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❄️護送

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 道のりは平坦ではなかった。尻が痛い。
 森は深過ぎて方向はまったく分からなかった。しかし、自信満々に馬を進める兵士を見ていると、方向を知る道具のようなものを持っている。

「おい、それを貸せ」

 足を早め首を並べて手のひらを見せた。さらにこいこいともしてみたが、にこりともせずに言われた。

「申し訳ございません」

 間違いない。
 ここで殺されはしないが、死地のような場所へ連れて行かれている。
 彼らはそこへ自分を連れて行くのが仕事なのだろう。
 そうと分かれば逃げてしまえばいいと、そう脳裏をよぎる軽薄な考えを、いい加減歳を食った大人である自分が否定する。
 逃げてどうする。
 この人数の兵士たちが追いかけてくるのに逃げおおせる訳がない。
 ここが城から遠いことは確定だ。よしんば逃げられたとしても、たった一人でどうやって城にたどり着くんだ。こんな森、何日も彷徨ったら死ぬに決まっている。食べ物も水もないんだぞ。

 ああ、一体誰の命令でこうなったんだ。王か? あり得るな。ちょっと王座で遊び過ぎた。宰相か? 禿げ頭を笑っていたのがバレたのか。もしや将軍? 戦争と聞いて苦虫を噛み潰したような顔をしていた。そうか、将軍か、兵士は手足のようなものだからな。
 どこへ行くか知らないが、着いたところが死に場所だ。願わくば痛くなく、すみやかに、できれば美しく、祈りと共に散りたいものだ。

 ────祈り?
 何ということだ、祈りも無しに俺は死ぬのか!
 見たところ兵士は全員兵士以外の何者でもなく見える。つまり僧がいない。
 己が死ぬときは星導師教たるエーリヒに、一番好きな星句で祈りを捧げてもらって、別れのときは星歌第八番でと決めていたのに。
 誰も知らぬ。
 俺はどうして誰にも伝えていなかった?
 すぐ死ぬとは思っていなかったからだ。元気で楽しく遊んでいたからだ。
 まさか今日にも死のうとは、しかも祈りも無しに! こんなのは野垂れ死にと同じだ。
 ああ、いにしえの聖女イーリスよ、我が願い聞きとげたもうなら、ただ一つ。
 着いた場所に教会がありますように。

 その時ざっと視界が開けた。
 近くに教会が建っている。夢か?
 兵士の馬が、川にかかる橋をゆっくりと渡ってゆく後を、彼の愛馬が、他の兵士の馬が、続いて渡る。
 のんびりとした田舎の風景だ。遠くに畑が広がり、ぽつんぽつんと粗末な小屋が立っている。橋の向こうは草地で、すぐ向こうに教会の柵が連なっている。田舎ゆえか、教会には星の象徴がなかった。

 先頭の兵士が敷地の前で馬を降りた。きっとここで休憩するのだろう。のどが乾いた。日の移動から見ると、大して時間はかかっていないが、疲れたし座りたい。兵士たちにならって、すぐに下馬した。

「お入り下さい」

 勧められるままに開けられた扉を通り、ひなびた教会の中へ入った。
 薄暗く、椅子が置いてある。星の象徴はやはりない。そして誰かいる。その人物が立ち上がり、振り返った。

「お久しゅう、マリウス」
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