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第11章『新たな仲間』

7話

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 タクヤと別れた後、イズミはひとり宿屋を探して町の中を歩いていた。
(そういや、宿決める前にアイツと離れるんじゃなかったな……)
 あのままタクヤを置いてきたことを少し後悔していた。
(まぁ、アイツなら本能でなんとかするだろ)
 しかし溜め息を付くと、戻ることなくそのまま大通りを歩き続けた。

 何気なく目をやった先に、店で見た『あの男』が歩いていた。
 気にする事はないと、そのまま歩いて行こうとした時、ふと視線を感じ、そちらを見た。
 あの男がこちらを見ていた。
 目が合った瞬間、男がにやりとしたのが見え、イズミはぞくりと体を震わせる。
「っ!?」
 知り合いではない。そして『今の自分』に誰かが気付く筈もない。
 さっと顔を逸らすと、緊張しながらもイズミは心を無にして再び歩き出した。
 するとすぐ近くに一軒の宿屋を見つけ、逃げるように中へと入る。

 宿屋に入ったところで背後に気配を感じ、びくりと焦りながら振り返るがあの男の姿はない。
「…………」
 ほっとしながらイズミは受付カウンターへと向かった。
 カウンターまであと数歩というところで、突然誰かに声を掛けられた。

「君ひとりだけ?」

 聞こえた声にハッとして振り返る。
 呼び止めたのは『あの男』であった。
 先程確認した時は確かにいなかった筈なのに、いつの間に自分の背後にいたのか。
 全く気配を感じなかった。
 男は無表情にじっとイズミを見つめている。
 タクヤよりも少し背が高く手足も長い。さらりとした黒い髪に、濃い緑色の切れ長の瞳。無表情で二枚目な顔がクールな印象を与えていた。
 なぜこの男が自分に話し掛けてくるのか。先程の店で見掛けはしたが、自分たちを見ていた様子はなかった。
 それとも気が付かなかっただけで見られていたのか?
 関わらない方がいい、そう判断し、
「……あいつならいない。どこにいるのかは俺は知らない」
 そう言ってそのまま行こうとした。
 しかしすぐに肩をぐっと掴まれ無理矢理止めさせられてしまった。
「離せっ!」
 嫌悪感を露にしながらイズミは男の手を払い除ける。
 そして睨み付けるようにして男を見上げた。
「そんなに怒るな。ちょっと興味があるだけだ。特に、君にね」
 肩を竦めながら男が答える。
 そして不敵な笑みを浮かべてイズミをじっと見つめた。
「……どういう意味だ? 悪いが俺に構わないでくれ」
 じろりと敵意を込めて睨み付けると、イズミはそのまま目を逸らして踵を返した。
「そういう感じだな」
 しかし男が呟いた言葉にムッとしたように振り返る。
「何が言いたい? 貴様、何者だ」
 余裕そうに口の端を上げている男を見上げながら、イズミは観察するように大きな目を細める。
「さっき思いもよらない名前を聞いたんでね、その確認だよ」
 今度はふわりと優しく微笑むような顔で男が話す。
「っ!……なんのことだ」
 その言葉にイズミは大きく目を見開いた。しかしすぐに男から目を逸らし、平静を装う。
 やはりこの男は何か知っているのだろうか。それともただの興味本位か。
 妙な緊張感がイズミを襲っていた。
 すると男は再び不敵な笑みを浮かべながら問い掛けてきた。
「……『イズミ』って、さっき君の連れがそう呼んでいたよな?」
 名前が出て、思わずぎくりと体を震わせる。
「……それが?」
 やはり、と思いつつもイズミは無表情に男を振り返る。
「余裕そうだね。君とはゆっくり話がしたいな。どこか行かないか?」
 再び柔らかく笑うと、男はイズミを覗き込むようにして見る。
「断る」
 しかしイズミはすぐに拒絶するように顔を逸らした。
「じゃあ、君の部屋まで行っちゃうけど?」
「っ!」
 無視して受付へ行こうとしたが、男の言葉に思わず振り返る。
 男はにこりと微笑んでいるが、何を考えているのかは全く読めない。
「…………」
 嫌そうに顔を顰めながらも、本当についてきそうなこの男を見て、仕方なく要望に応えることにしたのだった。



 ☆☆☆



「ふんふんふ~ん♪かえるのこどもはかえるのこ~♪おたまじゃくしじゃないのよぉ~♪」

 買い物帰りなのか、袋を片手によく分からない歌を歌いながら楽しそうに歩いている少女がいた。
 ポニーテールにしている茶色の髪を、ゆらゆらと揺らしながら歩くその少女はレナであった。
「る~るる~♪……ん?」
 ふと反対側を歩く人の中に見覚えのある人を見掛けた気がして、立ち止まる。
 そしてもっとよく見えるように目を凝らした。
「ええっ!?」
 視線の先には、イズミがタクヤではない見知らぬ男と歩いている。
 少し離れていたが、間違いないと確信した。
「どうしちゃったのよぉ……う~ん……」
 思わず唖然としたが、追い掛けることはせずじっとイズミを見つめる。
 そして腕を組み考え込んだ。
「まったくもぉ。ハンサム君はどこ行っちゃったのよぉ」
 きょろきょろと辺りを見回すが、タクヤらしき人は見当たらない。
「しょうがないわねぇ」
 ひとり納得すると楽しそうに笑い、レナはそのまま来た道を戻って行った。
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