片翼を失ったピアニスト

喜島 塔

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第八章

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「愛美、すごいショックで、死にたくなったの。だって、非道い話じゃない? 吉岡先輩が好きだった時は親友に裏切られて、舜さんに出逢って、舜さんのことが好きになって、やっと前向きに生きられるって思ったら、今度は実の母親に裏切られた、だなんて。非道い話じゃない? 神様……なんて居るとは思ってないけど……もしも本当に居るんだとしたら、神様は愛美のことがよっぽど嫌いなんだね? ねえ、お母さん? 愛美はね、ずっとずっと耐えてきたんだよ? 愛美が六歳の時にお父さんとお母さんが離婚して、愛美、小学校で苛められていたの……上履き隠されたり、机に落書きされたり、教科書捨てられたり……知ってた? 知らないよねえ? だって、愛美、お母さんの前では演技していたもの。旦那に捨てられたくらいで浮気相手殺して自殺しようなんて考えるような弱くて愚かな母親だもの。愛美までメソメソしたら、愛美も道連れに殺されるか、お母さんだけ勝手に死んで孤児院送りにされるか……そんなのまっぴらゴメンって思ったの。でもね、やっぱり血は争えないんだよね……恵理香から真実を知らされて、愛美、死にたくなったの。本当に! 吉岡先輩の時みたいな、死ぬ死ぬ詐欺じゃなくてね! ああ、これじゃあ、あの女と同じじゃんって思ってさ。悲しさ通り越したら可笑しくなっちゃってね、笑いが止まらなくて……そしたら、恵理香が、うちに暫く居ていいって言ってくれたの。自分が本当のことを話した所為で愛美が自殺するって思ったみたいね。恵理香の家は快適だった。豪邸だし、恵理香のお父さん、お母さんもすごく優しくしてくれるし。世の中には、こんな恵まれた贅沢な暮らしをしてる人たちが居るんだ、って、すごく羨ましかった。もしかしたら、辛抱してもう少し長く生きていれば、こんな貧乏臭い私でも、こんなセレブみたいな暮らしが出来る可能性があるのかも知れないって思ったら、死ぬのが馬鹿らしくなったの。でも、気付いたの。恵理香や恵理香の家の人たちが愛美に親切にしてくれるのは、同情なんだって。そうしたら、急に居心地が悪くなって、恵理香の家を出て、二、三日ネットカフェに身を潜めて考えたの……そして……」
 愛美が口ごもったので、俺が替わりに言った。
「それで、俺の家に来たの?」
「そうだよ。家には絶対帰りたくないし、愛美には恵理香以外の友達なんていないし……どうせ死ぬつもりだったんだから、一度死んで生まれ変わったと思えば何でもできるって思ったの。吉岡先輩の時みたく、何も行動しないでメソメソするのは嫌だって思ったの。だから、舜さんの家に押しかけたの。『ここに置いてくれなかったら死ぬ! ここに居ることをお母さんに話したら死ぬ!』って言って……これって完全に脅迫だよね? 愛美、舜さんが困ってるの解ってた。解ってたけど、舜さんの側にピッタリ張り付いて、舜さんがお母さんの所に行くのを阻止したかったの……かっこ悪いやり方だけど、実際、舜さんは、愛美を家に置いてくれているし、愛美の監視下ではお母さんと連絡とることも会うこともできなかった……」
「俺が仕事に行っている間に、南加子さんと連絡をとっているとは思わなかったのか?」
「全てを監視することは無理だろうけど、ある程度の情報は愛美に入る仕組みになっているんだ」
「どういうことなんだ?」
「舜さんの勤めているお店にスパイがいるの。気付かなかった?」
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