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第一幕 松永清花『反省文』3
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「泥団子事件」以降、私は、悠介と二人で過ごす時間を綾芽に奪われた。何かにつけて私と悠介の間に割って入ってくる綾芽を、悠介は快く受け入れ、私は偽りの笑みを浮かべながら心の中では拒絶していた。そして気付けば、私と悠介と綾芽が一緒に過ごす時間は日常的なこととなり、初めの頃、彼女が使っていた「私も、一緒にお喋りしていい?」という断りの言葉も不要なものとなっていた。「泥団子事件」で、嫌われ者の勝太を返り討ちにした勇敢なお嬢様の噂はあっという間に子どもたちの間に伝わり、綾芽は、近所の子どもたちの間で大変な人気者となった。「泥団子事件」で苦い思いをした綾芽は、幼いながらに、郷に入っては郷に従うべきだと肌で感じたのだろう。この地に入ってすぐの頃身に纏っていた高価なワンピースは一切着ることがなくなり、ファストファッションのお店で購入した、見るからに安っぽい服を着るようになった。しかし、どんな安物の布も、彼女が生まれ持った気品や美しさまで隠しきることはできなかった。年齢が上がるにつれ、綾芽の美しさには増々磨きがかかり、中学校に入学する頃には、芸能事務所からスカウトを受けることも、彼女にとっては日常生活の一部となっていた。
綾芽の父である北原陸斗は世界有数の大企業の役員であり、母の北原紫は、ネイルの会社を自ら経営しているということを知ったのは、私が、小学校六年生の時だ。その頃、綾芽は、進学先中学校について悩んでいた。
「ねえ、清花。私、清花や悠介と同じ、公立の中学校に進学したいのに、パパとママに反対されているの」
綾芽から相談を受けた時、私の中でずっと燻っていた疑問に火が点いた。そもそも、彼女のようなお嬢様が、こんな下町の公立の小学校に居ること自体不自然なことではないのか、と。同時に、私の中で、猜疑心が芽生えた。彼女が一緒に居たいのは、私ではなく、悠介なのではないか、と。
「綾芽は、どうして、そこまでして私や悠介に拘るの? 綾芽が私立の中学校に進学したからって、私たち三人の絆が弱まったりするのかなあ? 私は、綾芽のパパやママが言う通り、私立の中学校に進学するべきだと思うけどな。だって、綾芽みたいなお金持ちのお嬢様が、わざわざ親の反対を押し切ってまで公立の学校に進学するなんて、変だもの」
そう言うと、綾芽は、
「ずっと、三人で一緒に居たいって思うのは、悪いことなのかなあ」
と、寂しそうな表情をした。
私は、悠介と一緒に、北原邸に招かれた時のことを思い出していた。綾芽のお母さんは、私たちの想像以上に美しい人だった。元のつくりが良い上に、髪先から指先まで手入れが行き届いており、キラキラと輝いていた。彼女は、私たちと接している間、終始優しい笑みを絶やさなかったが、その瞳が少しも笑っていないことに気付いたのは私だけで、悠介は、綾芽のお母さんに対しても良い印象を抱いているようだった。今まで見たことがないような高級な洋菓子を振舞われ、私は、母に持たされた地元の商店街で買った饅頭を、バッグの奥底にそっと忍ばせた。おそらく、綾芽のお母さんは、愛する一人娘の友人として、私たちが、「分相応」でないことを身をもって知らしめるために私たちを「白亜の城」に招いたのだろうと思う。
結論から言うと、綾芽は、両親の反対を押し切って、私たちと同じ都立中学へと進学した。我が強い子だとは感じていたが、流石にここまで強情だとは思わなかった。初っ端から歪んでいたトライアングルは、この頃になると、熱を帯び、ぐにゃりぐにゃりとその原型を維持できなくなっていた。正直、私は、この頃のことをよく憶えていない。心の深層で埃をかぶっている「パンドラの箱」をこじ開けようとすると、激しい眩暈と吐き気に襲われ、頭を鈍器で強打されたような強烈な痛みを伴うのだ。そんな私の事情もあり、中学校時代のことを、書き留めることはご容赦いただきたいのです。
綾芽の父である北原陸斗は世界有数の大企業の役員であり、母の北原紫は、ネイルの会社を自ら経営しているということを知ったのは、私が、小学校六年生の時だ。その頃、綾芽は、進学先中学校について悩んでいた。
「ねえ、清花。私、清花や悠介と同じ、公立の中学校に進学したいのに、パパとママに反対されているの」
綾芽から相談を受けた時、私の中でずっと燻っていた疑問に火が点いた。そもそも、彼女のようなお嬢様が、こんな下町の公立の小学校に居ること自体不自然なことではないのか、と。同時に、私の中で、猜疑心が芽生えた。彼女が一緒に居たいのは、私ではなく、悠介なのではないか、と。
「綾芽は、どうして、そこまでして私や悠介に拘るの? 綾芽が私立の中学校に進学したからって、私たち三人の絆が弱まったりするのかなあ? 私は、綾芽のパパやママが言う通り、私立の中学校に進学するべきだと思うけどな。だって、綾芽みたいなお金持ちのお嬢様が、わざわざ親の反対を押し切ってまで公立の学校に進学するなんて、変だもの」
そう言うと、綾芽は、
「ずっと、三人で一緒に居たいって思うのは、悪いことなのかなあ」
と、寂しそうな表情をした。
私は、悠介と一緒に、北原邸に招かれた時のことを思い出していた。綾芽のお母さんは、私たちの想像以上に美しい人だった。元のつくりが良い上に、髪先から指先まで手入れが行き届いており、キラキラと輝いていた。彼女は、私たちと接している間、終始優しい笑みを絶やさなかったが、その瞳が少しも笑っていないことに気付いたのは私だけで、悠介は、綾芽のお母さんに対しても良い印象を抱いているようだった。今まで見たことがないような高級な洋菓子を振舞われ、私は、母に持たされた地元の商店街で買った饅頭を、バッグの奥底にそっと忍ばせた。おそらく、綾芽のお母さんは、愛する一人娘の友人として、私たちが、「分相応」でないことを身をもって知らしめるために私たちを「白亜の城」に招いたのだろうと思う。
結論から言うと、綾芽は、両親の反対を押し切って、私たちと同じ都立中学へと進学した。我が強い子だとは感じていたが、流石にここまで強情だとは思わなかった。初っ端から歪んでいたトライアングルは、この頃になると、熱を帯び、ぐにゃりぐにゃりとその原型を維持できなくなっていた。正直、私は、この頃のことをよく憶えていない。心の深層で埃をかぶっている「パンドラの箱」をこじ開けようとすると、激しい眩暈と吐き気に襲われ、頭を鈍器で強打されたような強烈な痛みを伴うのだ。そんな私の事情もあり、中学校時代のことを、書き留めることはご容赦いただきたいのです。
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