憂悶日和

喜島 塔

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 今日はメンタルクリニックに行く日だ。ぶっちゃけ、ものすごく面倒くさい。早朝からノベルのお世話をしただけで、三日分くらい疲れてしまった。できることなら、外になんて出たくないし人と話すのも億劫だ。顔を洗って、歯を磨いて、髪を梳かして、着替えをして……嗚呼、考えただけで、ぐったりとしてしまった。それでも、私は行かなければならない。雨が降ろうが槍が降ろうが人間が降ろうが空が堕ちてこようが。薬漬けに成ってしまった私は、薬を切らすことが何よりも恐ろしい。違法の薬物に心身を蝕まれた人間の禁断症状がどのようなものなのか、大昔にテレビで観た記憶が薄っすらと残っているけれども、合法の薬を切らした場合もあれに近い症状が出てしまうのかしら? 考えただけでおそろしくて、おそろしくて、私はぶるっと身震いをした。仕方なく、私は、重い腰を上げる。急勾配の階段の数を数えながら一階の洗面所へと向かう。私はこの階段のことを、この家に移り住んでからずっと地獄へと続く階段だと思っている。何故って? この階段の段数は十三だから。絞首刑になった死刑囚は十三階段を下って行くらしい。最期まで下りきると上からぶら下がっている縄に首が挟まって床が抜ける仕組みになっているらしい。上っていくものだとばかり思っていたけれど実際は逆で、咎人は天に近付いたらいけないんだってさ。だから、私は、我が家の十三階段を上るときは『ゴルゴタの丘』、下りるときは『十三階段』って心の中で呼んでいるんだ。どっちにしても、死ぬのだけれどもね。それにしても、この家の設計したの誰だよ? 十三なんて縁起が悪いったらありゃしない。『ゴルゴタの丘』つまり天国、『十三階段』つまり地獄なわけだけれど、どちらかを選べって強要されたら、そりゃ『十三階段』だよね。人間の贖罪を背負って死んでいったキリスト様の死に様の方がどう考えたってキツそうだもの。絞首刑なら長くても十分であの世行きか? 
「いーち、にー、さん……じゅういち、じゅうにー、じゅーさんっ!」
 と言って、私は最後の一段を勢い良く踏みしめる。執行室じゃないから、私の重みで踏み板が落ちることはないけれど、経年劣化で弛んだ床が自重で物理的に落ちたら、そこは地獄への入口へと繋がっているんじゃないか? なんて考えながら、洗面所で顔を洗う。そもそも、天国とか地獄とかってあるのかしらね? この世に生を宿して生きることこそ地獄だと思うけれどもね。生まれてきて良かったとか、産んでくれた親に感謝、なんて本気で思っている人って約八十一億人の世界人口のうちの何パーセントくらいいるのかね? 甚だ疑問。両親が起床したらしい。居間の方からテレビの雑音が聴こえる。台所の冷蔵庫に氷を取りに行くには居間を横切らなくてはならないので、仕方なく居間のドアを開ける。父親がソファに寝そべりながらリモコンでくるくると番組を変えている。ニュース、テレビショッピング、バラエティ番組、ドラマ……忙しなく画面が変わる。癖なのだろう。何故、ひとつの番組を観続けることができないのか? 特に観たい番組がないのなら、いっそのこと、テレビなんて観なけりゃいいのに。苛々が増す。殺人事件ばかり報じているニュース番組も、三門芝居みたいなテレビショッピングも、メシ屋情報ばかりのバラエティ番組も、知らない俳優が主演を務めるベタな恋愛ドラマも、どれもつまらなく、一ミリも興味が湧かない。テレビをハンマーで叩き壊したくなる。その方が、余程楽しそうだ。母は、父が観ているテレビに興味がないようで、鏡を見ながら化粧をしている。化粧なんてしたところで何も変わりゃしないのにね。私は透明人間みたいに気配を消して居間を通り過ぎようと試みたのだけれど作戦失敗。
「今日、病院の日だっけ? お母さん、山田さんたちと出掛けるけど大丈夫?」
 母が話し掛けてきた。鬱陶しい。「大丈夫?」って何が? と、心の中で毒づく。母が心配しているのは、多分、車のことだ。厳密に言うと、敷地内の駐車場から車をバックで出すことを心配しているのだろう。階段にしても間取りにしても、この家の設計は間違いだらけだ。二階にはクローゼット部分を含めると約十畳の洋室と六畳の和室と三畳ほどの納戸がある。本当なら、洋室八畳、和室八畳になる筈だった間取りがミスなのか何か知らないけれども、洋室の方が二畳ほど広くなってしまった。洋室は私の部屋だから、結果オーライになるのだが、駐車場の方はよろしくない。本当なら普通乗用車三台くらいは余裕で駐車できる設計だったのだが、庭が無駄に広くなってしまい駐車スペースが狭くなってしまった。軽乗用車を二台斜めにして駐車したら満車となる狭さだ。自宅前の道路は時間帯によっては、それなりに交通量が多くて、しかも、そこそこのスピードを出しているから頭から突っ込むことが多い。そんな事情で、出掛ける時は必然的にバックで出るしかないのだが、バックモニタ―がない襤褸車では心配らしく、私が出掛ける時は、頼んでもいないのに、何処からともなく母が家の外に出て来て、
「オーライ、オーライ、ストーップ!」
 などと、ガソリンスタンドのスタッフさながらの明朗さと慎重さでもって、やっているのだから苦笑してしまう。ペーパードライバーのくせに。私は、
「じゅうぶんに気を付けて出るから大丈夫」
 と、ぼそりと独りごちるみたいに答えた。二年くらい前までは、下手くそなりに、父親が車を運転することができたので、私が自分の用事以外で車の運転を頼まれることは滅多になかったのだけれども、父親の持病が悪化し認知機能も低下し免許を返納してからというもの、何かと母に車出しを頼まれるようになった。難病でうつ病で気難しい私に頼み事をするのは気が引けるらしく、なるたけ、お友達や姉妹と遊びに行った帰りにスーパーなどに立ち寄ってもらったりしているようだけれども、それでも、以前よりは面倒な頼まれごとが増えた。面倒臭い。自分のことで、いっぱいいっぱいなのに。これから先、両親も私も、もっと年老いていく。申し訳ないが、介護なんて、まっぴらごめん。私は、親の介護要員として生まれてきたわけじゃないのだから。本当に、何のために、人間は、子供を産むのだろう? 子孫繁栄? 糞くらえ! 世界中の人間が全員、生涯おひとり様になって、人類なんて滅亡すればいいと思う。それか、地球を吹き飛ばすような巨大隕石が直撃して地球なんて粉々に砕け散って無数のお星さまになっちゃえばいいのに。権力も、財力も、嫉妬も、苦悩も、承認欲求も、序列も、憎悪も、悲哀も……みーんな、きれいさっぱり大掃除。血の色をしたお星さまが無数に闇夜を照らすんだろうなあ。見てみたいけれども、その時は、私も、ちっぽけな塵芥みたいなお星さまになっているだろうから、見ることはできないね。残念、無念。
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