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第一部
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唯香は、朝から小川美希がやらかしたミスの対応に追われ、自分自身の仕事が再三妨害された。何か不穏な空気が立ち込め始めると宇野沢は忽然と姿を消す。こんな無責任なヤツが自分の何倍もの給与を手にしているのだと思うと忽ちモチベーションが下がる。小川の所為で昼休みの時間をまるまる奪われた唯香は、午後二時過ぎに、
「私、今からお昼休みもらうから、私宛に電話がかかってきたら、会議で席を外しているから戻り次第折り返しますって言ってもらえる?」
と、新人社員の高部に言付けして席を外した。
トイレの個室に入り、便座に腰を下ろした唯香の口から思わず安堵のため息が漏れた。社内に於いて、唯香が息抜きをできる唯一の場所だ。できれば、このまま、この個室に身を隠し今日一日をやり過ごしたいと思った。
(アイツら、皆、困ればいいんだ)
突然火の粉が自分の身の上に降りかかり、あたふたする宇野沢の姿を妄想し、ほんの少しだけ気が紛れたが、洗面台で手を洗い、鏡に映し出された自分の顔を見て、現実世界へと引き戻された。手入れの行き届いていない肌は荒れ、鼻の両脇から唇の両端にはくっきりとほうれい線が刻まれていた。仕事と生活の疲れが、元・ミスキャンパスの美貌をじわじわと蝕んでいく恐怖に襲われ、思わず、鏡から目を逸らした。
(いったい、私の人生はどこで狂ってしまったんだろう?)
社員休憩室で、朝、コンビニで買ってきたサンドウィッチを一口齧ったところで、胃がキリキリと痛み出した。鮮度を失いつつある野菜サンドを半分だけ口に押し込み、ミネラルウォーターで胃に無理矢理流し込み、掛かり付けの病院で処方されている胃腸薬と抗うつ剤を続けざまに流し込んだ。
『この前の胃の内視鏡検査の結果ね、検査中にも言ったとおり、何の異常もありませんでした。ストレス性胃炎ですね。あなたの胃痛の原因は百パーセントストレスが原因だから、まあ、上手くストレスと付き合ってくださいね。イライラを落ち着けるお薬も一緒に出しておきますから、これで、しばらく様子見てくださいねえ』
唯香は、メンタルクリニックの医師に言われた言葉を思い出していた。
(この痛みの原因がストレス? この痛みの原因が小川?)
唯香は、小川ごときに振り回されている自分に対しても苛立ちを感じた。喉元を通り過ぎた錠剤が体内の温度でゆっくりと溶けていき、胃の粘膜に刺さった薔薇の棘のようなものを削り取り、なだらかに修復していくような、そんな感じがした。この“棘”を“小川”に例えるなら、誰か、自分の“薬”になって闘ってくれる人はいるのだろうか? そんなことを考えながら、唯香は、バッグの中から煙草を取り出し喫煙所へと向かった。よく、この場所で仕事をサボっているらしい宇野沢の姿がないことを確認し、ドアを開けた。
「私、今からお昼休みもらうから、私宛に電話がかかってきたら、会議で席を外しているから戻り次第折り返しますって言ってもらえる?」
と、新人社員の高部に言付けして席を外した。
トイレの個室に入り、便座に腰を下ろした唯香の口から思わず安堵のため息が漏れた。社内に於いて、唯香が息抜きをできる唯一の場所だ。できれば、このまま、この個室に身を隠し今日一日をやり過ごしたいと思った。
(アイツら、皆、困ればいいんだ)
突然火の粉が自分の身の上に降りかかり、あたふたする宇野沢の姿を妄想し、ほんの少しだけ気が紛れたが、洗面台で手を洗い、鏡に映し出された自分の顔を見て、現実世界へと引き戻された。手入れの行き届いていない肌は荒れ、鼻の両脇から唇の両端にはくっきりとほうれい線が刻まれていた。仕事と生活の疲れが、元・ミスキャンパスの美貌をじわじわと蝕んでいく恐怖に襲われ、思わず、鏡から目を逸らした。
(いったい、私の人生はどこで狂ってしまったんだろう?)
社員休憩室で、朝、コンビニで買ってきたサンドウィッチを一口齧ったところで、胃がキリキリと痛み出した。鮮度を失いつつある野菜サンドを半分だけ口に押し込み、ミネラルウォーターで胃に無理矢理流し込み、掛かり付けの病院で処方されている胃腸薬と抗うつ剤を続けざまに流し込んだ。
『この前の胃の内視鏡検査の結果ね、検査中にも言ったとおり、何の異常もありませんでした。ストレス性胃炎ですね。あなたの胃痛の原因は百パーセントストレスが原因だから、まあ、上手くストレスと付き合ってくださいね。イライラを落ち着けるお薬も一緒に出しておきますから、これで、しばらく様子見てくださいねえ』
唯香は、メンタルクリニックの医師に言われた言葉を思い出していた。
(この痛みの原因がストレス? この痛みの原因が小川?)
唯香は、小川ごときに振り回されている自分に対しても苛立ちを感じた。喉元を通り過ぎた錠剤が体内の温度でゆっくりと溶けていき、胃の粘膜に刺さった薔薇の棘のようなものを削り取り、なだらかに修復していくような、そんな感じがした。この“棘”を“小川”に例えるなら、誰か、自分の“薬”になって闘ってくれる人はいるのだろうか? そんなことを考えながら、唯香は、バッグの中から煙草を取り出し喫煙所へと向かった。よく、この場所で仕事をサボっているらしい宇野沢の姿がないことを確認し、ドアを開けた。
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