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第四章
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それでも、過去の呪縛はしつこく俺に纏わりつき、自分の分身である兄の存在から完全に解き放たれることはなかった。その頃の泉は『慧都音楽大学附属高等学校』に難なく進学し、国内では敵なしと言われ、海外でも少しずつ、その名を広め始めていた。以前にも増して、マスメディアは谷村泉を取り上げ、クラシック業界以外のメディアも、こぞって彼を取り上げ始めたので、泉の存在はクラシック音楽に興味がない人々にも徐々に知られるところとなっていた。当然、一卵性双生児で同じ顔をした同じ谷村性を持つ俺の存在は周囲の者たちの気になるところとなっていった。クラスの奴らがこそこそと噂話をしているのは知っていたが、本人に訊いてはいけないというデリケートなオーラを俺が纏っていたためか、直接訊いてくる勇者はいなかった。
最初の勇者は、当時付き合っていた彼女だった。“彼女”という称号は、自分は他の者たちとは違う特別な存在だという傲慢な感情を抱かせ、“彼女”である自分は、彼氏である相手の過去をも含めた全てを知らなくてはならないという、勘違いも甚だしい、はた迷惑な義務感を彼女に背負わせてしまったようだ。
「ねえ、舜くんって双子の兄弟とかいる?」
バンドの一ファンから彼女に成り上がったモモカさんは俺より三歳年上だったが、童顔で小動物系の顔は、どこかあどけない雰囲気を漂わせていた。
「どうして、そんなこと訊くの?」
「だって、これ観てよ。舜くんと同じ顔だもん。苗字も同じだし」
モモカさんは、キラキラにデコレーションされたピンク色のスマートフォンをグッチのバッグから取り出し、YouTubeの動画を俺の目の前で再生して見せた。それは『ヴィクトール国際ピアノコンクール』セミファイナルでの泉の演奏動画だった。ショパンのエチュードOp.10-12『革命』、ラヴェルの『水の戯れ』、ドビュッシーの『版画』より第1曲『塔』、『喜びの島』、ラフマニノフのエチュード『音の絵』よりOp.39-5……
全ての演奏が凄すぎて、俺はただただ圧倒された。それは、コンテスタントの演奏というよりは“ピアニスト 谷村泉”としての圧巻のステージだった。幼い頃、母に褒めてもらったショパンの『革命』。俺はこれほどの『革命』を弾くことはできない。もう、俺はピアノが弾けない。もう、俺は母さんに褒めてもらうことができない。我ながら、後ろ向きで惨めったらしい自分に嫌気が差した。その翌日、俺はモモカさんに別れを告げた。なぜフラれてしまったのか理由が全くわからないモモカさんは、まるで幼子のようにワンワン泣いた。可哀想だとは思わなかった。もう、何もかもが面倒になったのだ。
「泉が居ない世界に行きたい……」
そう小さく呟いた声は、モモカさんには聴こえなかったようだった。
最初の勇者は、当時付き合っていた彼女だった。“彼女”という称号は、自分は他の者たちとは違う特別な存在だという傲慢な感情を抱かせ、“彼女”である自分は、彼氏である相手の過去をも含めた全てを知らなくてはならないという、勘違いも甚だしい、はた迷惑な義務感を彼女に背負わせてしまったようだ。
「ねえ、舜くんって双子の兄弟とかいる?」
バンドの一ファンから彼女に成り上がったモモカさんは俺より三歳年上だったが、童顔で小動物系の顔は、どこかあどけない雰囲気を漂わせていた。
「どうして、そんなこと訊くの?」
「だって、これ観てよ。舜くんと同じ顔だもん。苗字も同じだし」
モモカさんは、キラキラにデコレーションされたピンク色のスマートフォンをグッチのバッグから取り出し、YouTubeの動画を俺の目の前で再生して見せた。それは『ヴィクトール国際ピアノコンクール』セミファイナルでの泉の演奏動画だった。ショパンのエチュードOp.10-12『革命』、ラヴェルの『水の戯れ』、ドビュッシーの『版画』より第1曲『塔』、『喜びの島』、ラフマニノフのエチュード『音の絵』よりOp.39-5……
全ての演奏が凄すぎて、俺はただただ圧倒された。それは、コンテスタントの演奏というよりは“ピアニスト 谷村泉”としての圧巻のステージだった。幼い頃、母に褒めてもらったショパンの『革命』。俺はこれほどの『革命』を弾くことはできない。もう、俺はピアノが弾けない。もう、俺は母さんに褒めてもらうことができない。我ながら、後ろ向きで惨めったらしい自分に嫌気が差した。その翌日、俺はモモカさんに別れを告げた。なぜフラれてしまったのか理由が全くわからないモモカさんは、まるで幼子のようにワンワン泣いた。可哀想だとは思わなかった。もう、何もかもが面倒になったのだ。
「泉が居ない世界に行きたい……」
そう小さく呟いた声は、モモカさんには聴こえなかったようだった。
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