狭間田市役所へようこそ  

矢島みち

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 目的の駅で降りると、ホームまでかすかに硫黄の匂いがします。

「あれ?近くに温泉があるのかな…?」ホームの中を見回すと、なんと、本当にありました。

「足湯だって…へえ~電車を待っている間に入れるんだって。すごいね!無料だし入ってみない?」というはるかちゃんの提案で、駅のロッカーに荷物を預けると早速ホームの片隅にある温泉に素足を入れてみました。

「あ、すごい、温かいけれど熱い訳じゃないんだね」彼女の言葉通り、少しぬるい位の温度ですが、じんわりと体の芯が温まる感じです。

「気持ちいいけど、汗かいてきた…俺にはちょっと熱い」北条さんがぼやきます。

…確かにじわじわと汗が出て来るので、長湯したらのぼせそう…。

「足湯って結構、汗をかきますよね~」と見知らぬ女性が声を掛けてきました。
「そうですね、夏場だと直ぐに汗だくになりそう」などと返しつつ見返すと、彼女は友人と二人連れのようでした。大学生ぐらいの年齢に見えます。女性の二人旅でしょうか?
「もう、出ようぜ!のぼせる」と北条さんが一足先に出てしまったので、慌てて彼女に会釈して、私たちも出ることにしました。

 支度を済ませると、春原さんが既に荷物を受け取り、タクシーを捕まえてくれていたので全員で乗り込みます。

「春原さん、色々ありがとうございます」と頭を下げると「東雲さん、春原が二人だと混乱するので旅行の間は名前で呼んでください」と言われました。

「名前…っていうと、陵介さん…ですか?」そう尋ねると、そうそうと頷き、「これなら、はるかと間違えなくてすみますね」と笑いました。

「お兄ちゃん、理来、このまま旅館に荷物を置いてから辺りを散策しようよ」とはるかちゃんが楽しそうにガイドマップを広げるのを見ていると、旅行に来てよかったなと心から思えました。

 旅館は情緒あふれる和風の建物で、お庭には池まであります。
 お部屋は…結局女性・男性で二部屋に別れました。拓海さんがムッとした顔をしていましたが…。
 お部屋も素晴らしく、宿の女将さんから「温泉を楽しまれてから、お出かけになられては?浴衣もご用意がありますし」と声を掛けられたこともあり、一同は温泉へ向かいました。

「あ~…気持ちいいね~」
 確かに夕方から入る露天風呂は最高です‼温泉の熱さを風が爽やかに吹き抜け、疲れまでが抜けていくようです。それにしてもはるかちゃんて結構着やせタイプだな。ボン・キュッ・ボンで羨ましいぜ…。そんな邪な思いも胸に二人で、まったりと温泉に浸かっていると、新たに入ってきた人に会釈されました。

「あれ?…もしかして、駅で会った方ですよね?ここにお泊りですか?」…そう、彼女たちも同じ宿に泊まる旅行者だったようです。

「こんな偶然あるんですね~…お二人は大学生ですか?」聞くと、違いますよ~と二人は自己紹介してくれました。
 茶髪で私たちに声を掛けてきた女性が梛野美帆(なぎの みほ)さん、21歳、無口で黒髪の女性が広野さやかさん、同じく21歳だそうです。

「私たちは同郷出身で、同じ会社に偶然勤めてから知り合ったんですけど、ちょっと、会社で嫌なことがあって…旅行で憂さ晴らしでもしようかって」

 梛野さんが言うと、とっさに広野さんが彼女を咎める視線を投げかけました。
 …あまり聞かれたくない話題のようです。

「私たちも、同じ職場の仲良しグループで旅行に来たんですけど、この辺りにお勧めのスポットとかありますか?」何かを察したはるかちゃんが話題を変えました。

「ああ、ここの温泉街は夜に縁日をやったり、近くには有名な滝もあるみたいですよ」
 広瀬さんも楽しそうに答えます。…良かった、話題が逸れたみたいです。
 その後は『のぼせそうだから』と話を切り上げ、そそくさと露天風呂を後にしました。

「さっきの二人、少し訳アリっぽかったよね?」はるかちゃんの言葉に頷きます。

 …実は、無口だった広瀬さんの後ろに黒い影のようなモノが見えていました。
 強い残留思念というか、強烈な執着心の塊のような…。でも、私たちに出来ることはありません。彼女たちが変な事件に巻き込まれないように祈るのみです。

「ねえ、早く行かないと北条先輩待ちくたびれてここまで迎えに来るんじゃないの?」という彼女の言葉に慌てます。…あり得る…。慌てて、浴衣を着て更衣室を飛び出しました。

「ああ、理来さんもはるかも可愛いね。浴衣似合っていますよ」

 陵介さんが手を振り、こちらへと歩いてきます。陵介さんの後ろには拓海さんもいるのですが、…何これ⁈尊すぎて、神が作りし芸術品かよ⁈ってくらいカッコいい…。
 陵介さんもメチャメチャ浴衣が似合っているので、二人で並んでいるだけで周りを歩く女性陣がざわついているのが判ります。

「二人とも、お待たせ~!待った?」

「待った‼女は長風呂だな」

 …あの…拓海さん、また何か怒っているんですか?すぐに怒るなんてカルシウムが足りていないんでしょうか?
 案の定はるかちゃんからも「ゆとりの無い男って、女の身支度に時間がかかることも知らないのかしら?本当に心の狭い男よね~」とキツイ一言を言われて益々ムッとしているのが伝わってきます。

「拓海さん、遅くなってごめんなさい。あの、何か怒っているの?」

 私が隣に行って声を掛けると、こちらを見た拓海さんは「…いつから春原兄と名前呼び合っているの?」と言い出しました。
 …不機嫌の原因はそれでしょうか?

「旅行の間は春原が二人で混乱するから名前で呼びましょうって決めただけです」

「…最初からそう言ってくれればいいのに」とぼやきますけれど、そんなことぐらいでイライラする方がどうなんでしょうか?
「拓海さんは最近沸点が低いから、カルシウムをたくさん取った方がいいですよ?牛乳飲みますか?」と笑って売店へ買いに行ってやりました。
 全員で飲む牛乳は美味しかったので結果オーライです。

 先ほど、露天風呂で聞いた情報を元に、浴衣で散策することにしました。
 まだ夕暮れですが、街灯があちらこちらで瞬き始め、街路に出ている夜店も縁日らしく大勢の人で賑わっていました。
「リンゴ飴にタコ焼きに…ラムネも飲みたいかも」と呟くと、「これから夕飯なんだから程々にしておかないと食べられなくなるぞ」と笑われました。

「あれは?射的の屋台がある!」はるかちゃんの言葉にそちらを見ると、景品に可愛いミニくまのぬいぐるみがありました。ちょっとひねくれた表情で、なんだか拓海さんぽい。

「わあ、あれ欲しいかも!私挑戦してみるね‼」そう言って張り切ったものの全く当たらず…「お姉ちゃん…へただねぇ」と屋台のおじさんにまで笑われる始末。ぅう…。

「「「じゃあ、俺(私)がやってみる」」」と三人が一斉に挑戦すると…「おお、大当たり~凄いね!お三人さん‼おめでとう」となんと、三人が一斉に打った球が同時にミニくまを打ち抜いたために誰が当てたかで今度は揉めることになりました。

 私が、いや俺がと大騒ぎでしたが、「これって、全員理来さんにあげたくて取ったんですよね?だったら全員からプレゼントでいいじゃないですか」と陵介さんからミニくまを渡されました。

「いいの?はるかちゃん欲しかったんじゃないの?」と聞くと、「理来が欲しそうだったから頑張ったんだよ~‼全員からなのは悔しいけど貰って?」と優しい一言。

「ありがとう、大事にします」三人にお礼を言って、ミニくまを抱きしめました。

 大切な人たちからの贈り物はきっと旅の素敵な思い出になる事でしょう。…そう思い宿へ帰った私たちを新たな問題が待ち受けていました。
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