掩蔽

至北 巧

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 高校二年の始業式だった。一年からのクラスメイトと下らない会話をしているところに、知らない男が声をかけてきた。
「ねぇねぇ名前、野木崎賢一のぎさきけんいちっていうの? 俺、妃登一きさきとういちっていうんだけど、なんか似てない?」
 薄っぺらい奴だ、というのが第一印象だった。肌も髪も瞳も、誰よりも淡い色をしていて、喋り方も軽かった。
「そーだな。困るんだけど」
 馴れ馴れし過ぎるので、初対面だがあえて嫌悪感を表す。
「え、なんか酷くね?」
 相手も合わせて嫌悪感を表してくる。
 外国の血が混ざっているのか聞くと、生粋の日本人だが子供の頃に外国に住んでいたと言った。
 外国で暮らしていたためなのか元からなのか、妃は異常に人懐こく、始業式当日から既に賢一のグループに溶け込んでいた。

 会話の調子が合うので、いつの間にか賢一は妃と頻繁につるむようになった。
 テスト期間中、平日の帰宅路。賢一が幼馴染のみつると、その友人幸久ゆきひさと共にファストフード店に立ち寄った際も、妃を同行させていた。

 バーガーのセットを食べながら、終わったばかりのテストの話題になった。
 妃と充はテストが難しかったが、賢一と幸久は簡単だったと意見が分かれる。運動部の賢一がなぜ勉強までできるのかと妃が詰め寄ると、旧知の充が代わりに回答した。
「賢一、帰ったら家のことしないといけないから、授業めっちゃ聞いてんだよな」
 父親しか家族のいない賢一は、小学生の時分から家事の半分をこなしていた。まだ少年の面影の色濃い充が、無邪気にいらぬことを言う。自分はそんな大層なものではないと、賢一は若干苛立つ。
「授業聞いとけば、テスト勉強とか余計なコトしなくても点取れんだよ。授業中寝てるとか、充バカじゃねーのって思うけど。なぁ幸久」
「いや俺は、テスト勉強は、しないと無理」
 銀縁眼鏡で見るからに秀才の幸久が、控えめに反論する。
 聞いていた妃は、ニヤニヤと擬音の聞こえそうな顔で賢一を見た。
「賢一、ギャップがすごい。喋るとヤンキーなのに、部活と勉強両立してて、家のことまでやってるとか」
「実際ただのヤンキーだよ」
 ギリギリの表現で、本当の自分をほのめかす。それ以上は無理だった。
 この世界で生きるために苦痛に耐えながら作り上げた自分を、破壊するわけにはいかなかった。

 食事が終わると、近くのゲームコーナーに立ち寄った。あまり金を使いたくない賢一は、自販機で買ったアイスキャンディをかじりながら、充と幸久がプレイするゲームを後ろから眺めていた。
 隣に、同じくアイスを手にした妃が立つ。そして、唐突に言った。
「幸久って、多分充に気があるよな」
「えっ、そうか?」
 驚いてみせたが、賢一もそうではないかと感じていた。幸久の充に対する時の表情に、浮き足立った遠慮が見える。
 表情を深く考察するのは、賢一の幼い頃からの癖だった。他人の気持ちを予測せずに暴走することを防ぐための、生きる手段。
 妃はアイスを舐めると、二人に目線を戻す。
「なんで充なんだろ、賢一のほうが良さげなのに」
「え?」
 またしても妃の唐突な言葉に、今度は本当に驚く。
「だって俺、賢一としたいんだよね」
「なにを?」
「エロいこと」
 言った妃の横顔をうかがう。
 調子の良い人間だったので気づかなかったが、線の細さと色素の薄さが妃を中性的に見せている。表情にだいぶ艶もある。すぐにそういう人間なのだと納得できた、が。
「なんだよ急に? 恐いんだけど」
 飲み込まれそうで、わずかに怯える。妃は調子を変えずに、笑っている。
「ギャップ萌えしたんだよ。なあ、もう彼女とかいて、間に合ってる感じ?」
「彼女なんていねーよ」
「なんだ、賢一ってヤンキーに見えて、結構普通なんだな」
 表情を窺う。挑発されている。腑に落ちなかったが、賢一の中の不穏な何かが揺さぶられた。
「俺は、普通じゃない」
「じゃあ、今からうちに来なよ。夜まで誰もいないよ」

 充たちと別れて、言われるままに妃の自宅に向かった。こじんまりとしているが、白と茶で統一された洒落た一軒家だった。家の中まで白と茶で、妃と同じ色に見えた。

 シャワーを浴びて上に何も羽織らず部屋に戻った妃は、顔より一層白い肌をしていた。近づいてきて、賢一のシャツのボタンを外す。
「色々教えてやるから、賢一は俺を女の子だと思って抱けばいいよ」
 胸がはだける。背中に腕を回され、肌が密着する。
 愛のある交わりではないのに、心が満たされるような感覚に陥る。
 それをきっかけに、賢一は妃の言われるままになっていた。
 挑発されて苛ついて、拳か言葉で傷つけるはずが、完璧に妃に飲み込まれていた。

「賢一、ちょっと激し過ぎ。もっと優しい感じだと思った」
 ベッドに仰向けに横たわり、賢一は目を瞑って妃の言葉を聞いた。文句を言っているが、満足気に聞こえる。
「またギャップ萌えするなー。優しい目してるのに、気性は激しいとか」
「優しくねーだろ、にらみきかせてるつもりなんだけど」
「そーなの?」
「本当の俺は過激なんだよ」
 賢一は自分の中にある破壊衝動と、それを抑え込むことを苦痛に感じていること、自分が暴走しないように他人の顔を見てブレーキをかけていることを告白していた。
 とても清々しい気分だった。
 友人だと思っていた同級生の男を犯した。
 自分は、最悪なことをしている。
 今まで出したくても出せなかった『本当の自分』を、出し切ったような感覚。
 妃はベッドに腰掛けて、終始笑顔で賢一を見下ろしていた。
「ヤンキーでも、優等生でもないんだな。知ってるの俺だけだったら、なんか嬉しいし」

 賢一は、妃に引き込まれた。
 妃と交わることが、自分の中の苛立ちや不安を解消する手段となっていた。
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