狭間田市役所へようこそ  

矢島みち

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「あのさ、その噂って何処から聞いたの…?」

 余りにもスピーディーな広まりぶり…。実際には付き合ってもいない相手に執着しているなんて理来本人には知られたくない。

「えっと、西野さんが『昨日税務課の佐々木が北条を挑発してさ、そうしたら東雲ちゃんと良い仲だって告白したんだよ‼だからフリーの俺の方がいい男だろ?』って皆に言いふらしていたんです!」

 そう言うと能面女子は泣き出した。…西野…アイツ覚えておけよ…。

「西野さんが北条さんの人気をやっかんでこんな噂を流したんですよね⁈そうじゃなきゃ信じられない‼」

 口々に女子が騒ぐのを俺は呆然と聞いていた。…そうか…女子の嫉妬で理来が危険になることも考えなきゃいけなかったのか…と。

「いや、確かに俺は東雲さんと一緒の仕事をしているし、パートナーではあるから、仲が悪い訳では無いんだけれど…」

 ここで、俺は理来を愛しているんだ‼何が悪い…とでも言えれば良かったのだが、彼女の同意も無く勝手に付き合っている宣言をされたら益々嫌われるかもしれない…。
 それだけは避けなければ…そう思ってヘタレな否定をしてしまう。

「やっぱり、それだけの関係ですよね⁈良かった~安心しました!」

 彼女たちは先ほどまでのことを忘れたかのように晴れ晴れと仕事へ向かっていった。
 …酒の上での失言とはいえ、何でこうなってしまうのだろうか…。俺はガックリと肩を落とし、【初期課】へと向かった。

 午前中は理来にも変わったところはなく、彼女が噂を聞いていないことが窺えてホッとする。ふう…助かったぜ…。しかしそうは問屋が卸さなかった…。

 昼休みに食堂へ向かうと、理来といつも一緒にいる税務課の春原が飯を食っていた。
 相変わらず美味そうに飯を食うやつだな…可愛い…とストーカーまがいにチラ見しながら自分も飯を食う。
 あの後、西野はガンガンと怒っておいた…少しは反省してもらいたいものだぜ。
 そんな風に考えながら、席を立とうとすると理来と春原の声が聞くともなしに聞こえてきた。

「北条先輩とは、お互い仕事関係としか思っていないよ」

 そう理来が淡々と言うのを聞いて思わず動揺する…判っていても地味に傷つくから止めてくれ…。

「じゃあ、理来ちゃんはどんな相手がタイプなの?」春原が絶妙な話題を振ってくれた。

 偉いぞ!俺もそれが知りたいんだ‼必死で耳をそばだてる…表面上は平静を装いながら…。
理来 しばらく考えてから『うーん…北条先輩以外かな?』と俺に止めの一撃を喰らわしてきた…これはきつ過ぎる…。あまりのショックに平静を装うことも忘れてガン見していると、春原が気付いて青ざめた。
 少し遅れて理来もキョトンとした顔でこちらを見る。
 …ヤバい…泣きそうだ…こんな顔をあいつ等に見られる訳には行かないと慌ててその場を立ち去った。
 …終わった…一人になって俺は頭を抱えていた。
 今まで努力してきたつもりだったことは全部徒労に終わったわけだ…。理来に…つがいに嫌われたら、俺はこの先ずっと能面女に囲まれながら孤独に生きていくしかないのだ。

 絶望しか感じず、肩を落としたまま仕事に戻る。
 周りが俺の様子を覗っていることも、理来が気まずそうにオドオドしていたことも気が付いていたけれど、今の俺にはそれを気にする余裕などは無かった。
 3人がヒソヒソと話しているのもどうせ俺の事だろう?フン…好きに言えば良いさ。
 そんな状態の時、席を外していた田中課長が駆け込んできた。

「ヤンキーがバイクで事故って魂のまま逃走したらしい!急いで捕縛してくれ‼」

 西野&南原ペアだけを出動させて、自分はさっさと会議へ行ってしまった。
 そう、俺は一番気まずい相手と二人きりで部署に残されることとなったのだ…。
 き…気まずい…そう思いながらも嫌われている相手に話しかけられるメンタルは俺には無い。

「あ、あの~北条先輩?」理来が恐る恐る話しかけてきた。

「なんだ…?」我ながら緊張感で声が低くなっているのを感じる。 

「ええっとですね、さっきの件なんですけれど…」

 言いかけて困ってしまった理来の姿に俺は完全に振られるのか?と更に緊張が高まってしまう。

「さっきの件って何だ?」

 盗み聞きしていたでしょう?キモイんだよ‼とか言われたら俺死ぬかもしれない…。

「えーっとですね。昼休みに税務課であまりに北条先輩の人気が凄いので変な噂が流れているって聞いて…その噂を否定しようと…」

 理来の話に思わず顔をガン見してしまう。

「変な噂って何だ?」まさか…俺がお前に惚れてるっていう例のあれか?

「いえいえ、はるかちゃんに否定しておいたので大丈夫です‼もう噂は消えて…」

「だ・か・ら、噂ってなんだ?」

 ここまで来たら後には引けない…無理やりでも理来の気持ちを聞き出さなければ…俺の頭の中はそれでいっぱいだった。

「え…っと、その先輩が不快になる…」

 彼女を逃げられないように押さえつけて、話させようとすると、彼女が小さくゴクリと喉を鳴らしたことに気づいた。
「早く言えよ…さもないと…」

 このまま…キスしてやろうか…そう思ったとき、理来は堰を切ったようにしゃべりだした。チッ…。

「私と先輩がいつもベタベタしているし、一緒に出掛けている様子だから付き合っているのかって聞かれたんですっ‼だから否定しておきましたー‼」

「なるほどね…で、お前は俺以外なら付き合ってもいいって言ったのか?」

 俺は彼女の半べその顔に口づけしたい衝動と戦いながら、さらに彼女を追い詰めた。

「さっき、北条先輩以外が好みって…言っていただろ?」

 そういうと、合点がいったという顔をして、理来は無邪気に言い放つ。

「だって、北条先輩と私が付き合うなんて万が一にもありえませんから。先輩ならいくらでも美人が寄ってくるし、私に色気を感じるほど先輩は女に不自由していないと思うので」

 アハハじゃねーよ‼お前にしか感じていないんだよ!俺は‼

「…お前、この間も一緒に出張したし、俺の裸まで見たくせにこんなに傍にいてもなんとも思わないのか?」

 そう言いながら彼女を引き寄せる。

「うーん、イケメンで王子様扱いされて大変だなとか、常に爽やかな仮面を被るのは俺様な先輩にはキツそうだなとか…ああ、引き締まった良い体してんなーとは思いましたけど…あ、でも北条先輩みたいな人と付き合えたら女性は全員嬉しいんじゃないですか?毎日傍でそのご尊顔を眺められればウットリと…」

 そこまで聞いたとき、俺の中で何かが壊れた。もう、こいつに正攻法は通じない。
 無理にでも俺を意識させてやろうと…。
 理来の顔を抑えつけ無理やり彼女の唇を奪う。意識の無い時とは圧倒的に違う官能的な唇に俺は何度もキスをした。
 我にかえると、彼女は涙目で俺に抵抗もせずされるままになっていた。…もう、彼女の気持ちなんて構っていられない…誰かにとられる前に俺のモノにしようと決める。

「俺みたいな人と付き合えたら幸せ、なんだろ?…お望み通り付き合ってやるよ。噂も否定しなくてよし。…これから覚悟しとけよ?」

 そう言いつつ心の中でほくそ笑む。

「あの…私は北条先輩のことを何も知りませんし、好きかと言われても…その。なにとぞ今回のことはお許し願えませんでしょうか…?」
 
そんなことを言っても許す訳ないだろうと彼女を軽く無視する。俺は好きなんだから問題ないしな。

「家族に『そろそろ結婚して身を固めろ、彼女を連れてこないなら正式な見合いの場を設ける』って言われて困っていたんだよな。そこへお前が俺だけはナイわーみたいな話しているし、あげくに女なら俺の顔で喜ぶだろうなんて言いやがって!こっちは顔だけで食いつく女なんか願い下げなんだよ!本気でムカついたわ」

 そう言って理来の反応を見ると、案の定分かりやすくオドオドしだす。本当に可愛いな…コイツ…。

「あの、先輩…本当にごめんなさい。先輩が顔だけなんて言って…」

「俺、傷ついたなー…すっげー心の傷になった」

「ですから、お詫びを…あの何でも言うことを聞きますから許して下さい」

 よし!言質もとった。これで、理来と休日も会える算段が付いたぜ。

「じゃあお前を彼女として家族に紹介する!まぁ、まだ結婚を前提にした初々しい恋人って設定で許してやるよ。理来ちゃんは…俺の心の傷を癒すために何でもしてくれるんだもんな?」

 何してもらおうかな~と小さく呟くと理来はガックリと肩を落とした。

「お前のその雑草みたいで折れないところが良いんだよな。ちょっとぐらい踏みつけても平気そうだし」

 そんな酷いことを言いながら、俺の心の中はバラ色だった。
 やっとフリとはいえコイツを俺のモノにすることが出来たのだ。
 あとは、どうやって心も躰も俺のモノにしようか…妄想が止まらない拓海だった。
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