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第11章『新たな仲間』

8話

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 少年の家へ向かう途中の町の外れにある丘の上に、1本の大きな木があった。
 ふたりはその大きな木の下に座り込んで作戦会議をしていた。
 もちろん少年の提案である。
 母親と喧嘩して出てきたというのに、もう家に戻るのはなんとも体裁が悪いと感じたのだろう。
 しかしそのことに触れられることはなく、タクヤは上手い具合に言いくるめられていた。そして経験豊富かどうかは分からないが、少年から恋愛の定義について教わっていたのだった。

 真剣に少年の話を聞いていたタクヤであったが、ふと自分の名前を呼ぶ声が聞こえた気がして周りを見回した。

「タークーヤーくぅーんっ!」

 町の方から女の子が叫びながら凄い勢いで走ってくるのが見えた。
「うわぁ……」
 すぐに誰なのか気が付いた。
 前の町で別れてからはユキノとタクミの所に行っていると聞いたはずだが、やはり彼女も神出鬼没である。
 大きく手を振りながら走ってくるのはもちろんレナであった。
(あの人はなんでどこにでも現れるんだろう……やっぱ宇宙人かな……)
 ふとぼんやりとそんなことを考えながら、こちらに走ってくるレナを眺めた。

「はぁ、はぁ……ふぅ……。もうっ! こんな所で何油売ってるのよっ!」
 元気いっぱい走っていたように見えたが、レナはタクヤの前まで来ると、息を切らせながら膝に手をついて呼吸を整える。
 そしてすぐに顔を上げると、タクヤをじろりと睨み付けるように見下ろした。
「油?」
 何を言っているのか理解できず、タクヤはきょとんとした顔でレナを見上げる。
「ことわざよっ! って、そんなことはどうでもいいのっ。そうじゃなくって、こんな所で何やってるのよっ!」
 苛立った様子でレナは声を上げている。
 なぜこんなに怒っているのだろうと、タクヤは驚いて目をぱちぱちっとさせる。
「えっと……何って……」
「もうっ、何をぼんやりとそんな所で座り込んでるのよっ! イズミ君はどうしちゃったのよっ。喧嘩でもしたわけっ?」
 レナは左手を腰に当て、右の人差し指でタクヤの鼻の先をつんと突く。相変わらず苛立ったように声を荒げている。
「け、喧嘩なんてしてないよっ!」
 怒鳴り続けているレナの言葉がやはり理解できず、タクヤは不思議そうに首を傾げていたが、『イズミと喧嘩』という言葉に敏感に反応して声を上げた。
「じゃあ、どうしてイズミ君はあんな超絶カッコイイ色男と仲良く歩いていたのよっ!」
 両手を腰に当て、ぷっくりと頬を膨らませながらレナも声を上げる。
「えっ!? ちょ、ちょっと待ってよっ! どういうことだよっ! 色男ってっ……」
 レナの言葉にタクヤは目を大きく見開いた。そして慌てたように立ち上がるとレナに詰め寄る。
「知らないわよっ。だーかーらっ、何してるのって聞いてるのよっ。……って、あら? これはまた可愛らしい」
 レナは右の人差し指でタクヤの胸をトントンと強く突く。
 しかしタクヤを怒鳴り付けた後、ふとタクヤの横でぼんやりと座り込んだままの少年に気が付き、じっと見下ろす。
 タクヤとレナのやり取りを唖然として眺めていた少年は、急にレナの視線が自分に移り、びくりと体を震わせた。
「あっ、友達だよ。えっと……」
 すっかり少年のことを忘れていたタクヤはレナの言葉で思い出し、紹介しようとしたのだが、ふと名前を知らないことに気が付き言葉を詰まらせた。
「……リョウだよ」
 はぁっと大きく溜め息を付いた少年は、呆れた顔でタクヤを見上げながら自分の名前を答える。
「おぉっ、そっか。リョウっていうんだな。ごめん、まだ聞いてなかったな。俺はタクヤ」
「知ってる」
 名前を聞いて嬉しそうに話すタクヤを、リョウと名乗った少年は相変わらず呆れた顔で見上げている。
「えっ! なんでっ?」
 まだ名乗っていないのにと、リョウが自分の名前を知っていることにタクヤは驚き目を丸くさせた。
「なんでって、さっきその人がそう呼んでたじゃん」
 再び溜め息を付くと、リョウは面倒臭そうに答える。
「あ、そっか……。あっ! イズミっ!」
 なるほどと手をぽんと打ちながら納得したタクヤだったが、再びイズミのことを思い出し、声を上げ慌て始めた。
「ねぇ、その『イズミ』ってさっきから言ってる人って……」
 なんとも複雑な表情を浮かべながらリョウがタクヤを窺う。
 こういうこともいつものことだ、とタクヤは優しい表情でリョウを見下ろした。
「あぁ……『イズミ』って名前が気になる?」
「…………」
 申し訳なさそうな顔をしながらも、リョウはこくりと頷く。
「多分、リョウが思ってる通りの人物だよ。でも、イズミは皆が思ってるようなやつじゃないから、絶対」
 にこりと笑いながら答えたタクヤであったが、ふと真剣な表情になり、じっとリョウのことを見つめたのだった。
 その表情にはイズミのことを信じる気持ちと、リョウに信じてもらいたい気持ちがあった。
「……イズミって、さっきアンタといた人だよね?」
「そうだよ。美人だったろ?」
 困ったような顔で見上げているリョウに、タクヤはにやりと笑って答える。
「もうっ、そんなことしてる場合じゃないでしょっ!」
 すると、タクヤの隣でふたりのやり取りを見ていたレナが、再び怒ったように声を上げる。
 そしてそのままタクヤを連れて行こうと、腕を掴むとぐいぐいと引っ張り始めた。
「え、ちょっ、ちょっと待ってっ」
 慌てたタクヤはレナの腕を掴みながら声を上げる。
「何よ? どうしたの? 早く行かなきゃ。イズミ君たちを見失っちゃうじゃないっ」
 むすっとした顔でタクヤを振り返ると、レナは自分の腕を掴むタクヤの手を振り払った。そして、掴んでいたタクヤの腕を更にぎゅっと強く握り締め、再び歩き出そうとした。
「いや、その……。どういう関係かも分かんないのにいきなり行くのはさぁ。……俺は別になんでもないっていうか、口出しできるような立場じゃないっていうか……」
「はぁ? 何言ってるのよっ! イズミ君はタクヤ君じゃなきゃダメなのっ! 他の男なんかに渡しちゃダメよっ! なんでもないってなんなのよっ。何をそんな自信喪失になってんのよっ。タクヤ君らしくないじゃないっ。何かあったわけ? 一体なんなのよっ、もうっ!」
「レ、レナ、落ち着いて……」
 怒り狂っているレナをタクヤはおどおどしながらなんとか宥めようとする。
「何がよっ!」
「うっ……ご、ごめんなさい……ってなんで俺が謝ってんだ……。とにかくっ、大丈夫だよ。俺はイズミのこと信じてるもん。何かあったんだよ。……たぶん」
 びくりと体を震わせながら謝る。そしてタクヤは強い口調でレナに言い返す。のだが、最後はなんとも自信なさげに呟いていた。
「もういいわよっ。じゃあ、あたしひとりで行ってくるから。タクヤくんはそこでずーっとウジウジしてなさいよ。じゃあねっ」
 頬を膨らませながら相変わらず怒っている様子のレナは、来た道をそのまま大股で戻って行ってしまった。

「なんだよもう……気にしてないって言ってんのに」
「ほんとに?」
 去っていくレナの背中を眺めながらぼそりと呟いたタクヤの言葉に、いつの間にか横に立っていたリョウがじっと覗き込むようにして聞いてきた。
「あっ、当たり前だろっ! 俺はっ、イズミのこと信じてるもんっ」
 ハッとした顔をすると、タクヤは慌てたように言い返した。
「ふぅん。恋人でもないのに?」
「うっ……」
 意地悪そうな顔で見上げるリョウに、タクヤは言葉を詰まらせる。
「いいのかよ? すっごいイケメンかもよ?」
「うっ、うるさいなぁ」
 楽しそうに覗き込んでくるリョウの顔を、タクヤは口を尖らせながら手で押さえ付ける。
「あの人なんだろ? アンタの好きな人」
 そう言ってリョウはにやりと笑った。
「……恋人じゃあ……ないけどっ、俺のこと必要だって、そばにいて欲しいって言ったから、大丈夫だよっ」
 腕を組み、タクヤは悔しそうな顔で言い返す。
「ふぅん。でも、さっき突き放しちゃったじゃん」
「っ! で、でもっ、ちゃんとイズミも納得してくれたしっ、俺は別に、つ、突き放してなんてっ――」
「じゃあ、行く?」
 顔を赤くしながら反論するものの、段々自信がなくなり不安になったタクヤをリョウは楽しそうな顔で再びじっと見上げてきた。
「…………しっ、心配だからじゃないぞっ。たっ、ただっ、か、帰るだけだからなっ」
 言い返す言葉が見つからずタクヤはぐっと言葉を詰まらせる。
 しかし、顔を赤くしてどもりながらリョウに答えると、先程レナが去った方に向かって歩き出した。
「はいはい」
 そう言ってリョウは両手を頭の後ろで組むと、楽しそうにタクヤの後に続いたのだった。
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