片翼を失ったピアニスト

喜島 塔

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第八章

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 翌日、俺は『マダム・シェリー』の坂東店長を訪ねることにした。俺は、南加子さんからコピーしてもらった『マダム・シェリー』の六月のシフトをバッグから取り出し、明日、坂東店長が遅番で出勤していることを確認した。

 翌日は、俺も遅番で、俺の一番休憩(お昼休憩)が回ってきたのは十五時少し前だった。
 俺が『マダム・シェリー』の店舗に足を運ぶのは初めてのことだった。『ma couleur』から五分ほど歩いたところに『マダム・シェリー』はある。途中、南加子さんと初めて二人で話をした噴水前を通った時、なぜか、このまま二人は引き離されてしまうような予感がして、俺は、ノスタルジックな気分に陥った。セルリアンブルーの空、水飛沫を上げる噴水、ラヴェルの『水の戯れ』、舞い踊る噴水の向こう側にゆらゆらと揺らめいて見える長い黒髪の女性、憂いを帯びた表情をした南加子さん……たった二ヶ月前のことなのに、遠い昔のことのように感じられる。
(郷愁に誘われている場合じゃないだろうが!)
 俺は、そう自分に言い聞かせた。

『マダム・シェリー』の店頭では、二十代後半くらいのダークブラウンのボブカットの女性販売員が、六十歳代くらいの御婦人に付いて懸命に接客をしていた。店頭にはもう一人、二十歳代前半くらいの茶髪の巻髪の女性店員がいて、不慣れな手付きでカットソーの、おたたみをしていた。俺は、その若い店員に、
「坂東店長にお会いしたいのですが、店長はいらっしゃいますか?」
 と声を掛けた。彼女は、ポッと頬を赤らめて、
「はい。店長でしたら、バックヤードにいます?……おりますので、少しお待ちくださいませ」
 と、不慣れそうな敬語でそう言って、バックヤードに通じるドアへと向かって行った。もしかしたら、彼女は、二十歳代前半どころか、下手したら十代かもな……何を好き好んで、こんな年齢層の高いショップを選んだんだろう……などと、余計なお世話だとは思いながらも、そう思わずにはいられなかった。程なくして、坂東店長が、黒の無地のカットソーにモノトーンの花柄のマキシ丈のスカートという出で立ちで店頭に現れた。引き締め効果のある黒を基調にしたファッションで体型を誤魔化そうとしているのだろうが、効果は薄いようだ。
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