NAMI NOTE ~緒ノ道あやかし~

二三野 花

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一章 緒ノ道あやかし

プロローグ

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「おかえり、しずく」
「……た、だい、ま……?」
 ──汀の傍の病院にて、彼女は硬直していた。
 そも、しずくが緒ノ道に来たのは今日が生まれて初めての日だ。
「子供が……私の叔父さん?」
 波の音と潮の香りなど一切耳に入らず、ただただ目の前の光景に五感を支配されていたのだ。反射的に応えた返事も中身は空っぽで言葉は一瞬で霧散していく。
 彼女の眼前には見目麗しい少年の顔、両手首はしっかりとベッドに縫い止められて、しずくは身動きも取れなかった。少年は、意外と力が強い。
「おや、まるで猫がに反撃された顔にそっくりじゃあないか」
 やっと少年以外に意識が向いたがさりとて、その表現には賛同しかねる。でべらとはそもそもなんぞや──猫が反撃された顔とは歯磨き粉を嗅いだ時のアレか──
「しずく?」
「……あの」
「ん? どうした?」
「あなたは、その、誰でしょうか……」
御立花みたちばなから聞かなかったか?」
「いえその……聞いたんですけど、イメージが結びつかなくて」
「あぁ、まァ……驚くだろうとは予想していたんだが」
 子供はその外見にしては似つかわしくない言葉尻で小首を傾げる。
「おれの名前は月見里秋彦」
「はぁ」
「お前の名前は月見里しずく」
「おっしゃるとおりです」
「そして月見里秋彦は月見里しずくの叔父さん」
「まちがっては、ないです」
「おれはしずくの叔父さん。間違ってないだろう?」
「文法と、親族関係に当てはめるなら間違いないです、けど」
 ──見た目が子供。しずくより年下。叔父は父の弟であるけれど確か今年で三十後半だったはずだ。幾ら何でもとっちゃん坊やにも程があるというか、なんというか。こども店長の類似品みたいなものだろうか。
 しかし叔父と名乗る少年は混乱に陥るしずくにお構いもなく、こつんとその額を彼女の額に当てた。微かに汗ばんだ肌は温かく、吸い付くような感触がじんわりと額から全身に広がっていく心地にしずくは襲われていった。
「ぁ」
「会いたかったんだ、とても。ずっと」
 ため息のような、感嘆のような、おおよそ子供が吐き出す事など無い──底の見えない感情が籠った一言にとうとうしずくは喋る事すら忘れてしまう。
 潮の香りに交じり、少年の……いや、おとこの香りがしずくを包もうとしていた。言葉を何か紡ごうとするならば全てこの少年が吸い取って飲み干してしまうだろう。全てが全て、しずくは少年に支配されてしまいそうだった。

 あぁどうして、こんな事態になったのか。
 哀れ月見里しずくが、ベッドに押し倒されるなった理由を知るには今から三時間程、時を遡らなくてはならない。


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