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怖かった…
その名を聞いた瞬間。修道女の表情が――ほんの一瞬、固まった。マリアはその変化を見逃さなかった。
修道女はすぐに表情を整えた。だが、ほんの一瞬の硬直を、マリアは見ていた。
(やはり……)
侯爵も気づいたようだったが、何も言わない。修道女は静かな声で言った。
「……シャリルン、ですか」
その声には、わずかな迷いが混じっていた。侯爵が穏やかに答える。
「ええ、少し話を聞かせていただければと思いまして」
修道女は二人を見比べる。侯爵。そしてマリア。その視線は、まるで何かを測るようだった。やがて小さく息を吐く。
「お入りください」
重い門がゆっくりと開いた。中へ入ると、修道院の庭が広がっていた。
質素な花壇。
小さな菜園。
石畳の道。
どこもきちんと手入れはされている。だがどこか――静かすぎる。マリアは自然と周囲を見回した。
(ここで……シャリルンが)
侯爵が歩きながら言う。
「長くお世話になっていたと聞いています」
修道女は頷いた。
「ええ…幼い頃に保護されて、男爵家に引き取られるまでここにいました」
マリアがそっと聞く。
「……どんな子でしたか」
修道女の足が、一瞬止まった。ほんのわずか。だが確かに。そしてまた歩き出す。
「……可哀想な子……だったのでしょうか」
マリアはその言葉を静かに聞く。
「体が弱く、いつも寝込んでいて他の子たちのようには動けなかった」
マリアは小さく頷く。その様子を見た義父が可哀想に思い、クラリモンドと訪れ、引き取るとを決めたと聞いた。それは事実なのだろう。だが次の言葉は、少し違った。
「ですが」
修道女の声が少し低くなる。
「頭の回転はとても早い子でした」
侯爵が聞く。
「頭の回転が?」
「ええ、特に人の気持ちを読むのがとても上手でした」
マリアの胸がわずかに動く。修道女は続ける。
「誰が優しいか、誰が怒りやすいか、誰に頼めば助けてくれるか」
少しだけ間を置き、話を続ける。
「そういうことを……よく理解していました」
庭の奥の建物へと案内される。古い木の扉の前で、修道女は足を止めた。
「ここが、彼女の部屋でした」
マリアは扉を見る。小さくて、古びた扉。侯爵が言う。
「見せていただいても?」
修道女は少しだけ迷った。だが、ゆっくり頷く。
「……構いません」
扉が開く。部屋は小さかった。ベッド、机、 棚、それだけ。驚くほど質素だ。マリアはゆっくり部屋に入る。幼い頃から3年前まで…シャリルンはここで暮らしていた。机の上には古い本が一冊置かれている。マリアがそれに手を伸ばした時だった。修道女が、ふと呟いた。
「……私はあの子が」
その声はとても小さかった。だが、はっきり聞こえた。
「とても怖かった」
修道女はすぐに表情を整えた。だが、ほんの一瞬の硬直を、マリアは見ていた。
(やはり……)
侯爵も気づいたようだったが、何も言わない。修道女は静かな声で言った。
「……シャリルン、ですか」
その声には、わずかな迷いが混じっていた。侯爵が穏やかに答える。
「ええ、少し話を聞かせていただければと思いまして」
修道女は二人を見比べる。侯爵。そしてマリア。その視線は、まるで何かを測るようだった。やがて小さく息を吐く。
「お入りください」
重い門がゆっくりと開いた。中へ入ると、修道院の庭が広がっていた。
質素な花壇。
小さな菜園。
石畳の道。
どこもきちんと手入れはされている。だがどこか――静かすぎる。マリアは自然と周囲を見回した。
(ここで……シャリルンが)
侯爵が歩きながら言う。
「長くお世話になっていたと聞いています」
修道女は頷いた。
「ええ…幼い頃に保護されて、男爵家に引き取られるまでここにいました」
マリアがそっと聞く。
「……どんな子でしたか」
修道女の足が、一瞬止まった。ほんのわずか。だが確かに。そしてまた歩き出す。
「……可哀想な子……だったのでしょうか」
マリアはその言葉を静かに聞く。
「体が弱く、いつも寝込んでいて他の子たちのようには動けなかった」
マリアは小さく頷く。その様子を見た義父が可哀想に思い、クラリモンドと訪れ、引き取るとを決めたと聞いた。それは事実なのだろう。だが次の言葉は、少し違った。
「ですが」
修道女の声が少し低くなる。
「頭の回転はとても早い子でした」
侯爵が聞く。
「頭の回転が?」
「ええ、特に人の気持ちを読むのがとても上手でした」
マリアの胸がわずかに動く。修道女は続ける。
「誰が優しいか、誰が怒りやすいか、誰に頼めば助けてくれるか」
少しだけ間を置き、話を続ける。
「そういうことを……よく理解していました」
庭の奥の建物へと案内される。古い木の扉の前で、修道女は足を止めた。
「ここが、彼女の部屋でした」
マリアは扉を見る。小さくて、古びた扉。侯爵が言う。
「見せていただいても?」
修道女は少しだけ迷った。だが、ゆっくり頷く。
「……構いません」
扉が開く。部屋は小さかった。ベッド、机、 棚、それだけ。驚くほど質素だ。マリアはゆっくり部屋に入る。幼い頃から3年前まで…シャリルンはここで暮らしていた。机の上には古い本が一冊置かれている。マリアがそれに手を伸ばした時だった。修道女が、ふと呟いた。
「……私はあの子が」
その声はとても小さかった。だが、はっきり聞こえた。
「とても怖かった」
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