「お前が死ねばよかった」と言われた夜【新章スタート】

白滝春菊

文字の大きさ
40 / 125

決断の時

しおりを挟む
 ヴィクトル様と結婚したい女性は数え切れないほどいるだろう。私がいくら彼と夜を共にしても決して、愛される妻にはなれなかった。
 毎日がただただ苦しく、虚しいものでしかなくて。この結婚生活はヴィクトル様にも、私にもただの重荷でしかないのだと確信が強くなっていった。

「……本当は……ヴィクトル様に嫌われています」 

 ようやく出た言葉が重く響く。私はただの荷物に過ぎない。ヴィクトル様はきっと私を捨ててしまいたいと思っているに違いない。
 彼が心に抱くのはもうずっとミーティアお姉様だけだった。そこに収まるべき人間は私ではなかった。
 最初からミーティアお姉様の代わりになれるはずがなかった。お姉様は美しく、優雅で気高く、誰からも愛される存在だった。

「私は妹なのにお姉様の代わりになれませんでした」  

 いくら努力してもどれだけ望んでも私が彼の心に刻まれることはない。それに気づいていてもずっと誤魔化してきた。だけど、その嘘を吐き続けることにもう耐えられなかった。

「ヴィクトル様を幸せにできません」  

 自分でも信じられないほど静かに、しかし確かに口から出ていた。私の心の中に深く沈んでいた思いがついに形となって現れてしまった。
 期待に応えることができなかった私をみんなは許してくれるのだろうか?

「辛かっただろうに……気付いてやれなくてすまない」

 シオン様が私の手を掴んでゆっくりと顔を近づけてきた。その真摯な眼差しが私を捉えて離さない。その瞳には深い後悔の色が浮かんでいる。

「謝らないでください。私が期待に応えることができなかっただけです」  

 胸の中では悲しみが込み上げ、どこか遠くにいるヴィクトル様の顔が浮かんでいた。ヴィクトル様もきっと私から解放されて自由になれて喜ぶと思う。私が彼を幸せにできなくても誰か他の人が支えてくれるはずだから。

 でもそんな考えに反して、心の片隅でふと私は気づく。  
 まだヴィクトル様の傍にいたいと思っているのだ。どんなに辛くてもどんなに苦しくてもその思いだけは消えてくれなかった。

 ◆

 離縁についてはシオン様の方から話しておく、それまではここで暮らしても良いと言われたが全て断ってしまった。ヴィクトル様とちゃんと話をしないといけないと思ったから。自分の口から決別をしないと永遠に縛られたままになるから……

 執務室を出て廊下を歩いていると遠くから聞こえてきた足音に気づき、私は足を止めた。そこに見慣れた顔が三つ、目の前に現れた。
 あの元メイドたちだった。以前、ヴィクトル様の屋敷から辞めたはずの彼女たち。元メイド長、あの初夜に私にベビードールを着せたメイド、そしてお姉様の部屋の物を盗んだあのメイドの三人。
 今、彼女たちが着ている服は伝統的な黒い生地で白いエプロンが前面にあしらわれた城の使用人達と同じ姿。まるでこの城で働いているかのような装いだった。

「お久しぶりです、奥様」  

 元メイド長の声が私を現実へと引き戻す。驚きと共に言葉が喉に詰まるが彼女たちはあたかも私が喜ぶべきであるかのように続けた。 
 
「私達、路頭に迷っていたところを皇帝陛下に拾っていただいて……今、ここで働かせていただけることになったんです」  

 一人は手にお菓子の入ったカゴを持ち、もう一人は花束を抱えていた。その笑顔はどこか無理に作られたもののように見えるが私はただただ黙ってその姿を見つめるしかなかった。

「それは……ごめんなさい」  

 私が言葉を紡ぐと彼女たちはすぐに笑顔を浮かべ、首を横に振りながら語りかけてきた。  

「奥様は悪くないんです。私たちが旦那様に嫌われるようなことをしてしまったのが悪いんですから」
  
 彼女たちは私を気遣うかのように振舞っているが、どうしてもその姿勢には違和感を覚えた。
 
「陛下のお陰で旦那様ともちゃんと和解できました。奥様、どうか私たちの分まで幸せになってください」  

 その言葉に私は一瞬、耳を疑った。  

「幸せに……ですか?」  

 どうして急にこんなことを言うのだろうか。心の中で疑問が湧くが彼女たちは可笑しそうに笑い合い、私の不安をさらに強めるも、先程の出来事のこともあって深く考える余裕がない。

「ちょうど旦那様から伝言も預かってるんです」  
「伝言?」  

 心臓が早鐘のように打ち始める。何を伝えられるのか、あまりにも予測がつかない。しかし、彼女達は躊躇うこと無く、笑顔で口を開いた。そして予想を遥かに上回ることを言ってくるのだ。

「“今まですまなかった”って」  

 その言葉に私は息を呑む。あのヴィクトル様が私に謝った?それが本当にあり得ることなのか、信じられない気持ちになる。

「あと……そうですね、“愛してる”とも言っていましたよ?」  

 彼女たちが茶化すように言う言葉に私は思わず苦笑を浮かべてしまう。信じたくない気持ちと現実を受け入れられない気持ちが交錯する中、言葉が口をついて出た。  

「冗談でしょう……」  
「本当ですよ!信じてください!」 
 
 そして、彼女たちの無邪気な笑顔にまたしても心が揺れる。  

「心を入れ替えて、奥様を大切にしてくださいって頼み込んだんです!そしたら、最初はとても怒っていたけれど私たちの言葉にやっと心を動かされたのかとても優しくなってきて……」  
「旦那様はずっと後悔していらっしゃいました。あの時、ちゃんと話し合いをすれば良かったと」  

 それはあの初夜のことを指しているのだろう。ヴィクトル様にとっても、あの夜は大きな出来事だったのかな……
 だとしてもシオン様が話をする前にメイド達がヴィクトル様を説得したのは正直、信じられなかった。

「ですから旦那様はお話がしたいそうなので屋敷へお戻りになってください。旦那様は後から行くと言ってました」  
「いや……でも……」  

 私が迷いを見せると彼女は笑顔で花束を私の手に押し付けた。さらにカゴから高価そうなお菓子を取り出し、それも手渡してくる。  

「これを奥様に」  
「……これは?」  
「旦那様からのプレゼントです」

 強引に押し付けられる花束とお菓子に私は一瞬ためらいを感じる。  
 ヴィクトル様が心を入れ替えた?本当に?こんな簡単に?それに私はダメでも彼女達には心を開くなんて……

「お菓子はそこの旦那様の部下の方たちと一緒に食べると良いそうですよ」

 その言葉が私の耳に届くと小さな疑問が浮かんだ。『旦那様の部下』とは、それはヴィクトル様の部下ということを意味しているのだろうか?
 今、私の背後でどこか落ち着き払った態度で立っている二人はリディア姫の護衛だと思っていたがヴィクトル様の部下だったんだ……知らなかった。
しおりを挟む
感想 324

あなたにおすすめの小説

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。

アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。 今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。 私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。 これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。

貴方が側妃を望んだのです

cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。 「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。 誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。 ※2022年6月12日。一部書き足しました。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。  表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。 ※更新していくうえでタグは幾つか増えます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

愛される日は来ないので

豆狸
恋愛
だけど体調を崩して寝込んだ途端、女主人の部屋から物置部屋へ移され、満足に食事ももらえずに死んでいったとき、私は悟ったのです。 ──なにをどんなに頑張ろうと、私がラミレス様に愛される日は来ないのだと。

結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。

真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。 親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。 そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。 (しかも私にだけ!!) 社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。 最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。 (((こんな仕打ち、あんまりよーー!!))) 旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

あなたが「消えてくれたらいいのに」と言ったから

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「消えてくれたらいいのに」 結婚式を終えたばかりの新郎の呟きに妻となった王女は…… 短いお話です。 新郎→のち王女に視点を変えての数話予定。 4/16 一話目訂正しました。『一人娘』→『第一王女』

三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します

冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」 結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。 私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。 そうして毎回同じように言われてきた。 逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。 だから今回は。

処理中です...