狭間田市役所へようこそ  

矢島みち

文字の大きさ
4 / 41

4

しおりを挟む
「失礼いたします」声を掛けて、和室へと入ってきたのは1人の老婦人だった。

「皆様、本日は私の夫の為に朝早くからお越しいただきましてありがとうございます。何もございませんが、よろしかったらお召し上がりください」

 そう言いながら隅に据えられた机の上に冷たいお茶の入ったグラスやゼリーなどを並べていく。恐らく日向権三郎さんの奥様だろう。彼女は品の良い老婦人だった。
 並べ終えると「ではお邪魔になってはいけませんので、ここで失礼致します」と辞去しようとする彼女を呼び止めて話を聞くことにした。

「この度はお悔やみを申し上げます」私は彼女に頭を下げた。
 彼女はやはり日向権三郎さんの奥様で日向セツさんと言うそうだ。
 いきなりご主人を亡くして、先ほどまで泣いていたのだろう。その目は真っ赤で、瞼も腫れていたが気丈にも彼女は小さく微笑んだ。

「もう、お互いに高齢でしたから、どちらが先に逝くことになっても仕方はないと思っていたんです。それでも突然でしたから…」
 その言葉に頷きながら【魂】になった権三郎さんを盗み見ると彼は先ほどとは打って変わったように真剣な表情で奥様の傍で正座していた。

「怖い顔をしていたので近所の小学生から怖がられていたんですが、本当は子供が好きで優しい人でした。私どもには子供もおりませんし、寂しい思いをしていたのかもしれません。…もうすぐ金婚式なので、二人きりで記念日にはお祝いをしようかと話していたところだったのに…」そう言うと奥様は泣き崩れ、畳の上に突っ伏す。
 しばらくは彼女の嗚咽だけが和室に響いた。
 
 落ち着くと「取り乱しまして、お恥ずかしい所をお見せしました。…すっかりお茶もぬるくなってしまいましたわ。お取替えしますね」と慌ててグラスを手に和室を出ていった。
 きっと一人になってもう一度泣くのだろう。そう思うと少し胸が痛んだ。

「権三郎さん、あなたの心残りは奥様ですか?」ズバリと聞く私に権三郎少年はコクリと頷いた。
「ワシが居なくなったらばぁさんが一人きりになってしまう…ワシらは子供もおらんし、そうなったらばぁさんは一人ぼっちで泣くのか?せめて傍に居られる限りは居たいんだが…」そう呟く少年の目にはもう未来はひとかけらも映っていませんでした。

「お気持ちは分かります。それでも、ここに居られるのは今日1日が限界です。そうしないと貴方の【魂】は腐敗してやがて悪霊になってしまう。…そうなれば最愛の奥様まで病気やケガに巻き込まれることになるんですよ」

 そう、悪霊になれば不幸やケガを周囲に与えるなど影響は大きい。とても危険なことなのだ。
 葬儀屋さんの言葉に目をいっぱいに見開いて「そんなことに…ばぁさんをワシが苦しめることになるのか」と権三郎少年は苦々し気に呟きました。
「実は、金婚式の記念日に贈ろうと思っていた物があるんだ。…そこの箪笥の2番目の引き出しに小さな包みがある。それをばぁさんに渡してくれ」
 そう彼が言ったところで襖が開きました。

「すみません、お待たせして。」やはり泣いていたのでしょう。

 奥様はまだ濡れた瞳のままで私たちに冷えたグラスを渡しました。

「あの…突然失礼なことを申し上げますが、そこにある箪笥の2番目の引き出しを開けていただけませんか?」私は奥様に言いました。
 訝し気ながらもそっと奥様は箪笥の引き出しを開けました。そこには権三郎さんが言った通り、美しく包装された小箱が入っていました。
「これは…?」益々不審げな顔をする奥様に「それは、権三郎さんから奥様への金婚式の贈り物だと伺いました。開けてみてください」
そう促すと奥様は恐る恐るといった感じで小箱を開けました。

「まぁ…」そこには小さな桜の花を象った帯留めと手紙が入っていました。

 手紙には『いつまでも元気で幸せに 桜の花のような最愛の君に贈る』とだけ書かれています。
「これは…あの人が…?なんであなた方がこのことをご存じなの…?」
 奥様は私たちを見回すと不審げに問いました。

「ここに権三郎さんの魂がいらっしゃいます。旦那様からこれを奥様に渡して欲しいと今言われたもので…」
 答える私の目の前で奥様は見る見るうちに顔を真っ赤にされると叫びました。

「貴方!ここにいるのならば私に姿を見せて頂戴‼もう…会えないなんて…せめて一目でも会ってからお別れしたかったのに…」そう叫ぶと大粒の涙を零されました。

 突然切り裂かれるように訪れる死…奥様の心は血を流していたままだと痛感させられました。

「もう、権三郎さんはあの世へ行かなくてはなりません。貴方が泣いたままでは彼は決してあの世へ旅立つことをせず、いずれは悪霊になってしまいます」

「悪霊…?」奥様に頷くと私たちはもう一度、彼女にも説明しました。

「そう…だったのね。私が苦しんでいると思っていつまでもグズグズとここにいたなんて…私も貴方も愚か者ですわ」
 奥様は気丈に笑うと叫びました。
「私は一人になっても大丈夫です‼貴方に貰った帯留めを付けて、これからも思い出を縁(よすが)に精一杯元気で生きていきますから。…そして私が天国に行くときには貴方が迎えに来ると約束してください…」そう言うと泣き笑いしながら「絶対に約束…」と呟きました。

 権三郎さんは奥様の気丈な姿に「ワシも…本当は死ぬのが怖かったからここに居ようとしたんだ」と小さく笑いました。ばあさんを言い訳に怖いと思う自分を隠そうと思ったのになと笑う権三郎さんは何かを吹っ切ったようでした。

「では…市役所へと向かいましょう」そう促す我々にニッコリと返す権三郎さんの笑みには何故でしょうか、邪悪な光が宿ったように感じられました。

「せっかく若返ったし、子供の体に返ったんだから堪能してから行くとしようかの?」そう言う権三郎少年がどれ程憎らしかったことか。

 慌てて捕縛しようとする私の腕をスルリと抜けると
「鬼ごっこしよう‼ワシを捕まえたら、ちゃーんと市役所へ行くからなー」とあっという間に逃げ出されてしまったのです。

 呆然とした私達でしたが、無情にも葬儀屋さんは「東雲さんだけでは捕獲は厳しそうですからね」と北条先輩に連絡を入れる始末…。逃げられて、叱られて…踏んだり蹴ったりとはこのことです。

 そして前回の捕獲シーンに続くのでした。

「おい!足がもたついているぞ‼早くしないと逃げられる‼」

 北条先輩も早く捕まえてくれればいいのに指図だけって酷くないですか?
 そう文句を言う私に「鬼ごっこだろ?一対一じゃないとフェアじゃないだろうが」と北条先輩は冷たく言い放ちました。いや、マジメか⁈ 【魂】の捕獲にフェアとかいるか?
 しかも自分は缶コーヒー片手にスマホで休憩中とかって酷くないか?
 そう思いながらも小一時間走り回らせられ何とか捕縛に成功しました。ひどい目にあった…。私はこれから市役所に戻って通常業務もこなさなければいけないというのに‼

 ベトベトになった作業着の恰好をしたオバちゃんの横では、爽やかなスーツ姿の北条先輩が、道行く人に「おはようございます」と挨拶しています。いいですね爽やかで。
 小学生に「おはよう!カッコいいお兄ちゃんとオバちゃん」と言われると泣きそうになりました。…そっか私…オバちゃんか…。
 皆さん、公務員相手だからと言って、無理難題を言うことは絶対にやめましょう‼
 本当にやめてくれよ…血の涙を流しながら、呟く理来でした…。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない

百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。 幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。 ※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

ご褒美人生~転生した私の溺愛な?日常~

紅子
恋愛
魂の修行を終えた私は、ご褒美に神様から丈夫な身体をもらい最後の転生しました。公爵令嬢に生まれ落ち、素敵な仮婚約者もできました。家族や仮婚約者から溺愛されて、幸せです。ですけど、神様。私、お願いしましたよね?寿命をベッドの上で迎えるような普通の目立たない人生を送りたいと。やりすぎですよ💢神様。 毎週火・金曜日00:00に更新します。→完結済みです。毎日更新に変更します。 R15は、念のため。 自己満足の世界に付き、合わないと感じた方は読むのをお止めください。設定ゆるゆるの思い付き、ご都合主義で書いているため、深い内容ではありません。さらっと読みたい方向けです。矛盾点などあったらごめんなさい(>_<)

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

フリーランスエンジニアの優しすぎる無償の愛

春咲さゆ
恋愛
26歳OLの木崎茉莉は人生のどん底にいた。上手くいかないことに慣れ、心を凍らせることで自分を守る毎日に絶望した茉莉は、雨の夜に思わず人生の終わりを願ってしまう。そんな茉莉に手を差し伸べたかっこいい彼。茉莉は、なぜか無償の愛のような優しさをくれる不思議な男性に少しずつ救われ、前を向いていく。けれど、疑ってしまうほど親切な彼には、親切であり続ける理由があって……。雨の夜の出会いがもたらした、優しくも切ない物語。

旅は道連れ、世は情け?と言われて訳あり伯爵家の子息のパートナーになりました

さこの
恋愛
両親を亡くし、遺品整理のため王都を訪れたブランシュ。 手放すはずだったアンティークをきっかけに、ひょんなことから伯爵家の跡取り・ユーゴと出会う。 無愛想で口が悪く、女性に冷たいその男は、なぜかブランシュの世話を焼き、面倒事にも付き合ってくれる。 王都ではかつて「親友に婚約者を奪われ、失恋して姿を消した男」と噂されていたユーゴ。 だがその噂は、誰かの悪意によって作られた嘘だった。 過去の誤解。すれ違い。 そして少しずつ見えてくる、本当の彼の姿。 気づけばブランシュは思ってしまう。 ――この人は、優しすぎて損をしている。 面倒くさがりな伯爵子息と、無自覚な令嬢の、 すれ違いだらけの甘め異世界ラブコメディ

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

処理中です...