掌を掠めた透明を。

水喰ずみ

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 朱が、目に染みて、動けなかったのだ。

 夕日の朱。信号の赤。
 そして、鉄の匂いのする、紅。
 不気味なまでに鮮やかな夕景が滲んで、現実に染み出してくる。時が引き延ばされる。息が詰まる。肺が足掻く。交差点。ブレーキの跡、黒々としたタイヤの跡。そして、そして。アスファルトに赤黒く広がるこれは。まるで夕日を煮詰めて溢したような、禍々しい色。
 対向車線の向こう側、だらんと横たわる白い腕、薄く開いた眸は表面がのっぺりしていて、
 あんな、折れた人形、
 「……しらない、」
 口元を抑える。足元がぐらつく。視界が暗く閉じて、でも全てが遠退いて、音が消えて、呼吸音だけが、鼓動だけが、わたしの、生きてる音だけが、場違いに、
 へなり、と歩道に座り込む。滲む。滲む。朱に熔ける。噎せかえるほどの鉄の匂い。遠退くあの子の匂い。
 あぁ、遅すぎるサイレンの音が聞こえる。聞き慣れたその音、今となっては、もう意味のないその音に顔を上げる。交差点の真ん中、私が目にしたときには既に人形になっていたあの子、あの子はもう、
 その時。私の視界は捉えたのだ。
 あの子の近くで立ちすくむ、線の細いシルエット。
 影を含み始めた夕日色、照らされた横顔は、そう、確かに、
 私は息を呑む。背筋が冷える。間違いない、あの唇の形、頬の象り、あれは間違いなく、

 笑っていた。
 
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