奈落にて咲き、散る

喜島 塔

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第三幕 第十場2

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 綾芽が再び現れたのは、推定で二月十一日の夜。美咲が監視担当の時間帯だった。
「どう? ここでの暮らしには慣れた? ちょっと暖房の効きが悪くて寒いかもだけど、ベッドはあるし、トイレもあるし、食事の提供もあるし、中々快適でしょう?」
 清花は、無言で綾芽を睨んだ。
「そんなに怖い目で睨まないでよ。私に会えなくて寂しかった? ごめんねえ。ずっと、海外で仕事してたのよ。今、ロンドンの若者の間で大人気のガールズバンドのツアーに同行してたの。エルシーだかメルシーだか知らねえけど、あの生意気なガキ、私のネイルアートにいちゃもんつけて、SNSで散々私の悪口拡散しやがって!」
 清花の目の前にいる綾芽は、清花が知っている綾芽とは別人のようだった。ああ、この女も欠陥品だったのか、と清花は思った。
「美咲、悪いんだけど、ちょっと外してくれる?」
「わかりました」
 そう言って、美咲は、箱から出て行った。

 ベッドの端に腰掛けていた清花を押し倒し、仰向けの体勢になった清花の上に馬乗りになった綾芽は、太腿で清花を挟み押さえつけ、腕を交互に振り上げては叩き付け、振り上げては叩き付け、殴り続けた。パイプベッドが振動でギシギシと悲鳴を上げた。清花の視界には薄墨色が一面に広がっているだけだった。痛みも感情もない。もしかしたら、自分の前世はサンドバッグだったのかもしれないな、と思ったら、思わず、笑いが込み上げてきた。
「何笑ってんのよ? 頭おかしいんじゃないの?」
「いや、ね。綾芽って優しいんだなあって思って」
「ハッ? 何意味わかんないこと言ってるの?」
「だって、手加減してくれてるでしょう? もしかして、誰かに継続的に暴力受けた経験とかあったりする? なんて。温室のお嬢様育ちの綾芽さまに限ってそんなこと有り得ないよね」
 綾芽の目の前に、幼少期に実母から執拗に受けた虐待の映像が鮮明に映し出された。頭が割れてしまうのではないかと思うほどの激しい頭痛と吐き気が綾芽を襲った。綾芽は、清花を転がすようにしてベッドから降り、トイレに向かった。嘔吐する苦しそうな音が清花の耳に届いた。トイレから戻って来た綾芽の顔は蒼白く、死を間近に控えた人のようだった。
「興が醒めたわ。少しは私のストレスのはけ口になってくれると思ったのに。流石に、DV慣れした人はメンタルが鋼ね。今日は私、本当は別件で来たのよ。アンタ、何もすることなくて暇だろうから、宿題を出してあげるわ」
「宿題?」
「そうよ」そう言って、綾芽は、テーブルの上に十冊のキャンパスノートをばさっと置いた。ノートの表紙には『反省文』という表題と通し番号が書かれていた。
「なんなの、これ?」
「表題のとおりよ。子どもの頃、親や学校の先生に書かせられなかった? まあ、私は良い子だったから書いたことないけどね。いちおう、『反省文』って書いたけど、テーマに沿った内容が書かれていれば、それが、フィクションであってもノンフィクションであっても構わないわ。嘘でも、願望でも、妄想でも、あなたが好きなように書いたらいいわ。私はすべてに目を通すけど、その内容が真っ赤な嘘であっても、私は赤を入れたり書き直しを要求したりしない。約束するわ」
「なんか良くわからないけど、いいわよ。退屈で死ぬところだったから丁度いいわ。で、テーマは何なの?」
「『私と、悠介と、綾芽』。私小説を書くつもりで、幼少期からあなたが憶えていることすべて書いてちょうだい。ただし、私と九年ぶりに再会の約束をするところまで。それ以降のことを書いたら、すべて跡形もなく証拠隠滅するからよろしくね」
「わかったわ。私があなたに殺されたら、出版されるのかしら?」
「アンタって、本当、弱っちいんだかタフなんだか良くわからない女よね。じゃあ、私、帰るけど……ひとつだけ忠告! 変な気だけは起こさないでね。私、バッドエンドのお話は好きじゃないの。じゃあね!」
 そう言って綾芽は部屋から出て行った。その日を契機に、綾芽はストレスが溜まる度にこの部屋に来て清花を殴った。辛いのは殴られている清花の方なのに、何故か綾芽はいつも苦しそうな表情をして清花を傷めつけていた。
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