箱庭の空

白黒yu-ki

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2話

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日本では初夏であった。
向こうでは蒸し暑い熱気を感じていたが、こちらは心地よい風が吹いている。日本の四季で例えるなら春の陽気だ。だが一時間以上も歩けば喉も渇く。俺は肩に掛けていたカバンからペットボトルの水を取り出し、一口だけ口に含む。食料は入っていないが、水を所持していたのは幸運だった。だがそれでもガブ飲みする訳にはいかない。どこかに川でもあればいいが、それまでは慎重に飲んでいかなければならない。

ちなみに一時間歩いて成果はゼロだ。未だに人と出会わない。何だかよく分からない未知の生物であれば遠目で発見したが、あれはゲームでいうモンスターの類だ。巨大な蜂に巨大な蛙、目玉のたくさんついたスライムのようなゲル状の生物。そんなものが今の俺を助けてくれるとは到底思えない。それらを発見した瞬間、俺は即座に逃げ出した。
 
更に一時間歩くと、煙のようなものが上がっているのが見えた。俺は思わず駆け出した。あの煙の下にはもしかすると人がいるかもしれない。その人たちに助けてもらえなくてもいい。少しでもこの世界の情報が入れば吉としよう。草原を全力で駆け抜け、火元に到着した。
 
俺は当初、人であるなら焚き火でもしているのだろうと考えていた。だが到着してみると想定外の状況が広がっていたのだ。燃えているのは荷馬車…だろう。何人かが血を流して倒れている。それらを囲むのは人相の悪い男たちだ。男たちの手にはサーベルのような武器が握られていた。サーベルが血で汚れているのを見ると、この男たちが荷馬車を襲ったということなのだろう。

人がこの世界にもいたというのは良い発見であったが、状況は最悪だ。平和な日本で生きてきた俺にとって、目の前に広がる凄惨な光景は映画を思わせる。ただ映画と違うのは、風に乗って血の臭いが鼻に付くことだ。これは間違いなく目の前で行われているものなのだ。

俺は男たちに気付かれる前に身を伏せ、倒れている人たちを見る。流れている血の量を見ると、何人かはもう助からないだろう。囲まれている者達の中にはまだ生きている人もいるが、時間の問題か。
 
「金も頂いたし、当初の目的は果たせたな」
 
サーベルを持つ男が金の入っているであろう木箱を仲間に渡し、嬉しそうに中身を検める。
 
「流石商人様だ。金貨30枚はあるな。俺たちが有り難く貰っておいてやるよ!」
 
どうやら男達…盗賊だろうか。目的を果たしたらしく、満足しているようだ。このまま去ってくれるのを願う俺に、信じられない言葉が響く。
 
「お、商人様の娘か? そいつは生かしたまま連れ帰って売りとばそうぜ」
 
盗賊の一人が荷馬車の中から金髪の女の子の手を引いて出てきていた。10歳くらいのまだ幼い女の子だ。女の子は倒れて既に事切れているであろう男性の姿を見て、嗚咽を漏らす。
 
「お…お父さん…そんな…」
 
「ひひひ、残念ながらもう死んでるよ。それよりお嬢ちゃんをこれから奴隷商に売ること決めたから、このまま俺たちと来てもらうぜ」
 
「…いや…そんな…あっ!」
 
少女はまだ息のある知人を見つけたのか慌てて盗賊に懇願する。
 
「お、お願いします! 私はどうなっても構いません! だからお医者さまを呼んで…あの人を助けてください!」
 
「医者ぁ? めんどくせぇ、この方が早いだろぉ!」
 
盗賊はまだ息のある男に向かってサーベルを振り上げる。直後、ガンという鈍い音が響いて盗賊の持っていたサーベルを弾き飛ばした。

サーベルは勢いのついたまま回転し、少女の手を引いていた盗賊の顔面を切り裂いた。その激痛に思わず少女の手を離し、顔を押さえて悲鳴をあげる。
 
「誰だぁ!」
 
他の盗賊は殺気を露わにし、乱入者である俺にサーベルを向けてきた。
 
「ご、ごめんなさい!」
 
盗賊の注意を引こうと石を投げたのは確かだ。でもまさかあの細いサーベルの背に当たり、正面に立っていた盗賊を襲うとは何たる幸運、いや、不運。これは紛れもなく事故です。まぁ、日頃の行いという言葉もあるし、俺は悪くないかもしれない。悪いのはそちらさんということで納得して…もらえるはずないか。
 
呻いて座り込んでいる盗賊を除くと、残りの盗賊は三人。銃のような物は持っておらず、彼等の武器はサーベルのみのようだ。
 
「誰だか知らねぇが、変わった格好してんな。高く売れるかもしれねぇ。首だけ刎ねて身包み剥がさせてもらうか」
 
喪服はこちらの世界では珍しいらしい。なんてことを考えてる場合ではない。目の前で人が殺されてしまうと思い咄嗟にやってしまい、その後の事を全く考えていない。何か反撃できそうなものを考え、俺が持つ唯一の武器を思い出した。
 
サーベルが振り上げられ、俺の命を絶とうと笑みを浮かべる盗賊。そんな盗賊に、俺はライターと虫除けスプレーを取り出した。
 
「汚物は消毒だぁー!!」
 
目の前の盗賊を炎が襲う。
 
「ぎゃああああ!」
 
炎に包まれた盗賊は地面を転がり、必死になって火を消そうとしている。その姿を見て残りの盗賊たちは慌てていた。
 
「な、こいつ魔道士か!?」

「でもよ、こいつ杖なんて持ってないぞ! 魔道士は魔力を媒介する杖が無いと魔法を使えないんじゃなかったのかよ!」

「…いや、待て。聞いたことがある。高位の魔道士は媒介する杖が無くても魔法を発現することができるとか…。だがそんな魔道士は王宮付きにしかいない。そんな奴相手に俺たちが敵うはずない…」
 
何か勝手に勘違いされているようだが、好都合だ。そのまま勘違いしてもらうとしよう。俺は震える足を隠しながらライターと虫除けスプレーを構える。
 
「とっとと消えてくれるかな? 燃やされたくはないだろう?」

「な…み、見逃してもらえるのか?」

「代わりにその人たちの荷物は全部置いていけ。そしてそこらで転がってる仲間も連れていけ。早く行け。頼むから早くして」

「あ、ありがてえ」
 
盗賊たちは商人たちの荷物を手離し、顔に重傷を負った不運な盗賊と大火傷を負った汚物を連れ、そそくさと立ち去っていった。そして盗賊たちの姿が見えなくなり、緊張が解けた俺は腰が抜けてしまい、その場に座り込んだ。
 
「…助かった…けど、めでたしめでたしって訳にはいかなかったな…」
 
そちらに視線を向けると、最早動くことの無い父親に抱きついて大泣きする少女の姿があった。
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