片翼を失ったピアニスト

喜島 塔

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第八章

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 南加子さんの表情は、先程までの恋人同士の表情から一変して、母親の表情になっていた。
「舜さんが悪いんじゃない! 舜さんを責めないでよっ!」
 怒り冷めやらぬといった様子の愛美が、南加子さんに食って掛かった。
「愛美ちゃん、お母さん、別に舜くんを責めているわけじゃないのよ? 終業式の日から愛美ちゃんが家に帰らなくなって、お母さんものすごく心配したのよ。携帯にも出てくれないし、恵理香ちゃんのお宅にも伺ったわ。毎日心配で眠れなくて……でも、愛美ちゃんがこうして無事でいてくれて本当に嬉しい。けれども、愛美ちゃんが今まで何処でどうやって過ごしていたのか? どうして家に帰ってこなかったのか? その理由を知るくらいの権利は私にはある筈よ。だから、そのことについて何か知っていそうな舜くんに訊いているだけなのよ」
「勿論、全て話しますよ。俺、その為にここに来たんだから……」
 覚悟を決め、話し始めようとする俺を遮って愛美が言った。
「愛美が話すよ。舜さんだって、愛美がいる前で愛美のこと悪く言えないでしょう? 怒ったりしないでちゃんと話すから……愛美が嘘を言ったりしたら、その時は、舜さんが止めて! それでいいでしょう?」
「それでいいわ……」
 南加子さんが言った。パンドラの匣が開かれようとする瞬間のように緊迫した空気がピリピリと肌を突き刺した。
「終業式の日に恵理香から聞いたんだよ……」
「な……何を?」
 南加子さんの声は震えていた。
「愛美が好きな谷村舜さんは、愛美のお母さんと付き合ってるって!」
 怒らずに話すと俺と約束したからだろうか? 愛美はそう言いながらも笑顔を貼り付けていた。しかし、怒りを抑え込みながら拵えた偽りの笑顔は、泣かれるよりも、罵倒されるよりも悍ましいものだった。
「そんなことあるわけないでしょ? 恵理香の悪い冗談だって、愛美、笑い飛ばしたの。うちのお母さんに限って、そんなことは絶対ないって。そう言ったら、恵理香、どこから手に入れたのかわからないけど、証拠品を出してきたの。お母さんが舜さんの家に出入りしている写真とか、どこかの遊園地で手を繋いで歩いている二人の写真とか……あとは、舜さんのお店のシフト表とお母さんのお店のシフト表のコピーまで出してきたの……一緒だった……二人のお休みの日が……打ち合わせしたみたいに一緒だったの……」
「……」
 南加子さんは、声を発することが出来なかった。全て、真実だったからだ。
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