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矢島みち

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「すっごく楽しかったね、私スーパーボールすくいなんて、何年ぶりにやったんだろう」

「私も小学生の時以来かな~。楽しかったね」

 縁日から戻った私たちは、宿の前がざわざわと騒がしいことに気が付きました。

「あれ?あそこって私たちの泊まる予定の旅館だよね?何かあったのかな?」

 陵介さんが「何かあったんですか?」と周りの人に尋ねると、「ああ、なんか宿泊予定の人が書置きを残していなくなったって話らしい」と地元の人らしきおじさんが教えてくれます。
 旅館の中にはお巡りさんや、地元の青年団の人たちもいて既に捜索隊の準備を始めているようで、女将さんも対応に追われていました。
 ここにいても邪魔にしかならないようなので、私たちはとりあえず全員で部屋へと引き上げました。

「書置きをしていなくなったって、自殺…とか?」

 はるかちゃんが心配そうに呟くと「…可能性は0じゃないけれど、悪い想像ばかりしているのは良くないよ」俊介さんがやんわりとはるかちゃんを窘めます。

「このまま、部屋で心配していても俺達には何も出来ないし、汗でも流しにもう一度温泉でも行くか?」拓海さんがわざと明るく言ってくれたおかげで、私たちはノロノロとではありますが、動き出すことが出来ました。

「…理来、大丈夫?」はるかちゃんが、私を覗き込み心配そうに言いますが、私はお風呂で会った広野さんことが頭から離れませんでした。
 彼女に絡みついていた黒い悪意が原因ではないか…そう思えて仕方なかったからです。

 廊下を曲がり、自販機の前に来ると、見覚えのある女性が泣きはらした顔で立っていました。それは「あ、さっき温泉で会った人?…」の梛野美帆さんだったのです。
 やはり、旅館から消えてしまったのはお友達の広野さやかさんでした。

「お風呂から出て、『お酒でも飲んで憂さ晴らしすれば、あんな男の事なんて忘れちゃうよ』って話していたんですけれど、私が、脱衣所に忘れ物をして、取りに行っている間に彼女、消えちゃったんです」
 泣きじゃくる梛野さんを宥めながら原因と心当たりを尋ねると、話が先に進まないと思ったのかやっと理由を話してくれました。

「ストーカーですか…」私の言葉に梛野さんが頷きます。

「会社の男性と付き合っていた彼女はその男性に二股をかけられ、捨てられてしまった。しかも、お相手の女性が二股のことを知ると、男性は『広野はストーカーで俺を付け回していたんだ』と彼女を犯罪者扱いし、居づらくなった広野さんは退職しても男性のことが忘れられず苦しんでいた…」

 そういうことですね?と確認すると彼女は何度も頷き、「嫌なことは忘れて、一緒に旅行しようって私が誘ったんです。…それなのに『もうここに私は必要ない』って書置きしていなくなるなんて…‼」梛野さんは廊下に突っ伏して激しく泣き出しました。

「梛野さん‼泣くのは後でもできます!今は広野さんが何処へ向かったのか考えないと」と叱咤するとやっと顔を上げ、涙を拭きます。

「部屋には彼女の荷物が置きっぱなしです。手がかりがあるかもしれませんから」

 そう言うと私たちを部屋へと招き入れてくれました。

「女性の部屋に、お邪魔します…」私たちに呼び出された拓海さん、陵介さんも一緒に広野さんの荷物を調べることになりました。
 手帳や着替え、洗面用品の下に、この温泉地のガイドマップが挟み込まれています。
 何の気なしにそれを広げると大きなマップの下に丸で囲まれた記載があることに気が付きました。

「ここはお二人で行く予定だった場所ですか?」梛野さんに尋ねても「いいえ、知りません…首切りの丘なんて嫌な地名ですね」と言うだけです。

「首切りの丘とは― 昔、男に裏切られた若い女人がその男を呪い殺してしまった。
殺した男の首を抱えてそれでも愛していると歌いながら自らも命を絶ったという伝説がある丘―って書いてある…これって」

 はるかちゃんの言葉が合図になったように全員が一斉に立ち上がりました。

「首切りの丘へ急ごう‼今なら、間に合うかもしれない」

 旅館の女将さんに事情を話し、ここからタクシーを使った人がいるかを確認してもらうと、「たしかにすぐ傍の通りで女性を乗せた」という証言が見つかりました。

 早速タクシーで向かおうとするとはるかちゃんが「私は梛野さんとここで待っている。足手まといになりたくないから」と言いました。
 タクシーが止まった場所はかなり足場も悪く、よどんだ空気が辺りを埋め尽くしていました。「ここで、待っていてください」とタクシーを降り、私たちは地図の場所へ向かいます。

 月が出ているはずなのに、木立に遮られ、真っ暗な中を懐中電灯の明かりだけを頼りに進むといきなり木立が割れ、切り開かれた場所に出ました。

 そこには【魂】を鬼女に操られ、鬼火を纏った女性が舞っていました。
 その女性は確かに広野さんだと思うのですが、姿はまるで能面を被ったように表情を無くし、真っ黒な感情に支配された孤独な鬼女にしか見えませんでした。

「…既に悪霊となっている【魂】に操られている。このままでは彼女も取り込まれてしまいます‼」

 陵介さんが慌てて駆け寄ろうとしますが、
「私に考えがあります。陵介さん、これからお願いする方法を試してもらえませんか?拓海さんも陵介さんの補佐をお願いします」そう言って、私はそろそろと、広野さんに近づいて行きました。

「こんばんは、あなたの愛した人の話を聞かせてくれる?」私は【魂】だけに響くように囁きました。

「…私の愛した人は、私を愛さなかった人よ。いつも愛しても愛されないのが私」

 節を付けて歌うように彼女は言います。

「そんな人しか愛さないのは貴方の罪 あなたを思う人にはあなたは気づかない」

 私が続けて歌うと、彼女は首を振りました。

「いいえ、気づかないのではないの 心を操り気づかせぬ 苦しみこそが私の幸せ この女は 私のもの」

 そこまで歌うと、能面の顔は鬼女の顔に変わりました。

「…広野さんに取り付いて、彼女を操っていたのね?彼女を絶望させるためだけに」

 そう聞くと鬼女は嬉しそうに笑いました。

「そうだよ 不幸な女の魂は蜜のように甘くて苦い最高のご馳走だからね」

「以前ここを訪れたこの女を見た時にこいつの【魂】は私の糧になると判ったのさ。だから苦しみぬいた最後にここへ来るように暗示をかけて今こそこいつを食ろうてやろう」

 高らかに笑うと鬼女は鬼火を私達へと放ちました。幻覚だと判っていてもその炎は恐ろしく、激しく私を焼きました。

「理来―っ‼準備が出来た!早くその鬼女から離れろ‼」

 拓海さんの声に我にかえると、私は鬼女から距離を取りました。
 拓海さんにお願いし、鬼女の本体である石碑に封印の御札を貼ってもらったのです。

「あとは、広野さんの【魂】と鬼女を切り離してください‼」

 その声に合わせるように、陵介さんが九字を切り、悪霊と化した鬼女と広野さんの魂を切断しました。激しい雄叫びと呪いの言葉を繰り返しながら鬼女の悪霊は陵介さんの小瓶へと吸い込まれていきます。
 やがて、全てが小瓶の中へ納まった時、封印の札で封印の儀を行いました。…これで、悪霊の処遇は閻魔庁に委ねるだけです。…幸い広野さんの魂は穢れる前に助けることが出来ました。

「これで、この地に巣くっていた悪霊は封印できましたが、彼女が目覚めた時にどうやって説明しましょうか…?」

 陵介さんが苦笑しながら彼女を指さしました。


「…と、いう訳であなたは悪霊に操られていました。もう封印したので大丈夫だとは思いますが。…信じられなくても、これが真相です」

 私は気が付いた広野さんに、今まであったことや彼女の過去を梛野さんに聞いたこと、悪霊が取りつき彼女の精神を操っていたこと等、全てを話しました。

「悪霊に操られてとか、封印したとか…信じられない…」彼女は呆然と呟きます。

「…でも、2年前ここに彼と来たことがあるし、その時から彼の全てが信じられなくなったのも確かなのよ…私はそんな前から操られていたってことなのね」

 広野さんは疑いつつも、納得してくれた様子で「彼が二股をしていたのは途中で気づいたんです。でもまさか振られて、ストーカーとまで言われると思わなくって…私なんか、もう生きていても仕方ないって思ったんですよね」広野さんは力なく笑った。

「梛野さんが貴女を心配して泣いていましたよ?立ち直るって信じている彼女を裏切っても良いんですか?」

そう言うと「…もう、許してくれないかも…」と項垂れます。

「間違ったら謝って仲直りですよ?あんなに心配させたんだから殴られるくらいは覚悟しておいた方がいいかもしれませんね」と笑うと「…はい、覚悟します」と広野さんも笑い返してくれました。

 宿に戻った私たちは皆から無事を大喜びされ、地元警察と青年団からは迷惑だとガッツリ怒られました。

「陵介さん…温泉にまで商売道具を持ってきていたんですか?」

 コッソリ尋ねると「念のため、どこにでも最低限の商売道具は持参することにしているんですよ」と返されました。…お見逸れしました。

 すっかり遅い時間になってしまいましたが、二人を見つけてくれたお礼だと女将さんが夕食を刺身の船盛に変えてくれたり、地元の青年団からもお礼にと地酒をご相伴に預かったりと良いこともありました。
 そうそう、あの後で梛野さんに広野さんの様子を聞いたら「なんだか、憑き物が落ちたみたいに明るくなって、数時間前のあの娘とは別人みたい」と驚いていましたので、鬼女に操られていた彼女はすっかり元に戻った様子で安心です。

「あのさ…この後で話があるから一人で出てこられる?」と拓海さんに言われるまでは。
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