片翼を失ったピアニスト

喜島 塔

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第八章

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「あらあ! 谷村副店長! うちのショップにいらしてくださるなんて嬉しいわ! プレゼントか何かをお探しかしら?」
 坂東店長はいつもどおり、ハイテンションだ。
「あっ、いえ……いつもうちの店の売上に貢献して頂いているのに申し訳ないのですが……今日は、坂東店長にお訊きしたいことがあって参りました」
 一瞬、坂東店長の表情が曇ったのを俺は見逃さなかった。
「それは、長くなりそうな話かしら?」
「ええ……まあ……場合によっては少しお時間を頂戴することになるかも知れません」
「わかったわ……ちょっとお待ち下さいね」
 坂東店長は、先程の若いスタッフに何やら指示を出しているようだ。
「お待たせしました。こちらへどうぞ」
 坂東店長は、俺をバックヤードへと案内した。『マダム・シェリー』のバックヤードスペースは、かなり広めに設計されていた。ストックスペースにも余裕があり、きちんと整理整頓されているので、これなら在庫確認でお客様を長くお待たせすることもないんだろうなあと感心した。そして、俺が案内されたスタッフ用の休憩スペースには、六人掛けの広いテーブルセット、冷蔵庫に電子レンジ、電気ポットまで完備されている。そして、スタッフ一人一人に充てがわれた大きめの鍵付きのロッカー……各スタッフのロッカーにはネームプレートが挟んであるが、南加子さんが使用していたであろうロッカーのネームプレートはすでに外された後のようだった。
「谷村副店長はコーヒーブラックで良かったかしら?」
「ああ……お気遣いなく」
「そう言わずにお飲みになって。今、丁度落したてで美味しいから」
「コーヒーメーカーまであるんですか? 羨ましいです!」
「うちは女性ばかりの職場だから、お昼ご飯もお弁当持参のスタッフが多くてね……休憩時間ぐらい、ここで快適に過ごして欲しくてね……私が彼女たちにしてあげられるのはそれくらいだから……」
 坂東店長は、寂しそうに言った。
「単刀直入にお訊きしてもいいですか?」
「どうぞ」
「杉崎南加子さんが退職したのは、本当に、自己都合退職ですか?」
 そう言うと、坂東店長は、フフッと自嘲気味に笑った。
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