シークレットベイビー~エルフとダークエルフの狭間の子~【完結】

白滝春菊

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弟子と母親編

一緒には暮らせない

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 今夜は久しぶりに家族三人が揃い、食卓を囲む賑やかなひととき。アステルはその温かな雰囲気に嬉しそうに微笑んでいた。

「近い内に大きな任務があるらしい」

 先に食べ終えたシリウスが食後の紅茶を飲む手を止めて、静かに切り出した。

「戦争が始まるとか?」

 アステルがスープを飲んでいるステラに聞こえないぐらい小さな声で不安げに尋ねるとシリウスは静かに首を振ったが、その表情には重大な任務の危険性や難易度の高さを語ることへの慎重さが伺えた。

「それで、薬をまた多めに作ってほしいそうだが……できるか?」
「ええ、準備しておくわ」

 アステルは返事をし、頭の中で次の段取りを組み始めた。獣人用の薬を作り終えてから、回復薬を大量に仕込む計画だ。
 ケルヴィンのおかげで作業効率が格段に向上しているものの、まだ薬作りの段取りに慣れていない。人間用の薬に比べて獣人用の薬を多量に作るのは骨が折れる。

「じゃあ明日からまた頑張るからね」

 アステルが意気込んだその時、隣に座っていたステラが声を上げた。

「お父さん切って!」

 ステラは目の前に置かれた黄金色に焼き上がった鶏のもも肉のソテーをナイフとフォークで差し出した。鶏肉は外はパリッと、中はジューシーな肉汁があふれ出る、まさに食欲をそそる一品だ。

「ああ、わか……」
「ステラ、自分で切れるでしょ。何でもかんでもお父さんにお願いしないの」

 シリウスが言いかけたその時、アステルが優しく叱る。

「はーい」

 素直に返事をしたステラはナイフを握りしめ、しっかりと鶏肉を切り分け始めた。肉の香ばしい香りが漂い、ステラは満足そうに頬張る。

「…………」

 その光景を見つめるシリウスは、少し釈然としない表情を浮かべていた。

 ◆


「ステラ、今日は特訓をしてみよう」
「とっくん」

 翌朝の出来事である。今日は学校が休みで特に予定もないため、ステラは久しぶりに父と遊ぶ約束ができたのだがシリウスは庭に向かって声をかける。

 一緒に庭に出るとシリウスは片手で口笛を吹き、フクロウのヴァンを呼び寄せた。ヴァンの足には綺麗に角の取れた木の棒が取り付けられており、先端には布が巻かれている。その棒をシリウスに渡すとヴァンは彼の肩に止まった。

「槍を使った特訓だ」
「うん?」と

 首を傾げながらステラは差し出された棒を受け取る。これはシリウスが特注で作らせたもので子供でも扱いやすいように細く短く軽い。

「槍はこう持つ」
「あ、なんかかっこいいかも」

 シリウスはステラの手を取ると正しい持ち方に直させるとステラは目を輝かせた。その姿を見てシリウスは少し得意げな顔を浮かべた。

「木にぶら下がっている的に当ててみるんだ」

 指差した先には紐で吊るされた土の入った布の袋が揺れている。

「わかった!」

 元気よく返事をしたステラは木の棒を両手でしっかりと握り締め、前に突き出して構えた。

「むんっ!むんっ!」
「思ったよりも才能があるな」
「何をしているの?」

 ステラの後ろに回り込んでその様子を見守っていると家の中から出てきたアステルがシリウスに尋ねる。

「槍の使い方を教えている」
「どうして急に?」
「俺やアステルがいなくなったらステラは自分の身を自分で護らなくてはならない。それに、いつどこで誰に目を付けられるかわからないから、最低限の身を守る術は身につけた方がいい」

 シリウスは真剣な声で答えるとアステルはその言葉に一瞬考え込む。確かに、自分がさらわれた際、ステラを一人にしてしまった。その時は近くにヴァンがいて、運よくシリウスと出会ったから無事でいられたがもしその状況がなければどうなっていたかわからない。

「……そうね。でも、怪我だけはさせないように気をつけて」
「ああ、アステルは何処かに行くのか?」
「道具屋に行ってくる」

 獣人の薬についての話をし、薬作りに必要なものを揃える為にはアステルが直接店まで足を運ぶ必要がある。ケルヴィンが来るまでまだ時間があるのでそれまでに集めておこうと考えていた。

「そうか、一緒に行きたいが……ステラと待っている」

 シリウスは娘に目を向けた。ステラは木の棒を振り上げ、布の袋に向かって突きを放つが、それは簡単に避けられてしまう。しかし、その姿は諦めずに何度も繰り返し的に当てようと奮闘する愛らしさがあった。

「がんばれ、ステラ!」

 アステルが微笑みながら声をかけるとステラはますます真剣な表情になり、再び挑戦を繰り返す。

 そんな光景を見守った後、アステルは一人で街へと向かった。家族を守るために自分ができることを考えながら進んでいった。

 ◆

「こんにち……」

 アステルが道具屋の扉を開けると、突如として響き渡る大きな声が耳に飛び込んできた。

「ダークエルフとなんて一緒に暮らせませんよ!」

 その声の主はアリサと話をしているケルヴィンだった。彼の頬にはガーゼが当てられている。どうやら怪我をしているようだ。

「ダークエルフがいても働けるって言っていたじゃないですか」
「働くのと暮らすのは全然違います」

 アリサは困惑気味に反論するとケルヴィンは強い口調で言い放った。

「……わかりました。このまま施設で……あ、アステルさん」

 ふたりは同時にアステルの存在に気づく。気まずい空気が流れる中、アステルは不安げに尋ねる。

「何かありましたか?」

 しかし、ケルヴィンは小さく首を振り「何でもありません」と言い残して店から出て行ってしまった。

「彼、保護施設で暮らしているじゃないですか」

 ケルヴィンがいなくなってからアリサがアステルに話しかける。ケルヴィンのように保護された者たちは新しく住む場所が見つかるまで一時的に施設に預けられる。
 ここに来たばかりのアステルのように金銭を支払って家を借りることができたのは本当にシリウスのおかげだ。

「そこで元々あまり友好な関係を築けていなかったんですが……他の人たちと言い争いになってしまって」

 アステルはケルヴィンのことをよく知らないが、聞いても「言いたくありません」と言われ、仕事に関係のない話はすべて拒否されていたので今回初めて彼の現状を知ったのである。

「それでまあ、ほとぼりが冷めるまでシリウスさんの所で厄介になってみては?と助言をしたんです。アステルさんとは友好な関係を築いてますし、前にシリウスさんも使っていない部屋があるから別に構わないと言ってました」
「そんなことを言っていたんですね」

 アステルは驚く。シリウスはそんなことを一言も相談してこなかったが昨日の出来事の影響で言いそびれたのかもしれない。

「でもケルヴィンは嫌だと」

 そう言うとアリサは困ったような顔をした。エルフはダークエルフを嫌っている。それはやはりケルヴィンも同じだった。
 それでも彼は、親のように薬師の仕事を継ぎたくて無理をしてでもダークエルフのいる家で修行をしているという事実になる。

「すみません。彼はクビになりますか?」
「いいえ、今のことは聞かなかったことにします」

 アリサが申し訳なさそうに尋ねる。とアステルは笑顔で答えた。その瞬間、アリサはほっとした表情を浮かべた。
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