57 / 66
第三幕 第十場2
しおりを挟む綾芽が再び現れたのは、推定で二月十一日の夜。美咲が監視担当の時間帯だった。
「どう? ここでの暮らしには慣れた? ちょっと暖房の効きが悪くて寒いかもだけど、ベッドはあるし、トイレもあるし、食事の提供もあるし、中々快適でしょう?」
清花は、無言で綾芽を睨んだ。
「そんなに怖い目で睨まないでよ。私に会えなくて寂しかった? ごめんねえ。ずっと、海外で仕事してたのよ。今、ロンドンの若者の間で大人気のガールズバンドのツアーに同行してたの。エルシーだかメルシーだか知らねえけど、あの生意気なガキ、私のネイルアートにいちゃもんつけて、SNSで散々私の悪口拡散しやがって!」
清花の目の前にいる綾芽は、清花が知っている綾芽とは別人のようだった。ああ、この女も欠陥品だったのか、と清花は思った。
「美咲、悪いんだけど、ちょっと外してくれる?」
「わかりました」
そう言って、美咲は、箱から出て行った。
ベッドの端に腰掛けていた清花を押し倒し、仰向けの体勢になった清花の上に馬乗りになった綾芽は、太腿で清花を挟み押さえつけ、腕を交互に振り上げては叩き付け、振り上げては叩き付け、殴り続けた。パイプベッドが振動でギシギシと悲鳴を上げた。清花の視界には薄墨色が一面に広がっているだけだった。痛みも感情もない。もしかしたら、自分の前世はサンドバッグだったのかもしれないな、と思ったら、思わず、笑いが込み上げてきた。
「何笑ってんのよ? 頭おかしいんじゃないの?」
「いや、ね。綾芽って優しいんだなあって思って」
「ハッ? 何意味わかんないこと言ってるの?」
「だって、手加減してくれてるでしょう? もしかして、誰かに継続的に暴力受けた経験とかあったりする? なんて。温室のお嬢様育ちの綾芽さまに限ってそんなこと有り得ないよね」
綾芽の目の前に、幼少期に実母から執拗に受けた虐待の映像が鮮明に映し出された。頭が割れてしまうのではないかと思うほどの激しい頭痛と吐き気が綾芽を襲った。綾芽は、清花を転がすようにしてベッドから降り、トイレに向かった。嘔吐する苦しそうな音が清花の耳に届いた。トイレから戻って来た綾芽の顔は蒼白く、死を間近に控えた人のようだった。
「興が醒めたわ。少しは私のストレスのはけ口になってくれると思ったのに。流石に、DV慣れした人はメンタルが鋼ね。今日は私、本当は別件で来たのよ。アンタ、何もすることなくて暇だろうから、宿題を出してあげるわ」
「宿題?」
「そうよ」そう言って、綾芽は、テーブルの上に十冊のキャンパスノートをばさっと置いた。ノートの表紙には『反省文』という表題と通し番号が書かれていた。
「なんなの、これ?」
「表題のとおりよ。子どもの頃、親や学校の先生に書かせられなかった? まあ、私は良い子だったから書いたことないけどね。いちおう、『反省文』って書いたけど、テーマに沿った内容が書かれていれば、それが、フィクションであってもノンフィクションであっても構わないわ。嘘でも、願望でも、妄想でも、あなたが好きなように書いたらいいわ。私はすべてに目を通すけど、その内容が真っ赤な嘘であっても、私は赤を入れたり書き直しを要求したりしない。約束するわ」
「なんか良くわからないけど、いいわよ。退屈で死ぬところだったから丁度いいわ。で、テーマは何なの?」
「『私と、悠介と、綾芽』。私小説を書くつもりで、幼少期からあなたが憶えていることすべて書いてちょうだい。ただし、私と九年ぶりに再会の約束をするところまで。それ以降のことを書いたら、すべて跡形もなく証拠隠滅するからよろしくね」
「わかったわ。私があなたに殺されたら、出版されるのかしら?」
「アンタって、本当、弱っちいんだかタフなんだか良くわからない女よね。じゃあ、私、帰るけど……ひとつだけ忠告! 変な気だけは起こさないでね。私、バッドエンドのお話は好きじゃないの。じゃあね!」
そう言って綾芽は部屋から出て行った。その日を契機に、綾芽はストレスが溜まる度にこの部屋に来て清花を殴った。辛いのは殴られている清花の方なのに、何故か綾芽はいつも苦しそうな表情をして清花を傷めつけていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。
四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……?
どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、
「私と同棲してください!」
「要求が増えてますよ!」
意味のわからない同棲宣言をされてしまう。
とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。
中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。
無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる