人はどのような行動をとるのか。考えられるパターンは幾つかあるだろうが、そんなものを挙げている余裕はない。俺は脱兎の如く、巨大な蟻から逃げ出した。
 
だが日頃の運動不足も祟り、寝起きなのも相まってすぐに限界がきてしまう。脚はガクガクと震え、息も絶え絶えだ。だがこれだけ走れば逃げられたろうと背後にいるであろう蟻の様子を見ようと視線を横に向けた瞬間、開いた口が塞がらなくなった。ヤツは俺のすぐ横を並走していたのだ。
 
この時の光太郎は知る由もないが、蟻は案外早く歩く。もしも蟻を人間の体と同じくらいに換算した場合、時速100キロで歩くことが可能となる。無論、そうなるとその巨大な体を保つことができず、動くことすらできなくなるのが定説ではあるが、光太郎と並走する蟻はその説に当てはまらず、身軽に動けていた。
 
巨大蟻の目が俺をロックオンしている。「ご飯だー」と(言っているように見える)目を輝かせ、決して逃さないという本能を感じさせる。どうやらこのまま走って逃げるのは不可能なようだ。戦う? 無理に決まっている。よくよく考えると蟻は自分の大きさの倍以上のモノを運ぶことのできる力の持ち主だ。返り討ちに遭うのは目に見えている。戦う、逃げるという選択が不可能な以上、残された選択肢は「諦める」しかないのだ。だがそれは本当の最後の選択にしたい。何か手は無いかと懐に手を入れると、何かに手が触れる。それは虫除けスプレーだった。だが殺虫剤ではないので、巨大蟻に効果があるかも分からない。しかし俺には僅かな希望の光が灯った。
 
俺は足を止め、左手で虫除けスプレーを巨大蟻に向ける。
巨大蟻は首を傾げたまま、「諦めた? 食べていい?」とでも言いたげに口を動かして寄ってくる。俺は口角を上げ、右手でそれを取り出した。
 
「蚊取り線香着火用のライターだ!」
 
光太郎はタバコを吸わない。ライターを持参していたのは運が良かった。夏が近付き、田舎である実家は蚊が多く襲撃してくる。実家にもライターはあるだろうが、もしも無かった場合、もしくは無くなった場合、一時間かけて街まで買いに出かける必要があった。万が一を考えて購入していたのだ。
 
ライターに火を灯し、バーナーの要領で虫除けスプレーを巨大蟻に噴射した。炎は巨大蟻の顔を焼き、死なすには至らなかったが、もがき苦しんでいる。これが好機と見て、俺は再び走り出した。
 
 
10分程全力で走り、ようやく森林を抜けた。だが大森林を抜けたと思ったらそこには大草原が広がっていたのだ。
 
「…本当、ここは一体どこなんだよ」
 
今更これが夢などと思ってはいない。先ほどの巨大蟻の圧迫感、駆け抜けていた時の肌に当たる風、そして目が痛くなるほどの青空。信じられないが、これは現実なのだ。
 
森林の中と違ってここは見晴らしもいい。何か危険なモノが近づいて来たらすぐに判るだろう。俺は状況を整理することにした。俺は確か、空の葬式に参加する為に地元に帰っきてたはずだ。そして優月に再会してそれから…。
 
『…助けて…お兄ちゃん…』
 
その光景を思い出し、俺は思わず口に手を当てる。
 
「…空? 俺が憶えている空より少し成長していたが、あれは確かに空だった。あれは何だったんだ?」
 
幻覚? それとも幽霊…いや、幽霊なんている訳がない。だがそこで記憶が途切れているのだ。空が何かをし、俺はこの状況になってしまったと考える他ないだろう。先程は危うく死にかけたのだ。よほど俺は空に恨まれていたようだ。
 
俺は振り返って森林に目を向ける。
これは神隠しのようなものだろうか。先程目が覚めた場所の付近を調べれば、元の場所に戻る手掛かりが見つかるかもしれない。だが危険も伴う。今回は運良く逃げることができたが、次は無いかもしれない。色々と準備をし、万全の状態で調べに向かった方がいいだろう。
 
「…そうなると、このまま草原を進んで人を探すか」
 
そう呟いて俺は歩き出す。ここが日本、いや、地球であるとは最早思っていない。あんな巨大蟻が見つかっていたら大きなニュースになっているだろうし、もし見つかっていたのだとしてもメジャーな昆虫として俺の記憶にも残っているだろう。つまりここは地球では無いのだ。東京に上京してから観たアニメにもそのようなストーリーがあった。大抵、主人公は特殊な力を持って危機を乗り越えたりするものだが、俺にその力があるとは思えない。ならば現地の人間に頼るしかない。人がいれば…ではあるが。ここは人がいない世界であったら、助けてくれる存在が何もいない世界であったなら、その時は人生のゲームオーバーだ。
 
「…空を傷付けた罰、かな」
 
俺は地平線に伸びる草原を歩き出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

婚約破棄の場に相手がいなかった件について

三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵令息であるアダルベルトは、とある夜会で婚約者の伯爵令嬢クラウディアとの婚約破棄を宣言する。しかし、その夜会にクラウディアの姿はなかった。 断罪イベントの夜会に婚約者を迎えに来ないというパターンがあるので、では行かなければいいと思って書いたら、人徳あふれるヒロイン(不在)が誕生しました。 カクヨムにも公開しています。

卒業パーティでようやく分かった? 残念、もう手遅れです。

ファンタジー
貴族の伝統が根づく由緒正しい学園、ヴァルクレスト学院。 そんな中、初の平民かつ特待生の身分で入学したフィナは卒業パーティの片隅で静かにグラスを傾けていた。 すると隣国クロニア帝国の王太子ノアディス・アウレストが会場へとやってきて……。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

処理中です...