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決断の時
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ヴィクトル様と結婚したい女性は数え切れないほどいるだろう。私がいくら彼と夜を共にしても決して、愛される妻にはなれなかった。
毎日がただただ苦しく、虚しいものでしかなくて。この結婚生活はヴィクトル様にも、私にもただの重荷でしかないのだと確信が強くなっていった。
「……本当は……ヴィクトル様に嫌われています」
ようやく出た言葉が重く響く。私はただの荷物に過ぎない。ヴィクトル様はきっと私を捨ててしまいたいと思っているに違いない。
彼が心に抱くのはもうずっとミーティアお姉様だけだった。そこに収まるべき人間は私ではなかった。
最初からミーティアお姉様の代わりになれるはずがなかった。お姉様は美しく、優雅で気高く、誰からも愛される存在だった。
「私は妹なのにお姉様の代わりになれませんでした」
いくら努力してもどれだけ望んでも私が彼の心に刻まれることはない。それに気づいていてもずっと誤魔化してきた。だけど、その嘘を吐き続けることにもう耐えられなかった。
「ヴィクトル様を幸せにできません」
自分でも信じられないほど静かに、しかし確かに口から出ていた。私の心の中に深く沈んでいた思いがついに形となって現れてしまった。
期待に応えることができなかった私をみんなは許してくれるのだろうか?
「辛かっただろうに……気付いてやれなくてすまない」
シオン様が私の手を掴んでゆっくりと顔を近づけてきた。その真摯な眼差しが私を捉えて離さない。その瞳には深い後悔の色が浮かんでいる。
「謝らないでください。私が期待に応えることができなかっただけです」
胸の中では悲しみが込み上げ、どこか遠くにいるヴィクトル様の顔が浮かんでいた。ヴィクトル様もきっと私から解放されて自由になれて喜ぶと思う。私が彼を幸せにできなくても誰か他の人が支えてくれるはずだから。
でもそんな考えに反して、心の片隅でふと私は気づく。
まだヴィクトル様の傍にいたいと思っているのだ。どんなに辛くてもどんなに苦しくてもその思いだけは消えてくれなかった。
◆
離縁についてはシオン様の方から話しておく、それまではここで暮らしても良いと言われたが全て断ってしまった。ヴィクトル様とちゃんと話をしないといけないと思ったから。自分の口から決別をしないと永遠に縛られたままになるから……
執務室を出て廊下を歩いていると遠くから聞こえてきた足音に気づき、私は足を止めた。そこに見慣れた顔が三つ、目の前に現れた。
あの元メイドたちだった。以前、ヴィクトル様の屋敷から辞めたはずの彼女たち。元メイド長、あの初夜に私にベビードールを着せたメイド、そしてお姉様の部屋の物を盗んだあのメイドの三人。
今、彼女たちが着ている服は伝統的な黒い生地で白いエプロンが前面にあしらわれた城の使用人達と同じ姿。まるでこの城で働いているかのような装いだった。
「お久しぶりです、奥様」
元メイド長の声が私を現実へと引き戻す。驚きと共に言葉が喉に詰まるが彼女たちはあたかも私が喜ぶべきであるかのように続けた。
「私達、路頭に迷っていたところを皇帝陛下に拾っていただいて……今、ここで働かせていただけることになったんです」
一人は手にお菓子の入ったカゴを持ち、もう一人は花束を抱えていた。その笑顔はどこか無理に作られたもののように見えるが私はただただ黙ってその姿を見つめるしかなかった。
「それは……ごめんなさい」
私が言葉を紡ぐと彼女たちはすぐに笑顔を浮かべ、首を横に振りながら語りかけてきた。
「奥様は悪くないんです。私たちが旦那様に嫌われるようなことをしてしまったのが悪いんですから」
彼女たちは私を気遣うかのように振舞っているが、どうしてもその姿勢には違和感を覚えた。
「陛下のお陰で旦那様ともちゃんと和解できました。奥様、どうか私たちの分まで幸せになってください」
その言葉に私は一瞬、耳を疑った。
「幸せに……ですか?」
どうして急にこんなことを言うのだろうか。心の中で疑問が湧くが彼女たちは可笑しそうに笑い合い、私の不安をさらに強めるも、先程の出来事のこともあって深く考える余裕がない。
「ちょうど旦那様から伝言も預かってるんです」
「伝言?」
心臓が早鐘のように打ち始める。何を伝えられるのか、あまりにも予測がつかない。しかし、彼女達は躊躇うこと無く、笑顔で口を開いた。そして予想を遥かに上回ることを言ってくるのだ。
「“今まですまなかった”って」
その言葉に私は息を呑む。あのヴィクトル様が私に謝った?それが本当にあり得ることなのか、信じられない気持ちになる。
「あと……そうですね、“愛してる”とも言っていましたよ?」
彼女たちが茶化すように言う言葉に私は思わず苦笑を浮かべてしまう。信じたくない気持ちと現実を受け入れられない気持ちが交錯する中、言葉が口をついて出た。
「冗談でしょう……」
「本当ですよ!信じてください!」
そして、彼女たちの無邪気な笑顔にまたしても心が揺れる。
「心を入れ替えて、奥様を大切にしてくださいって頼み込んだんです!そしたら、最初はとても怒っていたけれど私たちの言葉にやっと心を動かされたのかとても優しくなってきて……」
「旦那様はずっと後悔していらっしゃいました。あの時、ちゃんと話し合いをすれば良かったと」
それはあの初夜のことを指しているのだろう。ヴィクトル様にとっても、あの夜は大きな出来事だったのかな……
だとしてもシオン様が話をする前にメイド達がヴィクトル様を説得したのは正直、信じられなかった。
「ですから旦那様はお話がしたいそうなので屋敷へお戻りになってください。旦那様は後から行くと言ってました」
「いや……でも……」
私が迷いを見せると彼女は笑顔で花束を私の手に押し付けた。さらにカゴから高価そうなお菓子を取り出し、それも手渡してくる。
「これを奥様に」
「……これは?」
「旦那様からのプレゼントです」
強引に押し付けられる花束とお菓子に私は一瞬ためらいを感じる。
ヴィクトル様が心を入れ替えた?本当に?こんな簡単に?それに私はダメでも彼女達には心を開くなんて……
「お菓子はそこの旦那様の部下の方たちと一緒に食べると良いそうですよ」
その言葉が私の耳に届くと小さな疑問が浮かんだ。『旦那様の部下』とは、それはヴィクトル様の部下ということを意味しているのだろうか?
今、私の背後でどこか落ち着き払った態度で立っている二人はリディア姫の護衛だと思っていたがヴィクトル様の部下だったんだ……知らなかった。
毎日がただただ苦しく、虚しいものでしかなくて。この結婚生活はヴィクトル様にも、私にもただの重荷でしかないのだと確信が強くなっていった。
「……本当は……ヴィクトル様に嫌われています」
ようやく出た言葉が重く響く。私はただの荷物に過ぎない。ヴィクトル様はきっと私を捨ててしまいたいと思っているに違いない。
彼が心に抱くのはもうずっとミーティアお姉様だけだった。そこに収まるべき人間は私ではなかった。
最初からミーティアお姉様の代わりになれるはずがなかった。お姉様は美しく、優雅で気高く、誰からも愛される存在だった。
「私は妹なのにお姉様の代わりになれませんでした」
いくら努力してもどれだけ望んでも私が彼の心に刻まれることはない。それに気づいていてもずっと誤魔化してきた。だけど、その嘘を吐き続けることにもう耐えられなかった。
「ヴィクトル様を幸せにできません」
自分でも信じられないほど静かに、しかし確かに口から出ていた。私の心の中に深く沈んでいた思いがついに形となって現れてしまった。
期待に応えることができなかった私をみんなは許してくれるのだろうか?
「辛かっただろうに……気付いてやれなくてすまない」
シオン様が私の手を掴んでゆっくりと顔を近づけてきた。その真摯な眼差しが私を捉えて離さない。その瞳には深い後悔の色が浮かんでいる。
「謝らないでください。私が期待に応えることができなかっただけです」
胸の中では悲しみが込み上げ、どこか遠くにいるヴィクトル様の顔が浮かんでいた。ヴィクトル様もきっと私から解放されて自由になれて喜ぶと思う。私が彼を幸せにできなくても誰か他の人が支えてくれるはずだから。
でもそんな考えに反して、心の片隅でふと私は気づく。
まだヴィクトル様の傍にいたいと思っているのだ。どんなに辛くてもどんなに苦しくてもその思いだけは消えてくれなかった。
◆
離縁についてはシオン様の方から話しておく、それまではここで暮らしても良いと言われたが全て断ってしまった。ヴィクトル様とちゃんと話をしないといけないと思ったから。自分の口から決別をしないと永遠に縛られたままになるから……
執務室を出て廊下を歩いていると遠くから聞こえてきた足音に気づき、私は足を止めた。そこに見慣れた顔が三つ、目の前に現れた。
あの元メイドたちだった。以前、ヴィクトル様の屋敷から辞めたはずの彼女たち。元メイド長、あの初夜に私にベビードールを着せたメイド、そしてお姉様の部屋の物を盗んだあのメイドの三人。
今、彼女たちが着ている服は伝統的な黒い生地で白いエプロンが前面にあしらわれた城の使用人達と同じ姿。まるでこの城で働いているかのような装いだった。
「お久しぶりです、奥様」
元メイド長の声が私を現実へと引き戻す。驚きと共に言葉が喉に詰まるが彼女たちはあたかも私が喜ぶべきであるかのように続けた。
「私達、路頭に迷っていたところを皇帝陛下に拾っていただいて……今、ここで働かせていただけることになったんです」
一人は手にお菓子の入ったカゴを持ち、もう一人は花束を抱えていた。その笑顔はどこか無理に作られたもののように見えるが私はただただ黙ってその姿を見つめるしかなかった。
「それは……ごめんなさい」
私が言葉を紡ぐと彼女たちはすぐに笑顔を浮かべ、首を横に振りながら語りかけてきた。
「奥様は悪くないんです。私たちが旦那様に嫌われるようなことをしてしまったのが悪いんですから」
彼女たちは私を気遣うかのように振舞っているが、どうしてもその姿勢には違和感を覚えた。
「陛下のお陰で旦那様ともちゃんと和解できました。奥様、どうか私たちの分まで幸せになってください」
その言葉に私は一瞬、耳を疑った。
「幸せに……ですか?」
どうして急にこんなことを言うのだろうか。心の中で疑問が湧くが彼女たちは可笑しそうに笑い合い、私の不安をさらに強めるも、先程の出来事のこともあって深く考える余裕がない。
「ちょうど旦那様から伝言も預かってるんです」
「伝言?」
心臓が早鐘のように打ち始める。何を伝えられるのか、あまりにも予測がつかない。しかし、彼女達は躊躇うこと無く、笑顔で口を開いた。そして予想を遥かに上回ることを言ってくるのだ。
「“今まですまなかった”って」
その言葉に私は息を呑む。あのヴィクトル様が私に謝った?それが本当にあり得ることなのか、信じられない気持ちになる。
「あと……そうですね、“愛してる”とも言っていましたよ?」
彼女たちが茶化すように言う言葉に私は思わず苦笑を浮かべてしまう。信じたくない気持ちと現実を受け入れられない気持ちが交錯する中、言葉が口をついて出た。
「冗談でしょう……」
「本当ですよ!信じてください!」
そして、彼女たちの無邪気な笑顔にまたしても心が揺れる。
「心を入れ替えて、奥様を大切にしてくださいって頼み込んだんです!そしたら、最初はとても怒っていたけれど私たちの言葉にやっと心を動かされたのかとても優しくなってきて……」
「旦那様はずっと後悔していらっしゃいました。あの時、ちゃんと話し合いをすれば良かったと」
それはあの初夜のことを指しているのだろう。ヴィクトル様にとっても、あの夜は大きな出来事だったのかな……
だとしてもシオン様が話をする前にメイド達がヴィクトル様を説得したのは正直、信じられなかった。
「ですから旦那様はお話がしたいそうなので屋敷へお戻りになってください。旦那様は後から行くと言ってました」
「いや……でも……」
私が迷いを見せると彼女は笑顔で花束を私の手に押し付けた。さらにカゴから高価そうなお菓子を取り出し、それも手渡してくる。
「これを奥様に」
「……これは?」
「旦那様からのプレゼントです」
強引に押し付けられる花束とお菓子に私は一瞬ためらいを感じる。
ヴィクトル様が心を入れ替えた?本当に?こんな簡単に?それに私はダメでも彼女達には心を開くなんて……
「お菓子はそこの旦那様の部下の方たちと一緒に食べると良いそうですよ」
その言葉が私の耳に届くと小さな疑問が浮かんだ。『旦那様の部下』とは、それはヴィクトル様の部下ということを意味しているのだろうか?
今、私の背後でどこか落ち着き払った態度で立っている二人はリディア姫の護衛だと思っていたがヴィクトル様の部下だったんだ……知らなかった。
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