箱庭の空

白黒yu-ki

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3話

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盗賊の襲撃に遭い、生き残ったのは僅か二人。商人の娘と初老の男。生き残ったとはいっても初老の男の方は重傷だ。早く病院に連れて行かないと手遅れになってしまう。病院というものがあるのかは分からないが、先程この女の子も「医者」という単語を出していたし、そのような人がいる場所は存在しているようだ。

しかしどうやって移動しようか…。荷馬車はもう燃えてしまっているし、それを引いていたであろう馬のような動物も盗賊に殺されてしまっている。怪我人をあまり動かすのは利口ではないと思うが、仕方ない。
 
男の服を盗賊が落としていったサーベルで裂き、傷口を確認する。右肩から左腹部にかけて斬り付けられている。盗賊が持ち帰ろうとしていた木箱の中にビンが数本入っていた。その中の一本を開けて匂いを嗅ぐと、それが酒である事が分かった。まずは傷口を消毒した方が良いか。盗賊が使っていたサーベルだ。清潔なはずはないだろう。
 
「滲みますよ、少し我慢してください」
 
男の傷口に酒をふりかける。そして木箱に入っていた布で包帯のように傷口を覆う。途中男は強い痛みを感じたのか小さく呻く。声をかけるが返事はない。生きてはいるが気を失っているようだ。
 
「キミ、この辺りに医者がいるところを知ってるかな?」
 
「…」
 
「早くしないとこの人まで死んでしまう。お父さんが殺されてショックなのは分かる。でもこの人の為にも頼むよ…」
 
最低だと思う。目の前で親が殺されているのだ。トラウマを抱えてもおかしくない状態の小さな女の子に、それでも現実を見ろと声をかけているのだ。
 
「…ゲンテンの町まで行けば…お医者様がいると思います…この道を真っ直ぐ進んだところです…」
 
「そうか、ありがとう」
 
向かう先が決まった俺は男を背負い、立ち上がる。そして未だ父親の亡骸にすがる少女に視線を落とす。
 
「キミはここに残るつもりか? 悪いとは思うけど、キミのお父さんを葬ってあげれる時間はない。かといってまだ小さなキミを置いていくなんてしたくはないんだ。無理矢理にでも一緒に来てもらうよ」
 
「…大丈夫…です」
 
少女は涙を拭い、立ち上がる。
大丈夫なはずがない。父親が殺されたのだ。しかしそれでも気丈に立ち上がる。強い子だと思った。
 
「これにお金が入ってるんだね。治療費も必要になるだろうから、使わせてもらってもいいかな?」
 
「…はい。持っていってください」
 
俺はお金の入った袋を懐に入れ、男を背負った状態で少女を抱えた。
 
「時間が惜しい。急いで向かうよ!」
 
ゲンテンの町を目指し、俺はスピードを上げる。少し前に気付いたことなのだが、当初俺には特別な力はないと考えていた。しかしよくよく思い返してみると、日本での生活でまるきり運動してなかった割には長い時間全力で走る事が出来ていた。そういえば…巨大蟻とのレースも俺は今までにないスピードが出ていたのだ。視線を流れる風景のスピードから考えると、高速道路で体感していたスピードに似通っている。つまりは時速80~100キロ程のスピードが出ていたのだ。

身体能力が上昇している。だからこそ成人男性を背負い、少女を抱えて猛スピードで走る事が可能なのだ。あまり男を揺らさないように気を配って走っているとはいえ、時速60キロは出ているかもしれない。抱えている少女の表情から察するに、やはりあり得ないことを仕出かしているようだ。
 
一時間が経過した頃、正面に建物が見えてきた。おそらくあそこがゲンテンの町なのだろう。俺は町の入り口で足を止めた。
 
そこで俺は少女を降ろし、こちらを怪訝な表情で見ていた青年に声をかける。
 
「怪我人がいるんです。医者はどこにいますか?」
 
「怪我、ですか。それは大変だ! 案内します。こちらへ!」
 
おそらく、初めは俺の服装を見ていたのだろう。こうして町の中を眺めると日本でいう大昔のような簡易な衣服の者たちばかりだ。盗賊も言ってはいたが、俺が今着ているような喪服は珍しいらしい。というよりも存在しないのかもしれない。そんな視線をこちらに向けていた青年だが、俺の背にいる顔色の悪い男性を見て慌てて道案内をしてくれた。
 
青年の先導で到着した一軒家。青年には礼を述べ、目の前の戸を開ける。
 
「おや、見ない顔だね。旅の方かな・・・む?」
 
そこには無精ひげを伸ばした中年がコップに入った水を飲んでいた。俺の顔を見て町の人間でないとすぐに察し、俺の背の気を失っている男に気付く。医者はすぐに立ち上がり怪我人の顔色を見るや「こっちのベッドに運んでくれ」と奥の部屋に先導した。俺は医者の言う通りに奥の部屋に入り、怪我をしている初老の男を横にさせる。医者は包帯替わりの布を外し、傷口を確認している。
 
「これは・・・刀傷か。しかしこの臭いは酒か? まぁいい。まずは縫合だ」
 
 医者はそう言って傷口の縫合を始めた。酒の臭いに疑問を抱いていたようだが、間違っていたのだろうか。アルコールは殺菌作用があったと思っていたが、やや自信が薄れてきた。今のこの状況で自分に何ができる訳でもなし、医者の邪魔にならないように静かに部屋を出る。
 
「・・・何とか助かるのかな」
 
 俺は気が抜けて座り込んでしまった。今日は目が覚めてから驚きと戸惑いの連続で、とてもではないが体がもたない。ひとつため息をつくと、少女が俺の正面に立っているのに今更気付く。少女の目元は赤く腫れていたが、もう涙は浮かべていなかった。少女の顔を見て、盗賊に殺されてしまった少女の父親のことを思い出す。遺体もあのままにしておく訳にはいかないだろう。今の自分の体力と力なら、先程の場所に戻って遺体だけでも背負ってくるのは可能だ。身体能力が向上している理由を考えるのは後回しだ。
 
「キミ、このお金の入った袋を渡しておくよ。もしこれを使ってもいいのなら、あの人の治療費に渡してもらってもいいかな?」
 
「・・・うん」
 
そして俺は袋を少女に渡し、再び立ち上がって家を出ようと戸を開ける。しかしそれは俺の袖を引く少女に止められてしまった。
 
「あの・・・行っちゃうの?」
 
行ってほしくないという表情を浮かべる少女を見て、俺は過去の記憶をフラッシュバックさせる。しかしすぐに頭を振り、その記憶を振り払う。
 
「ひとりで心細いとは思うけど、すぐに戻ってくるよ。だからそんな顔するな」
 
あの時言えなかった言葉を、目の前の少女に伝える。この言葉を、俺は空に言うことができなかった。
 
「あの…私…ティア…あなたは…?」
 
「俺は光太郎。生明光太郎だ」
 
俺は少女に名を告げ、外に飛び出した。
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