片翼を失ったピアニスト

喜島 塔

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第七章

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「はっ? 何が? 誰が? 俺が?」
 俺は、マユリが発した言葉の意味を理解することが出来ずに眉間にシワを寄せた。
「クリステル、だよ」
 クリステルというのは、高嶺店長がアナウンサーの滝川クリステルさんに似ていることから影で呼ばれている渾名だ。店長のことを好いているスタッフたちは、憧れや敬意の気持ちを込めて、嫌っているスタッフたちは、悪意を込めて、この渾名を呼ぶ。マユリは、明らかに後者だ。
「店長が、何?」
「あの女、私たちの仲が妬ましくて、わざとやってるんじゃない?」
 ああ、そういう意味の「わざとじゃない?」ね……俺は、どうでもいいところで妙に納得させられた。
「くだらねえ。そんなわけないだろう? バカバカしい!」
(また、始まったよ……めんどくせえ……)
 俺は、呆れ顔で、二本目のセッターに火を点けた。
「く……くだらなくなんかないよ! 二十九日、他にも休み希望出している人いたでしょう? なんで舜が出勤しなくちゃいけないの? 他の誰かでもいいじゃん!」
「それは……俺が、副店長……」
「違うっ!」
 マユリは、容赦なく、俺の言葉を遮断した。嫉妬の炎に包まれた彼女には、先程まで演じていた健気な女の面影は微塵もない。
「あのさあ……オマエ、店長の話になると、すげえムキになるけど、ちょっと頭冷やして考えてみろって! 店長は、俺達が付き合っていることなんて知らない筈だろ? ショップ内で俺たちのこと知ってるのって、北澤だけだろ? アイツは、性格的に、他のヤツにベラベラ言いふらしたりしないだろ? そういうことには無関心みたいだしな。オマエだって北澤のこと信用してるからこそ話したんだろう? 」

 北澤沙都きたざわ さとは、マユリと同い年で、彼女と一週間違いでアルバイトスタッフとして入社したスタッフで、マユリとは、ほぼ同期だ。気が強く曲がったことが大嫌いで、自分が正しいと思ったことは、どんなに言いにくいことでもズバズバ言葉にする沙都。エゴが強く、性格が歪んでいて、プライドが高いマユリ。協調性が欠如しているが故に孤立しがちな二人は、奇跡的に馬が合ったようだ。
「……してくれればいいのに」
「はっ? 声小さくて聴こえねえよ!」
「バラしてくれればいいのに! クリステルにも、ショップ内のスタッフにも、他のショップの人たちにも、日本中の……ううん……世界中の人たちに、私たちが付き合っているってことを知らしめてやりたい! 私たちのこと……誰にも邪魔させないっ!」
 彼女の目は完全にイカれている。俺は、怒りを通り越して完全にドン引きした。そして、怒り狂った彼女の姿にギョッとして、俺はいつか、コイツに刺されるんじゃないかという恐怖心から身震いした。
「あのさ……なんで、皆に秘密にしているかって? オマエわかってるよね? 渡部店長と三浦さおりの件、忘れたわけじゃないよな?」
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